5.12 人の本心など簡単には分からない
本屋を出た後は神谷にも特に予定はないようで、そのまま来た道を戻った。
俺としてはその辺のファミレスかどっかで昼食を取っても良かった。しかし、本屋を出た辺りから隣で神谷がなんかソワソワしていて、おそらく俺を早く帰らせて漫画の感想でも聞きたいのだろうと察したので特に誘いはしなかった。
学校の前を通過し、俺と神谷は見慣れた交差点へ出た。
「じゃあな、また……」
「あ、明日は……!」
神谷は何かを言いかけたがすぐにどこか躊躇うように口を閉じた。
柏木……。そういや、確か日曜日はバレーの大会があるみたいなこと部室で言ってたな。鈴も確か今週末がどうとかって話てた気がするし。
「明日は何時からなんだよ」
「え……?いいの?……休日2日ともだけど……」
神谷は申し訳なさそうにこちらを見上げる。
「別にやることも無いしな。今日見た感じ丸1日使うってわけでもなさそうだし」
まぁ運動嫌いの俺からすると憧れやらなんやらは全く無いが、知っている人間がいつもとは違う空間で戦っていると言うことに関しては多少の興味は湧く。それにスポーツ観戦というのも意外にもつまらないものではなかった。
しかし、柏木に釘を刺された変なことと言うのがどこまでを指すのかが分からない。果たして、神谷と2人で試合を見に行くのは変なことに含まれるのだろうか。
ふと神谷の方へ視線を戻すと心無しか僅かに微笑んで見えた。
「明日は14時頃からみたいだから私がヤナギの家まで迎えに行くよ」
「了解、それは助かる」
「じゃあさ」
何故か食い気味の返しが来た。俺が一瞬ビクとすると、神谷は続ける。
「一応LINE待ってた方が良いよね」
「そうか?お前が家まで来てくれんならいらねぇだろ」
そもそも俺にそんな習慣ないし。グループLINEとかならまだ分かるが個人のものは正直必要性を感じない。
「家に着く時間とか」
「14時なんだろ?そんくらいにはいつでも出れるようにしとく」
「……うん」
え、何?よく分からんけどさっきより機嫌悪そうなんだが。本当に何考えてるかわかんないよな。
「あ、でももし私が急遽行けなくなったらどうするの?会場とか分からないでしょ?」
「いや、お前が行けなくなったら俺も行かねぇよ」
「あ、そっか……」
神谷は理解しつつ未だ納得したくは無いような微妙な表情。
まだ何か言おうとしているようにも見えるので、無意識に俺もLINEを開いた。
トーク画面にある名前は、中澤を除けば全て身内と公式LINEだった。まあ、陰キャなんてこんなもんだよね。
「こ、これから必要になるかもしれないから……許可して欲しいんだけど……」
妙な寂しさを紛らそうと未読の公式LINEを開いていたら神谷がいつもよりやや大きめな声で言ってきた。
「許可?なにそれ」
「追加!……結構前から追加してるのにずっと許可されないから!」
ふんふんと両頬を膨らまし覇気のない瞳で俺をキッと見る。いや、これは睨んでいるつもりなのだろうか。まぁ、ちょっと怒ってはいるっぽい。
「そーなのか?それはすまん。……んで、許可ってどうすんの?」
「え……?」
膨らんでいた頬がしぼみ、今度はポカンとした顔で俺を見る。え、なになに?意味がわかんない。
「悪いけど俺はSNSとか使い慣れてないから単純なことしか出来ない。めんどくさい設定とかは大抵鈴にやってもらってんだ」
「あー……それはなかなか予想外……」
おい、年寄りみたいとか言うなよ?同世代とは経験の差があるんだ。ついでに言えば覚える気もない。
俺がこのままスマホを持っていても先には進まないだろう。俺はいつも鈴にするようにロックだけを解除してそのままそっくり神谷へ手渡す。
「お願いして良いか?」
「分かった……」
スルスルとものの数秒で手元にスマホが返された。友達という欄を見ると子猫の写真のアイコンで「綾芽」と書かれた人物が追加されていた。
へー、流石にアイコンは普通か。
そのままLINEを閉じようとした時、何やら見覚えのないアイコンが目に付いた。
「ん?これは……」
「希美からも追加されてたから許可しておいたよ。まさか希美にまで同じことしてたなんてね」
はぁ、と呆れ声を出されたが俺も言い返しようもない。仕方ないだろ疎いんだから。
笠原のアイコンは着物を着た3人組が花火を見上げている後ろ姿の写真だった。まぁ彼女らしいと言えばそうだろう。よくありがちな普通のものだ。
「ねぇなんでヤナギはアイコン設定してないの?壁紙も最初のままだし」
神谷は俺のプロフィール画面を開いて小首を傾げそれを眼前に突き出してきた。
「なんでって言われてもな……別に設定するものも無いし必要もないだろ」
「そう……でもそれだと面白くないじゃん」
「誰が俺に面白さ求めんだよ。てかここ数年家族としか連絡取ってなかったし」
納得したようなしていないような微妙な反応をして神谷は再度俺のプロフィールに目を落とした。
「そろそろ帰ったほうが良いんじゃねぇの?お前の乗る電車本数少ないだろ」
「あ、そうだった。じゃあまた明日ね」
駅の方面の信号が青になったことを確認すると神谷は小さく手を振り横断歩道をとことこと渡って行った。
俺もその様子を見送った後、帰路を辿った。
***
日曜日の昼下がり。14時まではあと20分程度と言ったところか。飯を食い、既に着替え等の支度も終え、あとはインターホンが鳴るのを待つのみ。
俺はリビングのソファにて、万一話のネタになっても困らぬよう昨日購入した単行本を読み進めていた。今は2巻の終盤あたりだがまぁ人気と言うだけあってそれなりに引き込まれはする。
俺も心は平均的な少年のようでちょっと安心。
よく考えたら休日に俺の家に俺の知り合いが来るなんていつぶりなんだろうか。と言っても遊びに行くわけでもないんだけど。
なんかそう考えると変に緊張してきたな。俺がちらりと時計に目をやると同時にピンポーンと高くインターホンが響いた。
「はい」
俺は近くに置いていた財布とスマホを持ち、照明を消した。そしていつもより少し急ぎ気味に玄関へ向かいドアを開ける。
「おはよう」
「おはよう柳橋くん!」
「おう……」
果たして午後2時のおはようは正しいのだろうか。俺も少し前までコンビニでバイトをしていたせいで感覚の鈍りを感じるが多分間違ってる。
しかし最も注目すべき点はそこでは無い。
「なんで笠原も一緒なんだ」
「だ、だよね〜やっぱそうなるよね……」
笠原はやや気まずそうににへらと笑った。
ずっと扉を開けたままというのも落ち着かないので、俺は取り敢えず扉を閉め、正面へと向き直る。
「まぁそんな話神谷からは何も聞かされてなかったからな」
飛び入り参加くらい陽キャグループにはよくあることなのだろう。だが俺は生粋の陰キャだ。飛び入りメンバーどころか急な予定すら入ることはない。だからバイト先では重宝されてたのだ。
「ごめん2人の邪魔しちゃったら悪いからやっぱり私は1人で行くね。元々はその予定だったし……」
邪魔……?あ!もしやこいつ……!
「あー!お前サッカースタジアムとかで顔に国旗貼って騒ぐタイプのやつか!確かにあれはひどく鬱陶しいからやめて欲しいな」
いるんだよなー、たまに偶然テレビつけた時とかにやってる試合で選手以上に目立ちたがる奴。お前は脇役どころか配役すらねぇーって!と思わず突っ込みたくなる程のウザさ。あんなのもうほぼ猿。
「サッカー……?国旗……?え、待って!なんの話?」




