5.10 人の本心など簡単には分からない
笠原のことだ、どうせまたよく考えもせず引き受けたのだろう。大会間近で部活掛け持ちしてる癖にこんな雑用引き受けるとかお人好しって言うよりもうただの馬鹿だろ。
「これ生徒会に頼まれたのか?」
「うーん、まぁそんな感じかな……」
やっぱりか。一瞬田辺先生かとも思ったがあの人はあー見えて生徒のこと色々把握してるからな。こんな日に雑用押し付けるようなことはしない。
俺は机に並べられた紙束の中から1ページ目と思われる1枚を手に取った。
「ここにあるので全部か?」
「え、うん。そうだけど……あ、でも私1人で大丈夫だよ!私が勝手に引き受けたものだし」
「けどお前バスケとか陸上とか忙しいだろ?」
「うん……だからなるべく早く終わらせて練習参加しないと!」
笠原は机へと戻り、重ねられたプリントに手を伸ばし始めた。
こりゃ聞きそうにねぇな。
分かってはいたがどうやらこいつは本当のバカだ。
自分の置かれた現状どころか優先順位すらまともに決められない。それでいて自分の決めたことは曲げない。俺よか余程問題児だろ。
「はぁ、もういいや」
俺も笠原の後ろから同じ1ページ目を手に取る。無駄に楽しく見せようと頑張ったのがバレバレな記載になんかムカついた。
「あ、ごめん。こんな目の前でやり出したら嫌味みたいだよね。柳橋くんは帰っても全然大丈夫だからね」
俺も出来るのであればそうしたい。普段ぬらりくらり生きている人間にとって金曜日の午後なんかとっくに体力切れだ。
けどそうもいかない。いくら部活は休止中と言えどその部室でたった1人で雑用を勤しむ生徒を見て、俺だけが先に帰るとなると多少なりとも罪悪感が湧いてしまう。
あと、万が一そのことがバレた場合、田辺先生と柏木からの総攻撃を受けることになるだろう。俺にそんな体力はない。よってこれは善意に見せかけた自己防衛だ。
「こんな雑用なら流石に俺でも出来る。だからさっさと練習行けよ」
「でも……」
本人も一応自覚はしているようだ。今すぐ練習に参加する事が正しくもあり、そう促されてもいるが、引き受けた以上周りに迷惑はかけたくないと言う変な責任感が邪魔をしている。
「どうせ部が活動してたら俺達に回ってきた仕事だ。けど1人はキツいから代わりに神谷呼んできてくれ、多分教室前の廊下にいるから」
笠原は眉尻を下げてしばし考えた後、作業をしながら答えを待つ俺を見て口を開いた。
「……ごめん、ありがとう。今度ちゃんとお礼するね」
別にお礼とかそーゆーのじゃねぇんだけどな……。まぁそこを今つつくのも野暮な話だ。俺がテキトーな返事を送ると笠原は申し訳なさそうな顔のまま自分の荷物を持って部室を出て行った。
***
「なるほどね……それで私もこの手伝いをすることに……」
神谷はうんうんと頷きながら事の顛末を受け入れた。
完成された冊子を見ても、笠原と俺がやった分は全体の1割程度。いくら流れ作業といってもこの量は楽ではない。
「まぁお前の電車時間までにはギリギリ間に合うだろ」
「私は別に少し遅い電車になっても良いけど」
「俺が嫌なんだ。あとお前の電車で一つ遅いって1時間後だろ?こんな雑用にそこまで待つ義理ねぇよ。良いとこ終わってたら後は生徒会室に投げときゃ良い」
「投げるのはダメだと思う。せっかく作ったのもバラバラになって汚れちゃうから」
「そーゆー意味じゃねぇよ……」
神谷は「じゃあどーゆー意味?」と問うように首を傾げて居たがこれ以上何を言っても収束しなそうなので敢えて答えはしなかった。
***
作業は思いの外順調に進み、このまま行けば神谷の電車にも裕に間に合う。作業中、時々神谷が今読んでいるおすすめ漫画の紹介を挟んできた為か、体感としても時間の流れは早かった。まあ相変わらず紹介されたのはグロそうなのばっかだったけど。
「よし、これで最後だな」
白黒の紙で埋もれて居た机もようやく茶色い木肌を表し、脇には冊子の詰まった段ボールが4つほど出来上がって居た。
あとはこれを隣の生徒会室に置きに行けば終了なのだろう。
俺が台車に段ボールを積んでいると、奥で小物を片付けていた神谷が口を開いた。
「明日ね、希美、大会なんだって……バスケ部の」
「そうなのか」
「うん」
まぁそうだろうな。明日かどうかは知らないがどの部もこの土日は大会があるらしいし。俺からしてみれば、だからなんだって話ではあるんだけど。
「美香は明後日って言ってた」
「そうか」
ん?なんなんだ?俺にどんな返事を求めているんだ?
確かにその2人とは最近若干の関わりがあるが、部活のスケジュールまでを把握する必要はない。何かあれば話す程度の間柄でしかない。そんなことは神谷も承知のはずなのだが……。
「ヤナギさ……暇?」
「えっ……」
何?陰キャに対する煽りかな。とも一瞬思ったがこの話の流れでは会話経験の少ない俺にでも容易に意図は汲み取れる。
聞きたいのはおそらく俺の週末に予定があるかどうかってところなのだろう。そんな心配されずとも俺のスマホのカレンダーは真っ白だ。……まぁ一応?なんかあるかも知んないから確認をする素振りはしてみた。
うん、やっぱり何も無かった。
「まあ予定は無いけど……なんだよ、その応援に付き合えとでも言うのか?」
俺が尋ねると、神谷はこんなに早く言い当てられるとは思っていなかったようで、一瞬たじろぐ。
「うん……行きたいけど1人は寂しいから」
目を伏せ少し控えめな勧誘。なんだ、いつものあのミステリアスな圧力はないんだな。けどこれはこれで断れない。
上目遣いでちらちらと答えを待つ神谷。これを断りでもしたら後々変な罪悪感が残りそう。
まあ別段、断る理由も無いんだけどさ……。
「別に良いけど……でも俺バレーならまだしもバスケなんて全く知らないぞ。そもそも俺はスポーツ観戦とかする方でも無いし本当に楽しみたいってなら他の女友達でも連れて行った方がいいと思うけどな……なんで俺なの?」
「なん……で?」
無駄に可愛く首をコテと傾げてきた。近所の家の子猫を撫でた時もこんな感じだった気がする。
「ああ、俺とお前は休日まで一緒に過ごすような仲じゃないだろって言ってんだよ」
「うーん……今私にとっての3番目の友達はヤナギだから……かな?」
「お、おう……そりゃどうも」
なんとも反応し難い不意打ちをくらってしまい、動揺バレバレの対応をしてしまった。いかんいかん、陰キャの悪い癖だ。
***
いつもの別れる交差点に着いた。
結局明日明後日はどちらもスポーツ観戦という一生経験する事がないと思われていたイベントへの参加が決定。おそらく1日中ではないとの事なのでまぁいいだろう。
「で、明日俺はどこに行けばいい?」
神谷は唇に細い指を当てふむと考える。そして、
「9時半くらいにここに来て。明日の希美の大会は会場が城北高校の体育館だから」
会場が学校なら現地集合でも良い気はするが……まぁ神谷がそう言うならばそれで良いや。
「分かった……じゃあな」
「うん、また明日」
にこりと微笑み神谷は小さく手を振った。
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