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5.6 人の本心など簡単には分からない

 早く寝過ぎたせいだろうか。


 特に物音がしたとか地震の揺れを感じたとかではなくただすんなりと目が覚めてしまった。


 当然外は真っ暗闇で道路を走る車の音も聞こえない。


 確認がてら充電していたスマホの画面をつける。


「うっ……」


突然の閃光に両目にダメージを受け、少し細めながらもデジタルの数字を見た。


「まだ3時か……」


 明日……いや、今日は学校もなく特に予定もないため長々と寝ていようと思ったが、1度こう目覚めてしまうとどうも寝付けないものだ。試しにもう一度布団に潜ってはみるが、小さい物音や電化製品のウィーンと言う機会音が無駄に気になり眠れない。


「ったく……なんだよ」


 俺は再度眠ることを諦め、水でも飲もうかと、ふらっと1階へ降りた。


 部屋は静かで、しかし、ソースをかけた粉物のような匂いが充満していた。鈴達がたこ焼きか何かをしたのだろう。寝起きにこの匂いは中々にキツいものがある。


 台所の明かりをつけ、冷蔵庫から取り出した烏龍茶をコップに注ぐ。コポコポコポと澄んだ音が静かなリビングに響いた。

 

 水滴の付いたコップを手に取りくっと流し込む。冷たさがまるで体の内を突き刺すように染み渡る。


「ふぅ……」


———もう一眠りすっか……


 ガチャ!!


 出入り口の扉が開き、1人誰かが入ってきた。台所だけしか明かりをつけていないため、ぼんやりとその全体像が浮かび上がる。


「おはよう」


「お、おはよう……」


 唐突に挨拶をされたので咄嗟に返したが、鈴の声では無い。今この家には俺を含め3人しかいないため、つまり……残すは1人だけだ。


「ず、随分早いな」 


「あんたもでしょ」


 そうでした。てか、もしかしたら……


「俺が起きた音で起こしたか?」


「まあ、そんなとこね」


 柏木はリビングの電気をつけると、ふわぁっと欠伸をし、いつもの鋭さはかけらもないとろんとした穏やかな目で俺を見る。


「それはすまん。……なんか飲むか?」


「いや、いいわ」


「そうか」


 寝起きだからなのか、いつもの凶暴性は欠片も無い。だからといって根っからの陰キャが上手くコミュニケーションを取れるかというとそうではない。


 俺は、リビングのソファに座り画面の消えたままのテレビをぼんやりと眺める柏木をチラ見しながらコップを片付けると、台所の明かりを消した。


「あんたまた寝んの?」


 リビングを出ようとした俺の背にソファの方から声が投げかけられた。


「まあ……休日の早朝に起きてる意味もないしな」


「ふーん……あ、そうだ」


 一度逸らした目線を再度俺に向け、柏木は何か適当な言葉を探すように少し間を開けてから発した。


「あんたさ、私のこと嫌い?」


「そんなこと聞いてどうすんだよ」


「いいから」


「……別に……嫌いではない。好きでもないけど」


「ふーん……そう……」


 なんの診断だよ。もしここで嫌いとか言ったらどうなってたのか…….マジで想像出来ない。しかし、俺はここで一つの疑問が沸いた。


「てか……お前全然驚かないんだな」


「何に?」


「俺と鈴が兄妹ってことにだ。あれだけイケメンがどうとか期待するようなこと言ってたのに、いざその正体が俺だって分かっても無反応だから」


「あー……少し前から苗字でもしかしてって思ってたし……あとそれ……あんたでしょ?」


 柏木がびしっと指差す方にはテレビ台に置かれた1枚の家族写真があった。これは確か……俺が小6くらいだったかな。珍しく家族旅行で写真を撮ったのはなんとなく覚えている。


 なるほど、これでほぼほぼ確信を持った上でわざと期待している素振りを鈴にみせて答え合わせと。


 柏木は写真に近付くとそれを手に取って嘲笑。そして写真の中の俺を人差し指で軽くピンッと弾いた。


「あんたにもこんな可愛い時期があったなんてね。……信じられない」


「うるせーよ。そんな顔変わってないだろ」


「いや、この時はまだ今みたいに淀んだ目はしてないわ」


「……」


 鈴には何度かそんなこと言われた気がすんな。目が死んでるだとかそんな感じで。


 柏木はフッと鼻で笑うと写真を元の位置に置き、ドアの前に立つ俺の元へと近づいて来た。


 そして俺の前20センチほど来たところでピタリと止まった。


「な、なんだよ……」


「あんたさ、なんか思ってたのと違った」


「はあ……それはどーゆー……」


漠然と違ったと言われてもな……。元々どう思われてたか知らんし。


 そもそも今はそんなことよりこの状況がキツい。柏木は気にしていないだろうが、彼女の着用しているパジャマは大胆に胸元が開いていて思春期男子には少し刺激の強い()()が視界を彷徨いている。


「あんた最近矢鱈と私の周りの子にちょっかい掛けてたでしょ?希美とかあやとか」


「ちょっかい?いやあいつらは部活が同じだけで……」


「そうみたいね。あの子達も同じことを言ってた。でも私はてっきりあんたのことそこら中の可愛い子に手当たり次第手を出すキモいやつだと思ってた」


 そー見えてたのか。まあ、部活も突然出来たよく分からん部活だし、その初期メンバーの俺からしてもメンツは謎過ぎるもんな。柏木は話を続ける。


「あの子達優しすぎるから。私が守らないとって思ってあんたにちょっとキツく当たっていたんだけど……なんかそれがバカらしくなるくらいあんたは私の予想と違ったわ」


「へ、へーそうだったのか……」


 あーそろそろこの距離感保つのもキツくなって来たなー。無駄に鼓動がバクバク言ってるし。背中は変な汗かいてるし。


「そうね、見た感じあんたは女の子を口説くどころか話しかける度胸も無さそう。希美達が心配無いって言ってたのもなんと無く分かったわ」


「……そうか誤解が解けて何より……」


 うーん……なんかな……。女たらしからヘタレ陰キャになったのは昇格なのだろうか。まぁとにかく、今後の柏木からの強い当たりがなくなるというのは良いことだ。


「ま、勘違いされちゃ困るんだけど完全に信用したわけじゃ無いから。もしあの2人に変なことしたら殺す。いい?」


「う、うす……」


あ、あんまし変化なさそうだ。それどころかこんな朝っぱらから殺害予告されるとは。

 柏木は凄くすっきりした様子だ。しかし、何故かそのまま俺の方を見ている。当然距離も近いままだ。


「まだなにか?」


 やや上体を反らせて距離を取ると、柏木は一瞬ムッとしてまた元通りくらいの距離に詰めてくる。


「なんなんだよ……」


「今私すっぴんなの。まあさっきまで寝てたわけだし当然なんだけど。それで?どう違うの?」


「は?なんの話だよ」


 どう違うか?マジで何を聞かれているか分からん。それにこの尖ってない柏木に対してまだ違和感が残っている。


「体育のとき、私の顔見てあんた言ったでしょ?いつもと違うって。いつもとどう違うのよ」


 怒っては無いな……多分。口調がキツいから一瞬怒られてるのかと思った。てか、あの時は必死に隠してたのになんだこの変化は?逆に怖い。


 けど、どう違うかって聞かれてもなぁ。俺からしたらもうほぼ別人みたいなもんだったし。それなりに誤魔化しの聞く言い方ねぇかな……。


「さっさと答えなさいよ」


「どうって……なんかいつもより……その……表情が穏やかに見える……みたいな?」


 どうだ!このやんわりと包んだ棘のない言い方は!我ながら模範解答なんじゃないかと思う。




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