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5.3 人の本心など簡単には分からない

「挑戦……」


 こう言う場面においては聞きなれない言葉を無意識に復唱してしまった。

 それに対し田辺先生は呟くように続けた。


「おう、こーゆー時に自腹じゃ食べたく無いようなものを敢えて頼むんだよ。それで上手ければラッキー、不味くても自腹じゃ無いからまぁ良しってもんだろ?少なくとも私はそうやってきた」


「はあ……」


 それってあんたが意地汚いだけだろ!とは流石に言えなかった。これから奢ってもらうわけだしな。


田辺先生も決まったようで「よし!」と小声で発した後ぱたりとメニューを閉じた。


 まだ謎のもう1人の人が現れないためか、注文はせずに田辺先生はふぅと一息。


「あの、もう1人の人は大丈夫なんですか?」


「大丈夫?それはどーゆー意味だ?」


「いや、そのまんまですよ。2人での食事の予定に相手の教え子が飛び入り参加するという普通ありえない展開を受け入れてくれるのかってことです」


 第一俺も気まずいし。相手が田辺先生にとってどんな立ち位置かによるが、たいていの場合俺がただ邪魔者になるのが目に見えている。


「ま、大丈夫だろ」



***



 10分ほど時間が経った。


 この間、店はじわじわと混み始め1組、2組だった客待ちも今では5組ほど待っている状態だ。


 そんな中で俺はと言うとクラス担任と芸能人の黒い噂を言い合うと言うとてつもなくくだらない会話に花を咲かせている。


 つまり俺達は何も食わずにひたすらお冷を飲みながら話だけしている傍迷惑な客なのだ。


「そろそろ何か頼まないと追い出されるんじゃ無いですか?」


「そうか?じゃあ私らの分だけ先頼んでおくか」






「……お!噂をすれば」


 カランカランと言う軽やかな音と共に入り口に1人の女性が駆け込んできた。


 さらりとした髪を靡かせながら入り口近くでキョロキョロと辺りを見渡している。この店内の明るさでは顔までははっきり見えないが、背には暗い色のリュック、左手には大きめの手提げ鞄という明らかにただラーメンを食べに来た訳ではない大荷物だ。


 そんな彼女に向けて田辺先生が手を挙げて合図を送るとやや急足でこちらの席へ向かってきた。


「ごめんなさい遅くなって!」


 近づくにつれて鮮明になるその顔は、俺の周囲で最近よく見る顔だった。


「あと1人って笠原のことだったんですか?」


「そうだが?逆にお前みたいな奴が相席できる相手なんて相談部くらいだろう?」


「うっ…….まあそうですけど」


 『そんなことないですよ!』とか言って反論しようとしたが、数秒の間必死に脳内に探りを入れても誰1人出てこなかったので諦めた。


「あ、柳橋君も来てたんだ……ちょっとびっくり」


 笠原はやけにおどおどしながら田辺先生の脇へ腰を下ろす。


「いやー!改めてこう集まると良いよな!相談部初期メンバー!」


 既に酒が回ったようなテンションで、田辺先生は謎に嬉しそうに笠原に肩を組み始めた。それに笠原も苦笑いで相槌を打つ。


「相談部の初期メンバーというなら神谷と中澤もだと思いますけど。4人から正式な部活になった訳ですし」


「まあそう硬い事言うなよ!私からしたらお前達2人がスタート地点みたいなもんなんだからさ」


 田辺先生は俺に向けてシシシと笑ってみせながら、笠原へと注文するよう促した。


 こーゆーセリフは何か大きな成功を収めた後に言うものだと思う。てかそもそも思い出にするには早すぎるし活動期間も短すぎるだろ。


そう言うことを田辺先生と軽く言い合っているうちに笠原が注文を終えたようでメニュー表を片付けた。


  そしてコソコソと田辺先生の耳元で囁いた。


「せ、先生……今日は2人でって言ってませんでしたっけ……?」


「ん?そうだけど何か問題あるのか?」


「ありますよ!だって……」


「良いだろ。こう……」


「でも……」


 俺はスマホの画面を見つめて気づいていない姿勢を取ってはいるが全てとは言わずとも要所要所で内容が聞こえてくる。それを繋げると、詰まるところは俺がここにいる事に関する話だと言うことだけは分かった。


「あの、俺は飯食ったらすぐ帰るつもりだったんで。大事な話とかならその後でも良いですか?なるべく早く食い終わるので」


 空席のカウンターでもあれば今からでも移れるが何せ今日に限って無駄に混んでいるし、注文してしまった以上今から店を出ることも出来ないからな。こうすることしか思いつかない。


「良いんだ、気にするな。本来今日は笠原の悩み相談を聞くってことでの食事会だったんだよ。なんならお前の意見も聞きたいくらいだ」


「ちょっと先生!」


 平然とした様子で話す田辺先生を笠原が慌てて止めに入る。


「なんだ?問題ないだろ?」


「ありますよ!だってこの話は……」


「分かってる分かってる。まあ落ち着けよ、なんとでも誤魔化しは効くんだから。お前も早く解決したいんだろ?だったら……」

「お待たせしましたー!特製ラーメンとチャーシュー麺でーす!」


シンプルな見た目の1つのラーメンとチャーシューが器を隠すほど派手に並べられたラーメンが俺と田辺先生の前に運ばれてきた。

 

 運んできた若い男の店員は軽く会釈をしてすぐに厨房へと戻って行った。


 俺は目の前の器に視線を落とした。ずっと匂いだけを嗅いでいたものが目の前に現れると食欲の掻き立てられ方がこうも違うかと改めて実感する。ふと先生の方を見ると飢えた獣のように目をギラつかせていたので即座に目を逸らした。


 笠原の頼んだ物はまだ来ていないようで俺と田辺先生のを眺め、何故かどこか焦るような挙動不審な動き。どうしたんだこいつ?


 程なくして先ほどと同じ店員が戻って来た。え、おい待てよ。


「お待たせしましたー!特製ラーメン特盛でーす!えっと……」


「わ、私……です」


 俺の斜め前でゆっくりと小さく手が挙がった。


「お、お待たせ致しましたー!ごゆっくりどうぞー!」


 分かりやすく驚いた店員はなんとかその動揺を抑え込み颯爽と戻って行く。


 笠原の目の前にはありえないほどの大きさの器にすごい量の具材がこれでもかと盛り付けられていた。


 3人だけのテーブルに一瞬の沈黙が走る。


 笠原の色白の顔は段々と紅陽し、ついには耳の先まで真っ赤に染まっていった。それでもなお続く沈黙から抜け出そうとしたのか、ついに田辺先生が口を開いた。


「笠原……お前なかなかファンキーな物頼むんだな……うん!良いと思うぞ!アスリートの鑑だ!」


「はい……ありがとうございます……いただきます……」


 うわ、トドメ刺したな。田辺先生は満足気だけど。


 プシューッと音がするかのように萎んだ笠原は目の前の特盛ラーメンを啜り始めた。

 

 そんなことはさておき、俺も食事へ戻るとしよう。なるべく早く食い終えてここを去ったほうが良さそうだからな。俺はレンゲでスープを掬った。すると、


「じゃあ本題と行こうか」


 豪快に啜った麺をごくりと飲み込んだ田辺先生が切り出した。


 まあ俺からしたら、本題とは?って段階なのだが、先程聞こえた内容から察するに笠原の何かについてなのだろう。俺も一応手を止めた。


「柳橋、お前も折角この場に居合わせたんだ。お前の意見も聞かせてくれ」


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