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5.2 人の本心など簡単には分からない

 なるほど。この感じからすると柏木には鈴に兄が存在することすら知られていないやつか。俺は部屋のドアに耳を押し付けた。


「あー……2階の部屋にお兄が居るんだと思う」


 あ、そこはあっさりバラすんだ。


「へー、鈴って兄妹いたんだね。全然そんな話したことなかったじゃん」


「そうだっけ?」


 鈴がとぼけた口調で答えた。


 まあ俺の存在が知られているかどうかはこの際どうでもいい。問題とすべきは柏木達が帰るまで遭遇しないこと。そうすれば全て問題無く片付くのだ。


 しばらくしてリビングのドアが閉まる音がし、ザワザワとした話し声は小さくなった。


「行ったか……うぉっ!」


 突如俺の部屋のドアが開き、耳を付けて僅かに体重を掛けていた俺の体は廊下にどでんと放り出された。


「何してんの?」


 見上げるとそこには鈴が引き気味の冷めた顔で俺を見下ろしている。


「盗み聞き?」


「あ……いや……」


おい、なんで俺が追い込まれてんだよ。

 誤魔化そうにもそうはさせまいと鈴はじっとこちらを見下ろしている。ちょっと?俺一応兄。


「そんなことよりお前な、聞いてた話と大分違うぞ。人数とか時間とか」


「あーそれは……成り行きでそうなって……あでも今日泊まっていくのは美香ちゃんだけだよ」


 へー、そう。その報告に来たわけか、正直そこはどうでもいいのだが。

 俺は取り敢えず体を起こし倒れた反動で投げ出された財布を手に取った。が、その俺の横に依然として鈴は立っている。


「なんだよ」


「いやーその……人数増えちゃったから飲み物が足りなそうだなーって……」


 鈴はニコッとバレバレの作り笑いを見せた。


 こいつ……。それ言うためにわざわざ俺の部屋に来たのか。まったく誰に似てこうなったのやら。甘え上手は得だよな。


「外出るついでにテキトーなの買ってくりゃあ良いんだろ?」


「ありがとうお兄!じゃ1人ぼっちの晩御飯楽しんできてね!」


「おう」


 もう煽ってるようにしか聞こえねーよ。


 鈴はタタタと階段を降りて話し声のするリビングの方へ消えた。

 よし、俺もそろそろ行くとしよう。



***



 特に問題もなく家を出て歩道を進む。1人ラーメンなどと通ぶった言い回しに聞こえたかもしれないがそんなことはない。


 店もさほど知らず、1人の時はいつも同じ学校近くの店だ。味が好きとかそんなんでは無くてただ近いだけ。

 なぜラーメンかと言うと陰キャが1人で入りやすい飲食店で1、2を争うのがラーメン屋だからだ。ちなみにもう一つはマックな。スタバは無理。彩り豪華な飲み物撮って「インスタ映え〜☆」とか意味わからんから。


 けどまあそもそも新潟にはラーメン屋自体の数が多いからな。新潟県民ラーメン好きだし。男子学生はラーメン屋通いしがちだ。



 ふらふら歩いていると気が付けば近くまで来ていた。特別人気のある店でも無いが駐車場の埋まり具合は8割程と言ったところだ。他にいるとすれば部活帰りの野球部辺りだろう。


 温い風に乗って漂う焼豚の香りが食欲を掻き立てる。吸い込まれるようにして暖簾をくぐり扉を開け店内へ踏み込んだ。


「2名でお待ちの田辺様ー!お待たせいたしました」

「はい!」


 やけに勢いのある返事と共に右側の長椅子から長身の女性が立ち上がった。その前を通過し俺は順番待ちのリストの方へ向かった。


「お、柳橋じゃないか」


 突然名前を呼ばれびくりとしつつ、横からやや威圧的かつ親しげに話しかけるその声の主へ視線を向けると、


「げ、田辺先生……」


「なんだその嫌そうな態度は?私だって傷つくんだぞ」


 腰に手を当てニマッと笑い俺に近づく。アニメだったらこの人絶対ラスボスだよな。

 

「1人か?」


「まぁ、俺が誰かと来ると思いますか?」

 

「それもそうだ」


 ハハハと田辺先生の高笑いが響いた。そこはフォローしてくれても良いんですよ。


「先生は誰かと一緒なんですね」


「まあな。おい、そんな嫉妬すんなよ!」


 うわーうぜー。確かにほんの少しだけ裏切られた気がしたのは否めんが。田辺先生が得意げに見下ろしてきやがるのを見るとなんか腹立つ。


「あのぉ……お話のところすみません。お席の方案内してもよろしいでしょうか」


「あーすいません!もう1人はもう少ししたら来るので」


 ずっと横で待ちながら気まずそうな顔をしていた女性店員に声をかけられ田辺先生は慌てて店員の方へ向く。すると、店員は戸惑った様子でこちらをちらちら見てきた。


「あ、俺は違っ」

「すいませんもう1人追加でいいですか?」


「は!?」


 何言ってんだこの人。なんかすげぇしてやったり顔でニヤついてやがる。


「かしこまりました。3名様テーブル席にご案内致します」


 店員さんが席の誘導を始めてしまったこともあり、断る余地は全くなかったので俺は誘導されるがままにテーブル席へと向かった。


まだ暗くなりきっていない外と同程度の明るさの店内。オレンジ色のライトが照らす6人掛けのテーブル席の角に俺は座っている。そして目の前には、お冷をまるで生ビールのように喉を慣らして豪快に飲む田辺先生。どーゆー状況だよ。


「あの」


「ん?どした?緊張してんのか?お前もまだまだ子供だな!」


 一言一言がマジでうざいな。この人のペースには一向に慣れる気がしない。


「1人で居たことを気遣ってくれたのかも知れないんですけど俺は別に1人でラーメンを食べることになんら寂しさも感じて居ないんで」


てか田辺先生の知り合いがいる中にぶち込まれる方が明らかに気まずいだろ。田辺先生はほうほうと頷く。


「私はてっきり家から追い出されたのかと思ったよ。お前の妹辺りに」


「ち、違いますよ!なんとなくラーメンの気分だっただけで」


 あながち間違っていない。いや、むしろ完璧に言い当てられたと言える。くそ、この人変なところにだけ鋭いな。

 動揺を誤魔化すためにも俺はお冷を一口喉に流した。


「ま、偶然ここで会ったのも何かの縁だ。今日は私が奢ってやるよ」


 そう言うと田辺先生はテーブル脇のスタンドからメニューを取り俺に渡した。


「ありがとうございます」


 申し訳ないがなんとなく予想はしていたのでさほど驚きはなかった。


 一応パラパラと中を確認する。そしてすぐにメニューを田辺先生へ返した。


「もう決まったのか?」


「はい、まあ。これでお願いします」


俺はメニューの表紙にデカデカと描かれた1つのラーメンを指差した。

 

「これで良いのか?」


「いつもこれなんで」


 俺はここに何度か足を運んでいるが食べたことがあるのはこの一品だけだ。


 この店には〝特製ラーメン〟と言うとても良心的なメニューが存在する。見た目は割とボリュームがあり焼豚などのトッピングも十分で大盛り、特盛は無料。おまけにデザートとして杏仁豆腐までついて来るのだ。


 このクオリティで学生は650円で食べられてしまう。鈴に(むしば)まれた俺の財布にはとても優しい。こんなものを知っていれば他のメニューなど見る必要など全く無い。


「欲の無いやつだな。折角私が出すってんだから別なの挑戦したらいいのに」


 田辺先生は少し不満そうに首を捻り、メニューに視線を落とした。



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