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5,1 人の本心など簡単には分からない

 鈴は大きくため息を吐いた。

 未だ夕飯を食べ終えていない俺を横目で見ながらソファーへ飛び込むと首から上をこちらへ向けた。


「あのさ、鈴は別にお兄に友達が増えて欲しいって言ってるんじゃないの。何かのタイミングでお兄が鈴と兄妹って美香ちゃんが気づいた時に2人の仲が悪いと鈴が気まずくなるってこと」


 言い終えると鈴はピッとテレビを付けてだらし無くソファーへと埋もれて行った。


 あーなるほどね。俺みたいなのを兄に持つと色々と不自由ってことね。それはまあ多少の自覚はしてますけども。


 逆に俺から言わせれば優秀な妹を持つと何かとしんどい……ってわけではないな。近所のおばさん辺りに皮肉を言われる事はあれど哀れみの目で見られて悲しくなる事は無い。


 それは単に慣れてしまったからなのか、そう見られたく無いと言うプライドみたいな物が俺に元々存在しないからなのか。…………どっちもか。


 そんなことを考えていたら気が付けば飯は食い終えていた。立ち上がりリビングに目を向けると魂を抜かれたように四肢を投げ出す鈴の眼がうとうとととろけ出していた。


「おい、そこで寝んなよ?起こすのめんどくせーから」


「…….分かってるよ」


 力無い返答。目は半開きで欠伸をする余裕すら無い程に睡魔に襲われているらしい。徐々にソファーからずり落ちていくため、ジャージが捲れ真っ白な腹部が露わになる。


「腹出して寝んな、ガキか」


「うるさい……」


 こりゃだめだ。手で覆うように一応腹部を隠す素振りを見せたがその手はすぐにダラリと横に垂れた。完全に寝落ちするパターンだな。


 俺は手早く2人分の食器を片付け、未だ睡魔との死闘を繰り広げる鈴の横に腰を下ろした。


「そんな忙しいのかよ……」


「……ん〜?何がー?」


 独り言とも取れる俺の言葉に鈴は反応する。目を擦りながら無防備な顔をこちらに向けた。


「部活。なんかでかい大会があるんだろ?」


「うん、まあ。なんで知ってんの?」


「なんでって……俺のクラス内でも運動部の奴らは忙しそうだからな」


 ようやく睡魔に打ち勝ったのか、鈴は傍に投げられたスマホを手に取り「ふーん」と気のない返事。いつものことだ。


 俺は身体の向きを変え、お笑い芸人が大胆に騒ぐテレビへと意識を移した。


 家では多くの時間をテレビを見て過ごしているため芸人や俳優、女優は割と知っている。


 バラエティ番組やら情報番組やら……もっと言えば意味もなく週5でドラマとか見ちゃってるし。分かってるよ、俺に恋愛ものなど似合わない事くらいな。

 でも視点さえ変えればそれなりに楽しめはする。学園もので1話だけゲスト出演する地味系男子とかね。残念ながら現実にはもっと地味な奴いっぱいいるから、とか思っちゃうけど。


「そーいえばさ、希美ちゃんって陸上部にも入ってたの?」


 たった今思い出したように鈴が言った。


「俺は辞めたって聞いたな。プレッシャーがどうとかって……結局助っ人で駆り出されちゃあ変わらない気するけど」


「助っ人……」


 さほど驚く内容ではない筈だ。しかし、鈴は難しい顔で小首を傾げた。


「あいつがどうかした?」


「ううん。良くバスケ部の練習に見掛けるのに今日は陸上部の人達といるの見たから。なるほど、本命はバスケ部で陸上部は助っ人だったのか……あれ?じゃあお兄達とやってるのは何?それも助っ人?」


 俺達とやってるってのはおそらく相談部のことを指すのだろう。いや、だとしたら相談部の助っ人って何だよ。助っ人募集するようなもんじゃねぇだろ。


「あいつ一応相談部部長だぞ。本命がそこで多分バスケも助っ人なんだろ」


「え!?そんなこと出来るの?キツすぎない?」


「まぁ、並の人間には無理だろうな」


 あいつは並ではないから出来るのだろう。常人には到底理解できない。


 とは言え、鈴もスポーツにおいては十分過ぎるほどの成績は残しているし勉強も言ってしまえば俺より少し……ほんの少し上の成績と言える。

 俺からしてみれば学業の成績をキープしつつ部活にも力を入れている時点で理解できない話だ。


「なんでそこまでするのかな……鈴が見た感じでは少なくともバスケ部は部員足りてたと思うけど……交代で少し出るくらいならあそこまで練習する必要ないし」


「さあな……てかお前早く風呂入れよ後が詰まるだろ」


 柳橋家において男が後に入るのは暗黙の了解。そのため睡魔第二波が鈴を襲う前に早いとこ鈴を風呂へぶち込まなければ俺は一向に入れやしないのだ。


「分かったって……」


  鈴は、よっこいしょ、とお婆ちゃんのような掛け声で立ち上がるとよたよたとした足取りで風呂場へと向かった。


 テレビもつまらなく感じ始めたので俺は私物をまとめてリビングを出た。

 

 

***



 ベッドへと五体を投げ出す俺の鼻先を微風が掠める。十代である今の時点で休日をこんな過ごし方しかしていない俺は社会人になったらどうなるのだろうと時々思うが、社会人になれないと言う線も考え始めた方が良いのかもしれない。


 まあ、親も居ない土曜日に陰キャがどう過ごすかなんて分かりきった答えではある。寝て飯を食う。以上。


 さて、気付けば残り半日ほどとなったのだが俺にはどうにもスッキリとしない引っかかりがあるのだ。本来であればこのまま軽く課題に手をつけ、夕飯はコンビニかなんかでテキトーに済ませちまって気楽に終わるのだが今日は違う。


 なにせ鈴の先輩兼友達であり俺のクラスメイトである柏木美香がうちに来るのだ。


 これだけ聞いて自意識過剰が甚だしいクソ気持ち悪い陰キャだと思われても仕方がない。しかし、俺がなぜそうも気がかりになっているかと言うと相手が柏木だからだ。


 俺は彼女に生き物として嫌われているためなるべく接触は避けたいのだが家に来るとなれば知っての通りリスクが高すぎる。


 今更俺がさらに嫌われようがどうでもいいのだ。これは鈴に飛び火し、多少なりとも影響が出てしまうことは避けたいと言う兄の優しさだ。


「今夜は久々に1人ラーメンにでもするか」

 

 春らしい空気を鼻で吸い込み俺は再び目を閉じた。



***



 時刻は17時半と言ったところだろう。鈴の話では18時過ぎから来ると言うことなのでそろそろ家を出ようかと準備を始めていた。


 湯冷めすることは諦めて既にシャワーを浴びたためいつもより爽やかな気がする。…………気のせいか。


  まあいい。久しぶりの夜間の外出に僅かに高揚感を抱きつつスマホと財布を手に取り、ドアノブへ手をかけた。


「お邪魔しまーす」

「お邪魔しまーす」

「お邪魔しまーす」


「どーぞー」


———ガチャッン!!


 開きかけたドアを脊椎反射的に引き戻す。


 おいおい聞いてた時間とも人数も違うじゃねーか! 


 未だドアの隙間からはカタカタと靴を脱ぎ部屋へ上がる音が聞こえて来る。最低でも4人は居るな。玄関へ向かう際必ずリビングの前を通らなければならない為この人数では当然のように難易度が跳ね上がる。


「鈴〜。さっきなんか音しなかった?今日は両親居ないって言ってなかったっけ?」


 柏木と思われる声が鮮明に俺の耳へ届いた。



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