4.8 変な部活は部員も顧問も変わっている
部活がない1日というのは思いの外短く感じる。
活動が苦であったかと言われると別にそういうわけではない。かといって、楽しんでいたのかと言われるとそれも全くの否。
突然時間のゆとりが戻ってきたせいか何をして時間を潰せば良いか分からないのだ。
そんなふらふらとした1日が続き既に週終わりの放課後。
俺はただ清掃を終えて部活動へと動く生徒たちの流れを静観している。この集団が過ぎ去ったタイミングで俺は下校するのが最近の習慣なのだ。
「ずいぶん暇そうだなぁ、柳橋」
頬杖をついたまま視線だけを上げると、ニタリと笑う女教師が立っていた。企みに満ちた不気味な笑み。
「まあ、そうですね。俺の1日はほとんどが暇で出来ているので。じゃ、そろそろ帰ります。さようなら」
いくら暇とは言え何か仕事を押し付けられるのも面倒だ。ここはすぐ立ち去るとしよう。
「ちょっ!待て待て待て待て!どうせ暇なんだろ?私とデートしようぜ!」
寒気がするようなウインクが得意気に放たれた。こんなことを恥じらいもなくできるのがこの人のイタいところだとつくづく思う。
「は?すみませんちょっと意味が分からないんですけど」
「え?そのまんまだよ。ほら、お前も高校生男子なら放課後デートとか憧れるだろう?」
目だけをキラキラと若返らせながらそんなこと言われてもな。
「なんですかそれ……高校生時代叶えられなかったからって適当な生徒捕まえて昇華しようとすんのやめてくださいよ。だいたい俺と先生とじゃあどう見てもカップルには見えないでしょ。だって……」
気がつけば目の前には不敵な笑みを浮かべた女が立っていた。ヤバい本音が漏れすぎた。
「ん?『だって』なんだ?」
「いや……だって………せ、先生はお綺麗ですから!ははははっ!俺となんか釣り合いませんよ!」
あっぶねー!なんとか誤魔化せたぜ。あと一歩気付くのが遅かったら俺は肉片になってたな。
田辺先生はやや満足そうにフフンと鼻を鳴らした。
「それもそうか、私が釣り合うのはもっと良い男だよな!」
「だったらこの年まで独身じゃねぇよ……」
「あ?なんか言ったか?」
「いえ、何も」
マジでなんなんだこの人。単純すぎるだろ。黙ってればモテそうではあるのにな。黙っていれば。
「まぁ茶番はこの辺にしておこう。今日は暇そうなお前にちょっとした頼みがある」
田辺先生はさらりと自分の髪を払い俺に微笑む。
「またですか。今は相談部活動休止中なんですけど」
てか、もう帰る準備まで出来てたんですけど。
「そんな事くらい知ってるさ、一応顧問だからな。けどまあ安心しろ。誰かの相談なんかよりよっぽど楽な仕事だ」
仕事って段階でもう楽じゃないんだよ。かと言って断れそうもないし。
「もっと具体的に何をすればいいのか言ってください」
「そうだな、簡潔に言うと部活の活動状況の調査だ」
「調査……?」
もうすでに面倒くさそうなんだが。それを察してか田辺先生は説明を加えた。
「調査っていってもそんな大したことじゃない。ただ一通り部活を見て回って………うん、なんか観察するらしい」
田辺先生はうんうんと無理やり納得するように頷く。らしいって……あんたもほとんどわかってないのかよ。
「ま、まあとにかく!今の中3の子達に向けたパンフレットの素材が必要なんだよ!ほら行くぞ!」
「はぁ……」
この人いつも強引だな。ズカズカ体育館へ向かう田辺先生を俺は黙って追いかけた。
***
体育館のギャラリーに着いた。ドカンドカンと砲弾のような音がそこら中に響いている。しかし、それを掻き消すほどの男の野太い叫び声と女の甲高い声が鼓膜を破らんとばかりに突き刺さった。
田辺先生はそれを感心するように眺めている。
「観察って本当に観察するだけなんですか?だったら俺帰りますよ」
俺からしたらこんな騒がしく暑苦しい場所なんざまっぴらごめんだ。場違い感が凄い。
「まあそう言うな。ほれ、お前の仕事はこれで適当に写真を撮ることだ」
どこから出したのか、田辺先生は学校名の刻まれたデジカメを俺に手渡した。つまりはカメラマンをやれと言うことらしい。
「……これ生徒会の仕事ですよね?生徒会の人に頼んでくださいよ」
「おい忘れるなよ。相談部が独立したといえ元は生徒会の下部組織だ。今もその繋がりは消えてないんだよ」
そう得意気に言い終えると田辺先生も別のカメラを取り出しパシャパシャと撮影を始めた。
もうめちゃくちゃだ。ただ労力に使いたいだけだろ。このまま眺めていても一行に帰れそうにないので俺もギャラリーから下方へと視線を落とした。
この学校には体育館が2つあり、それらは大きさで大体育館と小体育館と区別されている。
俺達が今いる大体育館ではバスケ部とバレー部が、小体育館では卓球部とバドミントン部が練習をしている。
田辺先生の隣で俺もなんとなくバレー部の方を見ていると周囲に対して少し小柄な見慣れた容姿の生徒が視界に入った。
「お!あの子は確かお前の妹じゃないか?かわいい顔してるよな~!お前とは大違いだ」
真横のおばさんが激しくシャッターをきりながら口元を緩ませる。
「その言動ただの盗撮おやじにしか見えませんけど」
「いーや!私は教師として写真を撮ってんだ」
田辺先生はカメラを構え映画泥棒並みの動きでシャッターを切り続ける。
すると、その奇行に気付いたのか。鈴がちらりとこちらを向いた。
「お!こっち見たぞ」
しかし、鈴はすぐにツンともとの集団に駆け寄るように背を向けた。
田辺先生は構えていたカメラを下ろし、はて、と首を傾げて俺を見た。
「なんだ?この前の運動会の時はもっと仲良さそうだったじゃないか」
「え、そうですか?いつもあんな感じですけど」
まあおそらく学校だからってのもあるだろうけど。むしろここで手を振ってきたりしたらそれこそ変な勘違いされんだろ。俺は嬉しいけどさ。
「そう言うもんなのかねぇ。っておい!お前もボーッとしてないで働け!」
このままだと本当に帰れそうにないので、俺も仕方なく下で激しく動き回る連中へとレンズを向けた。
当然俺からしたら見ない顔ばかりで面白味も何もあったもんじゃない。カメラどころかスポーツそのものにも詳しくないためどの人のどの瞬間を撮れば良いかという事ですら分からないので取り敢えず適当に、数枚ずつ目についた人だけを撮影しておいた。
小体育館や武道場などの部の撮影も終え、元居たギャラリーへと戻ってきた。田辺先生は柵に寄りかかり、ふぅ、と一息吐き撮影した写真を眺めている。俺もその横で壁に身体を預けた。
「よし、あとは文化部とグラウンドだな」
自分の撮ったものに納得がいったのだろう。うんうんと小刻みに頷き、カメラをポケットへしまった。
「まだやりますか、もう来週で良いと思うんですけど」
そりゃすんなり帰して貰えるとは思ってもなかったけどさ、ここからもう2箇所はキツい。
分かりやすいように「疲れた」口調と声量でとアピールすると田辺先生は急に真剣な表情へと変わり諭すように俺に言った。
「出来るのであれば私もそうしたい。でもダメなんだ」
「え……それは何か重い理由があるやつですか……」
流れで聞いてみたものの、先生があまりに見たことのない様相だったため思わず戦慄し後ずさる。そんな俺をちらりと見た後、田辺先生はスッと視線を遠くへ飛ばした。
天井から差すオレンジ色の照明に照らされ、思い悩むような表情が妙な色気を醸し出している。モデルのように高い鼻や長い睫毛が反射し、キラリと光って俺の目に届く。
なんか変に緊張してきた。




