3.13 運動会の雑用も楽では無い
無事競技を終え俺は中澤達と合流し、規制ロープの外へ出た。
「次はPTAの綱引きか……数合わせでまた誰か行かないとだね」
中澤が笑いかけてくる。え、何その顔。いや、俺はもう出れないからな!?
「剛田とかその辺に任せとけば大丈夫だろ。お前は疲れてないの?」
「まあまあかな」
そう言いながら中澤は招集場所の方へ向かっていった。そりゃそうか、多分俺の体力ゲージの3倍くらいあるもんね。俺は休もう。
木陰へ戻ろうと歩みを進めた。が、観覧する保護者の間隙をすり抜けるのは中々に面倒で、諦めてやや日陰になっていたテントの脇の物置きスペースに置かれていた理科室で見る木製の椅子に腰を下ろした。おそらく何かを置く台に使われていたのだろう。
目線の先には楽しそうにはしゃぐ子供達。中には佐野の姿も混じって見える。が、他の子とは何か違う。
借り人競争の時はあいつの周りに人が集まっていると思っていた。しかし、こう見ると既存の集団へ片っ端に近づいてはおどけて見せている。あいつもしかして……
……って俺は何を考えてるんだろうか。
「……疲れた」
ため息と共にそんな独り言が溢れ出た。
「うーん……60、いや、50点だな」
気づけばサングラスを外した背の高い女性が隣にいた。白い歯を日光で照らし、少年のような笑みを俺へ向ける。
「俺の何が50点何ですか」
「分かるだろ、さっきの少年、佐野くんの話だ。言うことの聞かない子供相手にどう対処するかって課題」
いやそんな課題出された覚えねぇから。それに出てたとしてもやることはやらせたから十分及第点だろ。
「競技には問題なく出場させたが彼の抱える根本の問題には着手すらしなかったからな」
「……なるほど」
何で俺は納得してんだ?てか、少年の問題解決って明らかにボランティアの域越えてますよね。
田辺先生は地べたに倒れていた椅子を一つ起こし、俺のとなりに腰をかける。
「気になるか、あの少年……佐野くんのこと」
小学生のじゃれあいに視線を投げる俺を見て察したかのように尋ねてきた。
「いえ別に。おそらくもう2度と会うこともないのでどうでもいいですよあんな奴」
第一俺はボランティア活動として来ただけであってガキの面倒を見に来たわけじゃあない。よその家庭に口出しするなんざ持っての他だ。
田辺先生もふむ、と何かを考えながら俺と同じ方向を眺める。
「じゃあ……私から1人の生徒の予想として聞きたいのだが、柳橋。佐野くんのことどう思う?」
僅かに吹いたそよ風に髪を靡かせ目だけをこちらに向けた。
「どう思う、とは、好きか嫌いかってことですか?それなら…」
「あー違う違う。彼の現状についてだ。お前の思うものでいい」
だいぶアバウトな質問だな。この感じだと正解はないようだし。
俺は再度児童たちへ目を向けた。まるで無限に再生されているような景色だ。
「そうですね……顔の広さ、と言うかそういった繋がりだけに関してはなかなかいないレベルだと思いますけど。それ以上の関係はここだけ見た感じどこにも無いように見えますね」
言い終えた後、一応田辺先生の表情を確認。間違ってはいなかったようだ。
「そこに何か問題があるとしたら何だと思う?」
「俺何か試されてる感じですか?」
「いいから、1つの意見として聞きたいだけだよ」
俺の意見が何になるんだよ……。「早く答えろ」みたいな重圧が凄すぎるのでとりあえず思っていることを吐き出すことにした。
「俺からしたら今のあいつの問題点なんてありまくりですよ。けどそのうちのいくつかを挙げるとすると、まずはあの落ち着きのなさですね。小学校高学年でありながらあれはうるさすぎる。既に周りの児童は『明るい』や『面白い』ではなく『うるさい』『鬱陶しい』ってイメージが固まり始めてる感じすらしますし、嫌われるのも時間の問題だと思います」
一区切り言い終え先生を見るとふむふむと納得しているように頷き「続けろ」と一言俺へ促した。
「あいつの親がどんな人なのかは知りませんが佐野とはあまり良い関係性では無さそうだってことは分かりました。さっきもおそらくそれが引き金となって不機嫌になったのだと思います。他の児童に嫉妬してんのかもしれないですね」
「なるほどなぁ……わ、私と全く同じ見解だなハハハ……」
なんだこの人。俺から佐野の話聞き出したかっただけかよ。
田辺先生は誤魔化すようにコホンと咳払いをすると、
「つまりこれが続けばクラスメイトからは嫌悪感を抱かれ、彼自身もクラスメイトへ嫉妬心を抱いてしまう。そして孤立するってことか……」
浅い人間関係何てものはすぐに壊れるものだ。どこにでも仲間はいると思っている奴ほど本当の居場所がないことに気づかない。気付く時は居場所が全て無くなったときだけ。
しかし、本当に問題とすべきはそこではない。
「あいつの場合親と本当に上手く行っていないのだとしたらそっちのがまずいですよね」
田辺先生は脳内で点と点が繋がったようで、はっとし、直後重い顔持ちになる。
「学校と家で気の休まる場が無いってのは確かにまずいな……」
せめて片側だけにでも逃げ道があれば救われるだろう。しかしどちらもとなればまだ小学生の子どもにはかなりしんどいはずだ。
「けどまあ、ボランティアの俺たちが出る幕では無いですよね」
「一教師として放っておけない気もするが……私はこの偏屈男で手一杯だからなぁ」
ちらりと目配せをしてくる。俺そんな迷惑かけるようなことしてないよな。なんか無意識に目をそらしてしまったけども。
「ま、私も小学校の先生たちに掛け合ってみるから心配すんな」
「心配はしてないっすよ。ただ……昔の自分を見ているような気になるんです。それがなんか引っ掛かると言うかなんとなくしこりが残ったままって感じで……」
厳密には違うんだ。俺はあそこまで騒がしくなく、あそこまで短気でもない。さらに言えばあれほどの人数の友達は居たことがない。
「それは彼のことが心配だからだろう?もっと素直になれよ」
ニッと笑い俺の背を叩くと、田辺先生はテントで作られた本部へと消えて行った。
グラウンドではPTAの綱引きが始まろうとしていた。
父親主体かと思われたが女性参加者も思いの外多く、子供達の声援が充満している。へー、こんなに盛り上がるものなのか。もっと余興のようなものだと思ってた。
スタート位置への整列も完了し、あとはピストルの合図次第と言うところ。全体が静まり返ったその時、赤組サイドから物凄い声量で一人の男が叫び出した。
「おーし!やったるぞぉー!」
「うおー!」
そいつに続くように赤組に雄叫びが広がっていく。いや、待てよ……、あれって……。
「やっぱりか……」
堂々と赤組のPTAを仕切っていたのは目をギラギラとさせた馬鹿デカい男、剛田だった。力の入り方が一人だけ明らかに違う。
ガルルルッと食い殺すような目で白組の大人たちを睨み付けている。
「……何してんだよ……」
パァンッ!とピストルが乾いた虚空に響いた。──が、勝負は一瞬だった。赤組の完勝。
「………ぃよっしゃああああ!」
叫ぶ剛田。怖ぇよ、マジで。子供が怖がらないか、とか心配してたけど白組の大人参加者めちゃめちゃ怖がらせてんじゃねぇか。
「なぁに?あの人……高校生?」
「不良じゃない?……誰かの兄弟とか」
「怖いわー。子供達には近づかないでほしいわね」
すげぇ評判悪いな。当たり前か。俺が小学生なら間違いなくビビってるし。
猛獣のように叫びながら勝利を喜ぶ剛田達を見終え、体育館へ用を足しに行こうと立ち上がる。すると、土埃の舞うグラウンドにはそぐわない日傘を差しセレブ風の格好をした女がロープをくぐり、此方へ近づいてきた。
「ここ、グラウンド全体がよく見える良い場所ですね……」
「あー、その、申し訳ないんですがここは一般の観覧スペースではないんですよ。……自分はボランティアなんで」




