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3.8 運動会の雑用も楽では無い

「それなら良かった。柳橋くんはやっぱりなんか凄いよな」


「……なんかってなんだよ」


突然よく分からない褒められ方をし、なんとなくで返事を返した。別に褒められて嬉しいとかではないが反応に困るから極力やめて欲しい。


「うーん……俺も上手くは言えないんだけど、神谷の悩み事も今回の剛田のことも全部柳橋くんの考えた案がピッタリはまった訳だろ?それってそう簡単に上手くいくことでもないと思うから……こうゆう活動に慣れてたりするのか?」


結構しっかりとした問いが返ってきてしまった。だから俺もそれなりの回答をしなければならない空気になってしまった。


「別に……自分の事でなければどうすることが最善かってことくらいは分かるだろ。ただそれだけだ」


「そうゆうものなのか……」


どこか腑に落ちない様子で考え込む中澤。それは神谷と剛田も同様だった。大層なこと言ったわけではないので俺もこれ以上の説明を加える気はない。


「でもそれって……」


「あ!そろそろ始まるんじゃないっすか?小学生出てきました」


何かを言いかけた中澤を楽しそうな剛田の声が掻き消し、注意もそちらへ向く。校舎の方向から歩いてくる小学生の群れ。今から祭りでも始まるかのような楽しそうな雰囲気が溢れんばかりに充満している。


「あ!みんなここに居たんだ!」


どこかへ行っていた笠原と鈴が駆け足で近づいてきた。その背後にはあの良い人そうな生徒会長とねずみ男のような副会長、やる気に満ちた田辺先生もいる。


「そろそろ始まるみたいだね」


「そうだな!基本的には道具の準備だ。しっかり頼むよ!」


「は、はい!」


恐らく笠原は生徒たちへ言ったつもりだったのだろうが、思っても見ない方向からの反応に驚きを隠せないまま返事。


火の着いた田辺先生はもう誰にも止められそうにない。


数年前の記憶を懐かしみつつ子供たちの移動を見届け終えると運動会開始の信号器が乾いた空に鳴り響いた。



***



準備は思いの外忙しく、汗を流しながらセッティングを行っていた。障害物競争とかやめて欲しい。児童がカラーコーンやハードルを蹴り倒したりくぐって進むネットをめちゃくちゃにしたりと好き勝手暴れてくれるお陰でこちとら大忙しだ。


予め担当は決めて位置に着いたが、田辺先生は何処かへ消え、中澤、神谷、剛田、鈴は1位から4位の子供たちの誘導へ当たっていた。

そしてなぜか生徒会の二人はテント内部で実況してやがる。くそ、これが格差ってやつか。


結局道具のセッティングは俺と笠原の2人。小学校の先生も手伝っているとは言え、さすがにしんどい。


「はぁ……思ってたより大変なんだね」


「そうだな……」


何でここまで大変かって言うと、「若者だから体力がある」という勝手な思い込みでこちらを気にせず次々に児童をスタートさせる教員が原因だ。僅か80メートルとかしかないとは言えど、毎回元の状態へ戻すことはそう容易ではない。


「この次の競技って何だったか覚えてるか?」


「えっと……今が3、4年生の障害物競争だから……次は5、6年生の借り人競争だよ」


「借り人競争……」


嫌な種目だよな、あれ。小学生のうちから陽キャと陰キャの選別をするなんて良くないぜホント。カード引いて“美人”が出たとき泣きそうだったわ。


「懐かしいよね~!楽しかったなー。まさか数年後に借りられる側になるなんて思ってもなかったよ」


ニコニコと楽しそうに笑う笠原。その無垢な笑顔に思わず目を奪われたがはっと我に返る。


「借りられる側?」


「そうそう!さっき田辺先生から聞いたんだけど、今回結構難しそうなお題とかあったりするらしいから困ってた子が居たら私達から行ってあげてって」


「……そうなのか」


この激務よりは楽そうだな。そもそも俺に当てはまりそうなカードが存在するかも怪しいし。


『次は5、6年生による借り人競争です。5、6年生は準備を始めてください』


澄んだ声のアナウンスが鳴り、5、6年生がスタート位置に並び始めた。俺たちはと言うと、保護者用の観覧スペースから少し前に出た場所で待機していた。


「お疲れ様、すまないな、君たちばかり大変そうな役回りになってしまって」


「別に、俺は対人じゃない方が気使わなくて済むし。これはお前の方が忙しくなると思うけど」


圧倒的に子供人気の有りそうな中澤、笠原、鈴はまず狙われるだろうな。その点俺は楽できるだろう。


「けど君に合いそうなカードも見かけたよ」


「あっそ、俺はもうくたびれたからガキと走る体力残ってないぞ」


そうこうしているうちにレースが始まった。勢いよく走ってくる児童が平均台や縄跳びなど簡素な障害を通過し、借り人エリアに着々とたどり着く。


「赤い靴の人居ますかー!」


「帽子を被ってる人ー!」


明るい少年少女たちは積極的に声を挙げる。でしゃばりすぎも冷めるという事で俺たちも最初は様子見から入っていた。すると、一人の小太りの男児が一目散にこちら目掛けて走ってくる。


「あ!お願いします!」


「……え、俺?」


「はい!」


競争中なのでお題の説明もせず俺の手を掴み引っ張って行こうとする。何個も年下のガキにこんな扱いをされるのは気に入らんがここで振り切ることも出来ないのでされるがままに引っ張られた。結果は1着だった。


「ありがとうございました!すぐ見つかってよかったー!」


そう言うと、そいつは1着の列に並びながら満足そうにベタと、大の字に寝転がる。高学年にしては幼い気もするが、まぁこんなもんなのだろう。


「おう……で、お題は何だったんだ?」


「これだよ」


その子供はカードをひっくり返し、読めとばかりに俺へグッと突き出してきた。俺はそこにデカデカと書かれた文字を目でなぞる。しかし、


「“恐い先生”?……それが何で俺なんだよ。先生じゃねぇし」


「え!………あっ!先生だったんだ!やっべー、“恐い人”って読み違えてた!」


ギャハハハハと歯茎を剥き出しに笑うそいつを、周りの子供も一緒になって笑い出した。多分ムードメーカー的なアレなのだろう。


てか、俺が“恐い人”って理由も分かんねぇし。初見で恐いっつったら剛田一択だろ。


俺は元の控え場所へ戻らなければならないことを思いだし、その場を離れた。


ゴール地点から控え場所までは歩くと思いの外時間がかかり、ようやく到着した。笠原と中澤は借りられているらしく、そこには神谷と剛田の姿しかない。


「あ、克実さん遅かったっすね。もう3組目も終わりましたよ」


「そうか」


「て言うか、克実さん何のお題で選ばれたんですか?あんな一直線に克実さんのところ来るお題なんてめっちゃ気になるんですけど!」


いつもと同様、にやつきながら俺の顔を覗き込んでくる。毎回思うけどこいつの距離感どうなってんだよ。


「お題は“恐い先生”だった……それをあのガキが間違えて“恐い人”って読んでたってだけだよ」


──数秒の沈黙……


そしてクスッと神谷が吹き出し、それに続いて豪快に剛田が笑い出した。


「なんすかそれっ!めちゃめちゃ面白いじゃないですか!てか、克実さんて小学生目線で恐い人なんですね!?」


そこまでゲラゲラと腹を抱えて笑われると、意味もなく恥ずかしくなってくる。

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