14.6 陰キャも時に対応力が求められるらしい
「克実さんやっぱモテるなー!今度はツンデレさんかぁ」
口の中で咀嚼しながらモゴモゴと喋る剛田。剛田は無意識だろうが、一度ならず二度も煽られた柏木が当然黙っているはずもなく立ち上がる。
「はぁ?あんた何なのさっきから。喧嘩売ってんの?」
「え?俺ですか?なんか気に触ること言っちゃいました?」
「自覚ないわけ?」
「はい!」
剛田と柏木が先へ進まない会話を続ける横で、神谷はいつもと変わらぬ様子で俺に微笑む。
「美香たち仲良くなるの早いね」
「そう見えてるのか?」
「違うの?」
「さあ」
水風船にお面か……。祭りって買い物ばかりのイメージだったが案外そうでもなさそうだ。射的とかくじ引きなんかもあったようだし。型抜きってのも確か柏木が行きたがってたか。
意図的ではないにしろ剛田の発言のおかげで柏木の様子が少しばかりいつものペースに戻ったような気もするが……。何か柏木の気が乗るようなものがあればいいんだが。せっかく電車まで乗って来てんだし。
「どうかした?考え事?」
「ん?あー……」
こんなことをわざわざ詮索するのもおかしなものだが、この先あと数時間は行動を共にすると考えると……。神谷だし、変にからかわれるようなこともないだろう。
「あ、いや……なんか今日の柏木テンションが低いって言うか……やたら静かだし反応も薄い気がすんだよ。なんかしらねぇか?」
隣の柏木には聞こえない程度の声で尋ねると、神谷は、「あー」と考えるような声を出しながら柏木と剛田のやりとりに目を向ける。
気がつけば隣は、無意識に地雷を踏み荒らす剛田とそれに逐一反応する柏木によりコントのようになっていた。
「わかんない」
「わかんねーのかよ」
それだけ間を取っておいてその回答が来るとは思わなかった。神谷は相変わらずの謎めいた雰囲気のまま俺の隣へと腰を下ろす。
「きんちょーしてんじゃない?」
「は?別にしてねぇよ」
「ヤナギじゃなくて、美香が。こーゆーの初めてって言ってたし」
違う違うと、首を振りながら神谷は言う。
緊張……?柏木に限ってあり得なさそうなワードが飛び出したせいで俺が言われたのかと思ったぜ。
正直俺としてもこの陽キャLV.100が集う空気に萎縮しているところはある。
だが、柏木も初めてだとすれば……それも納得か。
「なるほどな……」
「あんまり気にしなくて良いんじゃない?ヤナギがふつーにお祭り楽しんでたらきっと美香も楽しめるよ」
神谷の励ましのような言葉を聞き終えると、ちょうどよく柏木たちの方も一段落着いたようで2人がこちらへ近づいてきた。
「あんた達何話してたの?」
「元気を出す方法についてヤナギに教えてた」
「え、何それ」
意味が分からない、と行った様子で神谷に向いた視線が俺へと移る。
いや、まぁ間違ってはいないが……。
「あ!神谷さんあそこのくじ引きの1等のやつって数量限定だったフィギュアじゃないっすか!?」
「あ、ホントだ」
「早くしないと取られますよ!……じゃっ、そーゆーことでお二人デート楽しんでください!」
大きな体で道を切り開きながら雑踏へと消えていく剛田の後を神谷はこちらに手を振りながらいなくなった。
デートなんかじゃねぇってのに……。
まぁいい。あの2人のいつも通りの振る舞いで変な緊張は逸れたのは事実。柏木も呆れたように腰に手を当てて2人の背を見ていた。
立ち上がっていた柏木も俺の隣へ再度腰を下ろし、2人を遠目に眺めながら残っていたりんご飴を食べ始めた。
数分後には、お目当てだったと思われるフィギュアを高々と持ち上げた剛田の姿が目に映った。
「すげぇなあいつ……柏木はあーゆーのしなくていいのか?」
「私はあーゆーのダメなのよ。ガチャガチャとかブサニャンの一番くじだって欲しいの当たった事ない……あんたは?」
「俺もそんな運がいい方ではねぇな……」
ブサニャン……柏木と鈴が好きなキャラクターか……。
ここから見える範囲内のくじ引き屋にもいくつかストラップやらが見えることは見えるが……運任せってのは期待できそうにない。
「ここに来る途中にさ、あったんだよねブサニャンばっかり置いてある射的の店」
「へぇ……射的か……そんな店もあるんだな、行かなくていいのか?」
緊張しているかどうかの真偽は定かではないが、本日珍しく柏木から始まった会話を止めてはならぬという謎の責任感からやや不自然な程に食い気味な返答となってしまった。
「え、うん……少し混んでそうだったし……それに……あんたブサニャンなんて興味ないでしょ?」
横目で俺の反応を探るようにチラチラ様子をうかがう柏木。その分かりやすく不器用な本音の隠し方がなんだか面白く思え、フッと笑いが溢れてしまった。
「なによ」
「いや、変なとこに気使うんだなぁと思って」
「はぁ!?別にそんなんじゃないから!ちょっと目に入ったから言ってみただけでどうしてもとかそんな……」
柏木相手に珍しく優位に立てているこの状況。なんだか今までにない優越感をもうしばし楽しませてもらうとしよう。
「そうか、なら」
「あーもう!そうよ、そーゆー屋台が出てることをバレー部の子から聞いた時から絶対行きたいと思ってた!黙って付き合いなさい!」
「はいはい……」
なんなんだこの緩急は……。分からん。
とはいえ柏木との付き合い方はなんとなく分かってきた気がする。
慣れってのは恐ろしい。
「あ、さっきより空いてる!早く来なさい」
「おう」
補充しているとはいえ、見たところ景品がなくなっている様子はないし今しがた挑戦していた数人も何も取れずに去っていくのが見えた。
祭り屋台でのインチキなんてザラにあることだが、そうと分かって飛び込むのも相手の術中にハマったようで気が向かない。しかし、
「やっぱ取るなら、あれよね。ほら、あの大きいの」
「そうだな」
まぁ、景品目的ではなくゲームとして楽しむためって思えば安いものか。柏木はなんかすごくやる気だし。
ようやく順番が回ってきた。
柏木の狙いは先ほど話していた50センチほどのぬいぐるみだ。大きすぎるが故か狙う的としてぬいぐるみの写真が貼られた板が置かれている。
どう見ても……うん……。絶対何か小細工がありそうな感じ。
数回小物を狙った後、俺も試しに1発打ってはみた。しかし、板の上角に命中しても多少動く程度で1発では倒れないであろうことが容易に想像できた。
隣で意気揚々に挑んだ柏木の銃弾も綺麗なままに的に弾かれあっという間に残り1つとなっていた。
「ねぇ!あれ本当に倒れるの?なんか固定されてない?」
「俺がインチキでもしてるってのか?失礼だなぁ、倒れるさ。うまく角狙いな」
苛立ち混じりに問う柏木を半ばバカにした様子で答える店主の男。
俺の残弾数もあと3発だし……仮に細工がされていないにしろ、淡々と作業的に当てて取れるほど単純ではなさそうだ。そもそも威力が足りず取れそうにない。
「柏木、あれ取るなら2人で同時に当てた方が良いかもしれない。多分1発で倒すの無理だろ……弾も合わせりゃあ2回分なるだろ」
「え、あ、ありがとう」
そうすればまだ少しは……いや、気晴らし程度か。
「そうね、私に合わせなさいよ……」
「……」
柏木はいつも通りのお嬢様的な言いながら弾をこめる。
「いくよ!いい?」
「おう」
「せーのっ!」