14.5 陰キャも時に対応力が求められるらしい
夕暮れ時になり日は沈みかけ今日が終わりに差し掛かろうとしている。しかし、目の前の道は至る所から人が湧き出てきてガヤガヤと賑わっている。
いつも通りの道なのにまるで異国の地へ迷い込んでしまったようだ。
駅前の大通りを完全に塞ぎ屋台が建ち並ぶ。久々すぎる祭り屋台に少し興味が沸いたが、どうせこの後端から見ていくことになるだろうと思い、まっすぐ駅へと向かった。
駅は改札口から止めどなく補充され続ける若人で溢れ、古臭い駅舎には似合わない騒がしさだ。俺と同様に、電車から降りてくる友人なんかを待つ人も多いようで辺りを気にしながらスマホを弄り立っている者も多い。
そんな有象無象に混ざりながら待っていると柏木が乗ると言っていた電車がシューと目の前に止まり、それと同時に『今着いた』と柏木からの連絡が入った。
細い改札口をテンポよく流れる人を横目で追いながら柏木らしい人を探していると明るい髪を綺麗にまとめた色白の女性が真っ直ぐと俺の方へ向かって来た。
「お待たせ……待った……?」
いつもの派手な感じとは異なり、白地に紫色の花柄が浮かぶ綺麗な浴衣を身に纏っている。それに合わせてなのか、化粧もいつもより控えめな気がする。
いつもの柏木であれば綺麗とか美人とかの言葉が合いそうなものだが、今日はなんだか可愛らしい印象だ。
これだけ人がいるのに目の前を過ぎゆく男どもの視線が一度柏木を通過してゆく。なんなら「見てあの子めっちゃ可愛い」などと言う言葉さえ聞こえてきた。
「いや、待ってはないかな。電車も予定通りので遅延とかも特になかっただろ」
「あ、うん……そうだけど」
変な気まずさからじっと柏木の手元ら辺に視線を落としたまま固まってしまっていたような気がして慌てて答えた。柏木の返答からするにこれは多分しっかり答えなくていいやつだったのだろう。
「浴衣か」
「うん……あんまり?」
「いやいや、そのぉ……kっか、ゴホンッ。……綺麗だと思って……浴衣」
「ありがとう」
悪い、鈴。
俺に「可愛い」は少々ハードルが高すぎた。しかも褒めたのは浴衣単体みたいになってしまった。
ここに鈴がいたら何を言われていただろうか……。
それはまぁいいとして……、
気のせいだろうか。
やけに柏木のテンションが低い気がする。別にいつもが高いわけでもないけど。
「あんた、それ、自分で?」
「ん?なにが?」
上目で俺の頭らへんを見ながら細い指で指し示すのはおそらく髪。やはり側から見てもいつもの寝起き頭とは違うらしい。
「いや、これは鈴がやった」
「そう……いいんじゃない?似合ってると思うけど。毎日そうすれば」
「無茶言うな。そもそも俺は自分で出来ねぇし。こんなのするのは今日限りだな」
「なんで今日だけ?なんで今日は鈴に頼んでまでしようと思ったのよ」
「なんでって……そりゃあ……」
なんか急に問い詰められた。
てか、知らぬ間に俺がお願いした流れになっている。
けどここで「鈴に言われたから」などと答えることがふさわしくないことくらい俺にもわかる。実際気に食わなけりゃ途中で抵抗したり、鈴が出かけた後に洗い流したりいくらでもできたわけだ。
それをやらなかった時点で俺自身多少の興味と柏木への礼儀、それとほんの少しだけ百瀬の「かっこいい」に鼻の下を伸ばしてしまっていたのは認めざるをえない。
「まぁ……祭りは特別な日なんで」
「意外……あんたにもそーゆー考えはあるのね」
少し間が空いてふふと柏木が笑う。
悪いな、受け売りの言葉しか思い付かなくて。
予定では少し屋台を散策しながら、柏木の案内で近くの観覧スポットへと向かい、そこから花火を見ることになっている。今朝LINEでそう伝えられた。俺が何も言い出さないから提示してくれたのだろう。
話しながら少しづつ歩いていると屋台の前まで来ていた。
明明と照らされた道を人の合間を縫うように進む。その度に新たな名前の屋台が目に飛び込んでくる。
それらを見渡しているといつしかニュースか何かで見た覚えのある巨大な飴が目についた。
「お!こんなの本当にあるんだな……食べようかな」
「あ……うん……」
目ではちゃんとりんご飴を捉えているのに上の空のように空っぽな返事だけが帰ってくる。
「こんなのいらねぇか、子供じゃねぇんだし……」
「いや……食べたい……私も」
「そ、そうか……わかった。ちょっと見えるとこで待っててくれ」
今一つ分からない柏木のこの感じ。
明らかに不満があるんだろうな、俺に。
話してても目が合うことすらない。
俺の身なりのせいではなかったはずだから多分一緒に行くのが俺であることに問題があるのだろう。
確かに周りを見れば爽やかイケメン男を横に華やかに笑う同世代の子達ばかり。
それに比べりゃ不釣り合いも甚だしい。
中澤のためとはいえそれに関してはすまんと思う限りだ。
少し並んだ後にりんご飴を2つ受け取ると俺は柏木の元へ向かった。
「はい」
「え!あ……ありがとう」
声を掛けただけなのにこの反応。全く別のことを考えていたようにソワソワしながら受け取った飴を顔の前まで持ってくるとアスファルト一点を見つめながらそのまま飴を口にした。
ガシャ……
「おい、お前それ袋開けてから食うやつだと思うけど」
「あっ……そうよね……知ってた」
「へー、そう……どっか座らねぇか?」
「うん」
外装と知ってたにしては迷いの無い一口目でしたけど。
なんて、そんな冗談も言える雰囲気じゃない。
近くに空いていたベンチで座りながら時より横を見てみるが、まるで何かに取り憑かれているかのように静かに飴を頬張っている。
やっぱ変だよな。
ただ、俺が気に食わないなんて理由だったらいくらか楽なんだが、柏木にはバレー部での前例がある。また何か抱え込んでたりするならばそれはあまり良くない。
「あ、次は……」
「体調でも悪いのか?だったら無理せず言ってくれると助かる」
あと考えられるとすればそんなとこか。
柏木は少し礼儀とかにうるさそうな気がする。
相手が俺だろうが誘った以上断るのは失礼だとか思っていてもおかしくはない。
「べ、別にそんなんじゃない!」
「そうか、ならいいけど」
「えっ、私……今日おかしい……?」
「おかしいって言うか……」
「元気なくないか」とか「口数少ないね」とか言うと一緒にいるのがお前だからとか言われそうだからな。俺から言うのはちょっとね……。
どう答えるべきかと考えながら正面を向くと、何ともアンバランスな男女が目の前で立ち止まった。
「あ、美香!ヤナギ!」
「神谷か。来てたんだな、剛田と」
「そうだよー」
当然のように浴衣姿の神谷の横には浴衣を着崩し、般若のお面を頭につけた厳つい男。
「あ!克実さん!……と、バレー部のツンデレさん?」
「は?」
今の今まで大人しかった柏木の目に突然狂気が宿った。
そんな目を向けられても一瞬たりとも怯まず、唐揚げを頬張ろうとしている剛田もやはりただ者ではない。
「あや、その隣のが例の友達?」
「そうだよ、そう言えば美香は会ったことなかったっけ」
神谷は指にかけた水風船をパシャパシャ振りながら俺と柏木の目の前まで近付いてきた。




