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14.4 陰キャも時に対応力が求められるらしい

 背を丸めなるべく視線を向けぬよう部屋に入るとキーンと冷えた空気が微かに良い香りを纏っていた。


「あ、起きたんだ。思ったより早かったね」

「あぁ……」


 話しかけんな。

 こっちが目立たぬようにしてるってのに。


 返事ついでに軽くソファ付近を見るとだらしなくくつろぐ鈴の隣で面接試験並みの姿勢で座る見覚えのある顔と目が合った。


「あ!お邪魔してます!」

「え、あぁ……ごゆっくり……」


 そうだった。

 確か鈴は百瀬と祭りに行くって言っていた気がする。まぁ誰だろうと俺には関係ないけど。


 そそくさと冷蔵庫前まで進み、投げやられた菓子パンと常温で放置されたペットボトルのお茶を取ると、なるべく視線を散らさぬようドアだけを見ながら進む。

 すると、突如立ち上がった百瀬が俺の前に何かを差し出してきた。


「これ、良かったらどうぞ!」

「あ……どうも」


 見たところ小さな小包のお菓子のようなもの。どこかの土産か何かにありそうなものだ。


「この前仕事で東京行ってたお土産だって。さゆりんお兄の分も用意してくれてたの!」

「あ、そう……ご馳走様です」


 なるほど。

 顔見知りになったから気を使ってくれたって感じか。なんか申し訳ないな。

 けどまあ、貰えるもんは貰っとけってのが俺のポリシーだ、遠慮なくいただく。


「いつもバイト先でお世話になってるので!」


 寝起きボサボサ男には勿体なすぎるほど、お手本のような笑顔が向けられた。


 お世話に……だと?この前の感じからするに絶対そんなこと思ってないだろ。それに、いつもって言ってもまだ3回くらいなもんだし。社交辞令だろうってのは分かるけど彼女の笑顔が色んな意味で怖い。さすがモデル。


 思いがけない手土産も貰ったことだし、これ以上部外者が邪魔するわけにもいかないので軽く「じゃあ」などとだけ発し、部屋を出た。



***



 むせ返るほど暑い部屋の中でしばらく時間が経過し、夕刻に差し掛かろうとしていた。


 俺はダラダラスマホをいじったり神谷から借りている漫画を読んだりとインドア派の休日らしい過ごし方でくつろいでいた。


 世の中アウトドア派の方がやや優位に立っている気がするのは誠に遺憾だ。暑く暗い室内ですら楽しみを見つけられる者こそ至高であると言うのに。


 けどまあ俺みたいな人間は大抵インドア派と言いつつ、実際のところアウトドア系統を知らないだけだからそう思われても仕方がないか。挑戦しないものはその場にとどまる以外に選択肢はないのだ。


 今は17時前といったところ。

 柏木が乗って来る電車は18時10分頃に着くらしいので18時に駅にいれば問題無いだろう。あとざっと1時間ってところか。


 寝るには短く何もしないには長い微妙な時間だ。念の為アラームをかけつつベッドに仰向けに寝転ぶと突然ドアがガチャっと開いた。


「ノックくらいしろって言ってんだろ」

「ごめんごめん。お兄ちょっと来て」

「なんで」

「良いから」


 既に支度を終えたのか、手の込んだ髪型と見慣れないメイクを施した鈴がドアの隙間から見える。

 断る理由もないので仕方なく部屋を出ると俺を先導するように鈴が階段を降りて行った。


「浴衣……毎年着てたのか?」

「ううん。今年は着ようかなって。さゆりんと一緒に」

「え、ああ……そうか……」


 確かに毎年祭りの日にはうちの前を浴衣を着た若者が結構いたっけ。


「どう?」


 足を止めてくるっと後ろを振り返り俺に問う。黄色を基調とし、水色や紫っぽい花柄の模様が描かれている。

 綺麗には見えるし似合っているとは思うが……。

 ただ、俺に正確な良し悪しの判別が出来ているかと言われると……。


「いやまぁ……良いんじゃない?段差気を付けろよ」

「0点」

「何がだよ」


「こーゆー時は無駄に考えないで『可愛い』とか言っとけばそれで良いの」

 

「なるほど……」


 無駄に考えるな、と。

 よく考えれば、俺に聞く時点で参考になる意見を得ようとなんてしてるわけないか。


 連れられるまま着いた場所は洗面台だった。

 華やかに着飾った鈴の横に立ち並ぶ冴えない猫背男を鏡が写す。


「おい、なんなんだよ一体」

「髪型セットする」

「いや良いよめんどくさい」

「鈴がやるから良いでしょ」


 言いくるめられ、髪を濡らされ、何年かぶりのドライヤーの風を浴び、よく分からないものが頭を覆っていき、一通り終えた後には隣の鈴が満足げな顔をしていた。


「なんだよ急に」

「やっぱ今日くらいね」

「別に大したことじゃ……」

「何もしないで行ったら美香ちゃんに失礼でしょ!お祭りなんだから」

「あー、そーゆー……祭りだからってのはよく分からないけど」


 俺が呟くように言うと、鈴は少し真面目な顔で反応した。


「お祭りは特別なの。色々あるの。お兄には分からないかもしれないけど」


 色々とは?とまで聞く気にはならなかった。おそらく中澤が笠原を誘ったことに近しい話になるだろうから。


 そんな人らが大勢いる中で、柏木だってボサボサ頭の隣なんざ歩きたくないだろうと言う話だろう。

 付け焼き刃のように髪と服を整えたとてそんな陽キャに並べるとは到底思えないけど。


「なるほどな……じゃあお前もなんか理由があんのか?浴衣着てるし」

「あー……まぁね……」


 何だかあまり触れない方が良さそうだ。ここまでにしておこう。


 とはいえ、柏木はそんなに気にしなそうだけどな。本来の目的からでた余波みたいなもんだ。それに前は何もしない寝起きのままで出かけたことだってある。

 けどまぁ鈴が勝手にやってくれるならこちらからあえて拒む理由もない。


 ふむ、と見慣れぬ造形の前髪をツンツンと触っていると鈴がひょっこりと鏡越しに顔を見せた。


「どうっすか……?」

「俺の髪でもこんな形になるんだなぁ……」


 流石に顔面まで変わるわけではないので別人のようだとまでは思わないが何というか……。だからこそガチガチに勝負を決めに来たみたいで少しばかり恥ずかしさがある。


「かっこいいとおもうよ」

「棒読みじゃねぇか。お世辞にしてももっと上手く言えよ」

「お世辞じゃないって!」


 鈴は笑いながらそういうとリビングの方へ戻って行く。俺もリビングへ向かおうと電気を消し、踵を返した。


「あ!凄い良いですよ!かっこいいと思います!」

「はぇ!?あぁ……どうも……」


 突然目の前に現れたのは白っぽい浴衣を身に纏った百瀬だった。

 百瀬がうちにいることすら完全に頭から抜け落ちていたため、状況整理が追いつかず死にかけの鳥みたいな変な声を出して驚いてしまった。

 不意打ちにしては流石に火力が高すぎる。


「うわー、照れてるー」

「うるせぇよ……」


 百瀬の後ろから鈴がニヒルな笑みを向けてきた。

 そりゃあさ、こんな子が突然目の前に来て澄んだ声でかっこいいとか言われたらね、演技と分かってても無理だ。


「私達そろそろ行くからね」

「おう……気をつけて行けよ」

「ありがとうございます!お兄さんも楽しんで!」

「……」


 くそ……やりづれぇ……。リビングから漏れ出た冷気でせっかく身体が冷えてきていたのに……。てか、いつからお兄さん呼びに変わったんだよ。

 



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