14.2 陰キャも時に対応力が求められるらしい
気のせいだろうか。
今日はいつもより客の滞在時間が長い気がした。特に男性客。
そりゃあ、容姿も愛想も良い子と僅か数十センチの距離で言葉を交わせるとなればそうなるのも分からなくない。釣り銭が出ることを計算に入れればアイドルの握手会と大差ないからな。
どの客も俺のレジに誰かが向かうのを見た途端に百瀬のレジに並んでいくようにすら見えた。
ただ、驚いたのはそれだけではない。
しばらく会わないうちに百瀬の仕事ぶりはかなりの成長を遂げていた。
「手が空いたので先にトイレ掃除してきます!」
「あ、この商品期限間近だったので割引にして売り場を移しておきますね!」
テキパキと一瞬の間すら惜しむように動く百瀬。
もはやさっきまで居た口だけ達者なおばさんなんかをゆうに凌ぐ仕事ぶりだ。
ようやく人数も減って来た時間でもあったため、俺は洗い物をしながら軽い返事で応じていた。
ポロポロと水を弾く油たっぷりのトレーを擦りながら時折り店内と時間を確認する。極力レジ内から動きたくない俺にとっては百瀬との仕事はいつも以上に楽に感じた。
「トイレ掃除終わりました!」
「ありがとうございます」
汚れ仕事まで嫌な顔一つしないのか。
これほどの働き者ならもっと金払いの良い別のバイトに行った方がいいんじゃないだろうか。
そんなことをぼさっと考えながら洗い物をしていると背後から何か視線を感じた。
「何か?」
「……いえ……」
振り返りざまに目が合うとバツが悪そうにすっと目を逸らされた。
おかしいな。百瀬が来た時は普通に話しかけられた気がしたんだが。
「あ、柳橋さん!ここにあるタバコしまって大丈夫ですか?」
「あー、それはそこに置いておいて大丈夫。もう少ししたら来るいつものおっさんが買うやつなんで」
「……あ、そうなんですね……分かりました」
あれ、今一瞬顔がすごく強張ったように見えたんだが……。なんか気に触る言い方したか?
「その洗い終わったトレーここに片付けて良いですよね?」
「あー、いや……それは明日も使うから今日はこの台の上に……」
言いかけたところで百瀬からのなんとも言えぬ視線を感じ口を紡いだ。
やっぱ俺に何か指摘されるのは気に食わないのか?でも指摘ってほどのことでもないような…….。
もしくはただ単に、俺のこの誠意無い態度が気に入らないって可能性もある。
「あの、俺なんかしました?」
「いえ……何も……」
ショーケースを拭きながら答える。言葉でこそ否定はしているが明らかに不満のこもった声だ。
「何かあるなら言ってもらった方が直しようがあるんだけど……」
言った数秒後。
動かしていた手をぴたりと止めタオルを静かにカウンターへ置いた。
そしてゆっくりとその澄んだ眼が俺へ向けられる。
店内に客のいないこの状況がかえって緊迫を駆り立てる。
セクハラ?パワハラ?いや、そんな言動は無かったはず。パワー関係で言えば百瀬の考え的に俺の方が下に当たるっぽいし。
俺が何を恐れているのか俺にもよく分かっていない。俺から聞いた手前今更誤魔化せそうもない。
トレーを拭くふりをして荒ぶる目線だけを百瀬へ向けた。
「悔しいんです!」
「……は……?」
視線は俺は向いたまま、百瀬は少し張りのある声を発した。
だが、俺には言っている意味が理解できず返事らしい返事は何も返せそうになかった。
悔しい……?何に対して?仕事か?でも一月前の百瀬が言うならまだしも今はもう……。
「他の方と一緒の時はもっとこう……上手くいくんです!でも、柳橋さんは私がやろうと思ったこと全部先にやっちゃってるからなんだか負けた気分になるんです!」
勢いのまま吐き出すように俺へぶつける。
だがまだスッキリしないのか険しい表情は変わらない。
___なるほど……。
どうやら俺の勘は間違っていなかったらしい。やっぱりこいつはすごく面倒くさい。
となれば、ここは適当に励ます感じに聞き流して終わらせよう。
「なんか……悪かったな……よく分かんないけど……そもそも勝ち負けとかでは無いんだからそんなに気n…」
「あ、そーゆーところもですよ!」
「え、今度はなに」
ビシッと指を差され思わず手に持っていた布巾を落とした。
「そうやってやる気なさそうなどんよりした顔しながら仕事だけはササーッて難なくこなして!それで常連さんとか他の人への気遣いも出来ますよ〜みたいな感じが!」
「顔は関係ないだろ……!ってか今のって俺褒められてる?」
「褒めてないです!そーゆーところがムカついて悔しいって言ってるんです」
ようやく不満を言い切ったのか、ふぅと小さな息を吐き、百瀬は仕事へ戻った。
つまりは八つ当たりってことか。まったく。鈴の友人ってのはなんでこう無駄に気の強い人ばかりなんだ……。
その後の仕事は、俺の行動一つ一つを百瀬に監視されているような気がして変にやりづらかった。
「俺、時間なんで、お先に失礼します」
「お疲れ様でした……次一緒の時は負けませんから」
謎に力強い目線を向けられた。
この言い方からするに今日は俺の勝ちだったっぽい。一体何を持って勝ちなんだか……。
「そう……別に俺は負けでいいけど」
何気なく言ってしまった一言に猛烈な殺意を纏った視線を感じたのでそそくさと背中を丸めてレジを出る。
「あ、いや……お疲れ様でした」
「はい、お疲れ様でした」
違う。俺の想像してたのはこんなんじゃない。
モデルの子とバイトなんて俺はもっと穏やかな感じを想像してたのに……。
***
「おおー、見事に相性最悪だ」
普段ほとんど見ることのない雑誌を手に思わず声が溢れた。
珍しくソファを陣取れた事もあり、足を伸ばしくつろぎなごら普段鈴がしているように背もたれへ体を埋めた。
「ちょっと!勝手に見ないでよ!私もまだしっかり読んでないのに!」
「ああ、悪い」
手からスッと雑誌が取られたのでその方向へ顔を向けると、不機嫌そうな目つきの鈴が立っていた。
そのまま椅子に座るわけでもなく、鈴は立ったまま俺の見ていたページへ目を通す。
「相性?なんの?どこに書いてある?」
「最後のページに……これ」
ペラペラとページをめくりながら俺が指し示したのはよくありがちな星座と血液型を組み合わせた占いだ。
時折目にする度、まさかと思いつつも朝の占いよりは信じてしまうあれ。
鈴は「へー」とまじまじ見つめる。
「それで、誰と相性最悪だったの?」
「百瀬」
「え、なんで血液型とかまで知ってんの」
「書いてあったろ、さっきのページに。そんな蔑んだ目を向けるな」
何かの特集なのか、出身地、年齢、誕生日などの情報から、趣味や休日の過ごし方まで書いてあった。
鈴は何故かホッとしたような顔で「そっか」と呟くと元のページへ戻った。
「あ、私はさゆりんと相性良いっぽい!お兄は……希美ちゃんとは相性良いみたいだね」
「……あっそう」
「えー?何その反応」
「別に……俺はただ暇つぶしに見てただけだ」
喜ぶも嫌がるもできない相手を挙げられてもな。明らか正反対の生き物の笠原と相性が良いと言われると益々信憑性がなくなる気すらする。




