14.1 陰キャも時に対応力が求められるらしい
「ほほう……やっぱり色々あったんだ」
「いや、別に……そんな大したことはなかった」
事情聴取並の質問責めの末、鈴はソファに体を埋める。
昨日の疲れもあり、起きた頃には既に14時を回ってしまっていたため、ちょうど部活を終えてリビングで休んでいた鈴に捕まってしまった。
「いやいや、お兄からしたら非日常的すぎるでしょ」
2本セットのアイスを口に咥えながら対して興味なさげに反応する。
確かに非日常的かつ予測もしていなかったことは多かったとは思うが……。
「じゃあこれでお兄の夏休みお楽しみイベントは終了したわけだ」
「まぁ……そうだな」
確かに一番のイベントは終了したか……。
「ん?なにその感じ……まだなんかあんの?」
たったさっきまでチラリとも向けてこなかった視線がキロッと俺の顔面を捉えた。
夏休みがあと一週間という状況で予定を気にしたことがないせいか、変な間をとってしまった。
今週末は柏木と行くことになっているが、そうなった経緯はあまり一般的なものではないように思え、堂々とは言いづらい。
「いや、なんて言うか……」
「あー、もしかして夏祭り?珍しっ」
はいはい、っとどこか期待外れだったような顔を見せると、鈴はまたテレビは向き直った。
「なんだ、やっぱ柏木から聞いてたのか」
「え、美香ちゃん……?え、お兄1人で行くんじゃなくて?」
今度はまたさっきとは違う驚きの混じった疑いの目を向けながら口に咥えたアイスを手に持ち替える。
行動が騒々しい奴だ。
「誰が1人で祭りなんか行くかよ。人は多くて疲れるし全部値段は高ぇし帰りは遅くなるし何より暑い、それに……」
「あー、分かった分かっためんどくさい……そっかぁ……希美ちゃん本当に部活の人好きなんだね」
はははと笑い、ややソファから起こしかけた身体をまたズボリと埋めまたアイスを食べ始めた。
多分また同じメンバーで行くことになったと解釈したのだろうな。これは否定しておくべきなのか?
いや、経緯を説明するのもそれはそれで面倒だ。けど、万一祭りで鈴に出くわした時に俺と柏木だけでいたら嘘をついていたみたいになる。それもまた面倒。
いや、そもそもグループで遊びに行く時はこの前の遊園地の時のように二手に別れたりするのが普通なのか……。とすれば別になんとも……。
「え、あのぉ……もしかして……美香ちゃんと2人だったり……?」
何も反応しない俺を不思議に思ったのだろう。探るような慎重なトーンで俺に尋ねてきた。
変に鋭いやつだ。
「いや、まぁ色々な経緯があって」
「マジかぁ……あ、それであの時……」
空になったアイスの容器をぽこっと口から落とし、ぶつぶつと言葉を発している。
ここで焦って説明を入れたり、取り乱したりすれば「勘違いすんなクソ陰キャ」みたいな対応されるのは目に見えているんだよ。
だからここは敢えて特に気していないように……
そう、俺に電話してきた時の柏木の冷め切った態度を模して。
「別にそんなんじゃない……お前のプレゼント買いに行った時もそうだったからな。それと同じで……」
「えぇ!?そうだったの!?」
「まぁ……言ってなかったっけ……」
さも当然のように振る舞ったつもりが更なるネタを投じてしまったらしい。
てっきり話したつもりでいた。
鈴は「うわぁ……」と困惑したように固まっている。
「美香ちゃんに手伝ってもらったとは聞いた気がするけど、まさか一緒に買い物に出かけてたなんて……」
その件については俺もそんなつもりなかったんだけどな。
あんなビシビシして見えるが、意外と抜けているところがあるのかもしれない。絶対に指摘はできないけど。
この流れで経緯なんかを聞かれ始めたらいよいよ面倒くさい。第一いくら中澤とはいえ他人の色恋を安易にばら撒くのはあまり気の良いことではない。
とりあえずこの話題を切り上げるべく再度平静を装いながら収束を試みるとしよう。
「お前たちみたいな人らからしたら祭りなんて誰と行こうが別に変なことじゃないんだろ?毎年どの地域でもやってることだし」
「まぁそう言われたらそうだけど……お兄だから」
うんうん、よーく分かる。何年も行ってないやつが突然妹の友達の美少女と2人で行きますって言いだして「はいそうですか」とはならんよな。
腕を組み1人で小刻みに頷きながら時折り「ん?」と首を傾げる鈴。今度は悩ましげに眉間に皺を寄せた。
「うーん。大丈夫かな……」
「なにが」
「お兄って結構無神経なとこあるからさぁ……失礼な言動とかないといいなぁって」
「お前は俺の母親か。てか、お前に言われたかねぇよ」
あ、そう?と意外そうな顔をしてきたことに少しイラっときたので手元にあった小さいぬいぐるみを軽く投げつけてやった。
「まぁ大丈夫か。相手が美香ちゃんだし」
「あいつに関しては俺がどう動こうと何も変わらんだろ」
攻撃・防御いずれも最大値を振り切ってるモンスターみたいなもんと思えばいい。1つや2つ失言があろうが俺が全力で気を配ろうが結果として多分大した影響はない。
まだ大地雷を踏んだようなことも無いから今回も多分いつも通り振る舞えば問題ないはずだ。
「それはどうかなぁ……まっ、でもお兄も思ったことははっきり伝えた方が良いよ。美香ちゃんは多分その方が嬉しいタイプだから」
「へぇ、そう」
もうなんでもいいよ。
てか、その言い方だと俺が柏木に叶わぬ恋心を抱いているような感じになってるんだけど。
***
バイトを一つの予定と換算すれば俺も案外人並みには忙しいもので、残り数日の夏休みもしっかりと労働に勤しんでいる。
学校のある日であれば慣れきった業務だけなのでさほど疲れは感じなくなったが、休日は別だ。
不慣れな時間帯の業務と口うるさいおばさんとの仕事は予想以上に疲れが溜まる。
「柳橋さん、手が空いたならさぁ、品出しとか色々やれることあると思うよ」
「はい……すみません」
それはあるでしょうけど……。
「まったく最近の若者は」とでも言いたげな蔑んだ目で俺をじろりと一瞥。俺のことがさぞ気に入らないらしい。
この気まずいレジカウンターに居座り続ける理由もないので言われるがままに品出しをするべく事務所へ向かった。
ふと時間を確認するともうすぐ15時に回るところだった。
シフトではたしかあのおばさんは15時までたったか?じゃああとは品出しをするふりをして数分乗り切ればいいか……。
「あ、おはようございます!」
「おはようございます」
こじんまりした薄暗い事務所には似合わない明るさで挨拶をしてきたのはさゆr……百瀬だった。
そういや後半は彼女とだったか。
「一緒になるの結構久しぶりですね」
「そうですね」
百瀬は長めの髪を後ろで縛りながら視線だけをこちらに向ける。
実際のところ百瀬のモデル業の都合もあり、シフトが被ったのはまだ3回程。
殆どは物静かな男子学生か店長だ。
正直決まりきった仕事をこなすだけだから誰と一緒でもあまり変わりはしない。
今日みたいなうるさいおばさんを除いては。




