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13.7 陰キャのコミュ力は自覚しているよりずっと低い

 来た時とは随分と雰囲気の違うゲートをくぐると、帰ってきたバスがちょうど駐車場へ入ってきたところだった。気づけば西日が力強く頬を照らしており、運動会の後のような疲れがどっと身体にのしかかる。


 目の前まで来たバスの扉が開くと少し先に並んでいた家族から順に乗り込み始めた。


 お化け屋敷を最後にアトラクションは乗らず、この時間までの数十分はお土産屋や併設されたゲームセンターなどをふらふらと回っていた。

 俺はお土産なんてものも特には買わず、暇つぶし程度にクレーンゲームを少し触っていたくらいだった為、行きから増えた荷物も小さな景品袋1つだった。


「何も買わなかったの?」

「特に買うものも無かったからな」


 乗り込んだ順番で隣だったのは謎の大袋を持った笠原。


「逆にそんな買うものあったのか?」


 特にこれといったテーマパークでもない田舎の遊園地でそんな買い込む客は稀だろう。

 場所も県内で、すごく遠い地に来たわけでもない。それなのに金を使うのはどうにももったいなく感じてしまう。

 

「ううん、これはお土産って言うか……」

「ん?」


 ガサッと動く袋からは大きな白いぬいぐるみらしきものの一片がヌッと顔を出した。


「近くでやってた射的で優也くんが取ってくれたんだよ!……あ、でも思い出話もお土産って言ったりもするからこれも一応お土産にはなるのかな」


 大層気に入ったようで、そのぬいぐるみを指先で優しく撫でていた。

 俺が、見たことも無い化け猫のキャラクターに苦戦している間にそんな青春ドラマのようなイベントが行われていたとは……。

 

 経緯を知っている分、笠原の口から聞く中澤の行動は純粋な形で俺の脳へは伝わらない。これはあまり良くない傾向だ。想定外の弊害が出たな。


「柳橋くんは久しぶりだったんだよね、遊園地!」

「まぁそうだけど。久しぶりって言うかほぼほぼ初めてみたいなもん」


 次に聞かれることは聞く前からなんとなく分かった。

 予測通りのタイミングできらやかな視線が俺の目に届く。


「どうだった!?」

「あぁ、まぁ楽しかったよ……」


 普段ではまずあり得ない至近距離から、バス内の声量に絞った細い声が届く。

 その端正な顔立ちから向けられる期待の眼差しに当然のように怯んでしまい、ぶっきらぼうな返事となった。

 

 だが、俺としても口先だけで伝えた言葉では無い。 確かに慣れない行動量で疲れはしたが、それでもこの2日間、「早く家に帰りたい」や「ベッドで寝たい」など一度も思わなかったことに自分でも驚いていたのは事実。


 ただ、率直に「楽しかった」と明るい声で口に出すのはどうにも小っ恥ずかしく、かと言って"楽しかった"と思った理由を前述のように事細かに述べるのは聞こえ方によって失礼にも当たるのではないかと感じた。

 そのせいで、端的かついかにもつまらなそうなトーンで無理に言わされているみたいになってしまった。


 たった今放った言葉を数回脳内で再生し、口下手恒例の"前言反省会"を脳内で終えた頃にはおそらく5秒ほど時間が経っていただろう。


 反省会の結果と笠原の返事が無い現状から、流石にこの返事は気を悪くしてしまったのかと思い無意識に逸らしていた眼を笠原へ向ける。


 やっぱりそうだよな。


「あ、そっか……!良かった〜……」


 右手にはぬいぐるみの先を優しく触りながら目はぱちくりと開き、次の言葉を詰まらせている。

 戸惑い?いや、抑揚もない無感情な返事が本心なのか建前なのかを探っているかのよう。

 

「いや、その……。別に口先だけでそう言ってるわけではなくて本当にそう思ってるわけで……でも急に聞かれたときの対応力とか、俺はその場の空気に合わせた明るい返事をしたり大きめの感情表現とかも得意じゃないから……そのぉ……伝わりづらいかも知れないけど」


 つらつらと流れ出る言葉は弁明を繰り返す罪人のように嘘くさく、どれも薄っぺらい。

 試行錯誤しながら思いついた言葉を咀嚼する間もなく上書きしながら垂れ流す様は誰の目から見ても無様に映ることは俺にも分かった。


 笠原は特に何事もないように「うんうん」と頷いて聞いていた。あからさまに引いたりなどせず、表情を変えないで居てくれたことだけがせめてもの救いだった。


 ああ、本当に嫌になる。こーゆーところ。

他人にどう思われようが知ったこっちゃないと心の中だけ強気に鼻息吹かしてた時の俺がこーゆー時だけは大人しいんだよ。


 俺の話にまだ続きがあるのか伺うように笠原がキョトンとした目を向けるので、カタチだけでも一言結論になるような言葉を付け加えようと口を開いた。


「えーと……だからその……」

「うん!また行きたいね!」


 笠原は大きい瞳をくしゃっと細くし、迷いもないように俺へ言う。

 この後に及んでまだ分かりやすい一言を探している俺を待つことはせず、明るい声を放った。


 この感じは今日まで幾度となく見てきたはずなのに呆気に取られ、一瞬、いや、多分数秒止まっていた。

だが、その間に何か考えていた訳ではなかった。そのため適切な言葉も準備しておらず、また素朴な返事だけを呟くように返した。


「……そうだな……」


 一瞬緩みそうになった表情を悟られぬよう前席へ向き直った。


 本来はここで「誘ってくれてありがとう」とか簡単な礼の言葉の1つでも言えたら良いんだろうな。でもまだそんな対応を実行できるレベルにはなかった。


 ぐだぐだ述べ続けた俺の言葉をぎゅっと端的に、そして、多分俺の口から言いたかった本音を俺も気付いていなかった形でまっすぐ伝えられた。

 それがどうにも今までにない感覚で、妙に落ち着かなかった。



***

 


 バスから電車へと順調に乗り継ぎ、家の最寄りへ着いた頃には18時を回っていた。

 日は出てはいるもののこれから夜に差し掛かろうとするのが十分に窺える空模様だ。


 中澤、神谷、柏木はそのまま各々の帰路に向かう電車へ乗り、結果的に集合場所にしていた駅で解散した形になった。

改札を出たところで後ろを振り返ると大きく欠伸をした笠原が目に入る。


「あっという間だったね〜」

「お前はずっと寝てたもんな」

「違うよ!この2日間のこと!」

「え……ああ」


 てっきり帰りの電車のことかと思った。

 確かに時間が経つのは早かったようにも感じるがバーベキューをしたことを思い出すと何日も前のことのように思える。不思議な感覚。


「帰ろっか」

「そうだな」


 方面も同じだしここで別々に帰る方がかえって不自然になると笠原も思ったのだろう。足の重い俺に合わせるように小さな歩幅で横に並んだ。


 寝て体力が回復したのか、帰り道は次から次へと多方面の話題が振られ、会話が続いた。


 今思えば今回は笠原と行動していた時間が多かったこともあり、最初こそ慣れなかった笠原のポップな雰囲気にも順応しつつあった。

 しかし、この神谷とはまた違った話しやすさみたいなのはおそらく、笠原がこのめんどくさい陰キャに慣れたってだけなのだろう。根っからの陽キャってのは気を遣っていることさえ陰キャに覚らせない。


 それなりに弾んでいた会話がぴたりと止まり、笠原の脚も止まったので顔を上げると俺の家の前まで着いたところだった。


「本当に楽しかった!来てくれてありがとう!じゃあまた学校でね」 

「おう……お疲れ様」


 俺が家に入るのを確認し、笠原は再度足を進めたのが玄関の小窓から見えた。


 やっぱなかなか成長しないな。俺って。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公の感情に変化が現れ始めたのかな? [一言] これから、どんな事がはじまるのか 大いに期待します。
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