13.5 陰キャのコミュ力は自覚しているよりもずっと低い
感情の読めない瞳を斜め下へ向け「んー」と少し考えてから神谷は答える。
「私、剛田に誘われてて。もしだったらヤナギも誘ってみてって言われてたんだけど……そっか、美香と行くんだね」
「ああ、悪い。一応そういう事になってる」
おそらく剛田も同系統の仲間を集めていくつもりなのだろう。誘ってくれたのは多少なり嬉しくはあるがだからと言ってどちらにも顔を出すことは不可能だ。
剛田達とあまり交流のない柏木を合流させるのも申し訳ない。
知人の知人グループなんて居心地が悪くてしょうがないってのは俺も痛いぐらいによく知っている。
「みんなもう予定決まってたんだね……」
一連の会話を聞き終え、笠原も呟く。
笠原が自分の事について何も言い出さないことからおそらく他の人との予定が決まっているのだろう。
中澤が昨夜電話をかけたような事を言っていたし、今日はいつもより積極的だったことから電話で誘い、難なくOKを貰えたのだろう。
あ、そう考えたら柏木があえて2人で祭りに行く提案をしてきたのも納得がいくな。勘の鈍い笠原がいつも通り「相談部のメンバーで!」などと言い出し、先に俺なんかを誘ったりしないように。
つまり、中澤へ協力したってわけか。やはり昨夜変な期待を持たなくて正解だったぜ。
なんだかんだで中澤の動向を推測してしまっている自分が気持ち悪くなりこれ以上考えるのはやめた。
祭りの話から自然と派生し、「祭りに行ったら何をするか」という話題で意外にも盛り上がりを見せ観覧車を降りた。
中澤と柏木が2週目に突入してしまい、俺たちは休憩がてら近くのベンチで待つこととなった。
神谷も手洗いへ行ってしまったためベンチには俺と笠原。昨日から2人で行動する時間が長かったせいか学校で会うだけの人とは言い難いほど見慣れてしまった感じがする。
「なんか楽しみだな〜」
「祭り?」
「うん!……あれ、そうでもない?」
「いや、そういう訳じゃないけど」
なんというか、ここで「楽しみだ」などと言うのはお互い一緒に行く人が話すことのようで違和感が否めない。
だが、その旨をそのまま伝えると明らかにめんどくさいやつって思われそうでそれも言いづらい。
「……よかったな。中澤が応援演説やってくれるみたいで」
「あ!そう!びっくりしたよ、まさかそんな事言ってくれるなんて思いもしてなかったから」
俺が一息で吐き出すように呟いた言葉にその100倍のテンションで笠原は答えた。やはり笠原としても最善はそれを望んでいたということなのだろう。
もう城北高校の中では敵なしのタッグが完成したと言っても過言ではない。他の立候補者にとっては絶望的だろう。少年漫画で言うところの、ラスボス候補だった2者が突然手を組んで攻めてきたような絶望感。
「他にも一応いるんだろ?立候補者」
「あー、うん。でも少ないみたい。分かる限りでは1人かな、今生徒会執行部に入ってる1年生の男の子なんだけど……」
なるほど。生徒会執行部となると本人と言うよりかは周り含めて票を集める感じか。確かにラスボス×2を倒すのはそのくらいしないとか。それでもなかなかに厳しい気もする。気の毒に……。
名前も知らぬ生徒会1年男を勝手に憐れんでいると、俺の記憶の片隅から同時に疑問も湧き出してきた。
「なんだ。てっきりあいつも出るのかと思ってた」
「あいつ?誰のこと?」
ボーッと地べたを眺める俺の顔を横から覗くように笠原が小首を傾げる。
「ほら、小学校の運動会に行ったときの……」
「あー、神宮寺くん?」
数秒も掛からずにスッと答える笠原。この僅かなヒントであんな男の事すらも瞬時に思い出せるだなんてさすがとしか言えない。
「だってあいつ今副会長なんだろ?」
「あー、うん。でも神宮寺くんが立候補するとかは特に聞いてないかな……」
以前、田辺先生から聞いた話によると、うちの学校の慣習では、生徒会長のみ選挙により選ばれ、その他の副会長、書記などの役職は生徒会執行部内で決めているとのこと。
そうなれば2年で副会長をやった者が翌年生徒会長の座を狙うのは至極当然のことのように思えるが。
あのいかにも威張りたがりな男が立候補しないってことは何か理由があるのだろうか。
「それにしても柳橋くんよく覚えてたね」
俺の思慮に割って入るように驚きの声が上がった。
「どーゆー意味だよ」
「いやー……あんまり周りの人のこととか興味ないのかなぁって勝手に思ってたから……あ!全然悪い意味じゃないよ!」
必死に手をぶんぶんと振り悪意のない事を示す笠原。
すぐに返答しようとも思ったが"興味"と言う言葉がどうにも気になってしまった。
人の名前は自然と覚えているだけで、別にそいつの中身にまで興味はない。役職なんかは所謂そいつのアイデンティティとして一緒に覚えていただけに過ぎない。
てか、数ヶ月前に会った癖の強い人間くらい誰でも覚えているものだろう。
ただ、これだけは言い切れる。
「あいつになんか興味ねぇよ」
一言返すと笠原は「ははは」と苦笑い。
「笠原は公約とかももう作ってるのか?」
「うん……少しだけ作り始めてはいるんだけど、結構難しくてね……今までの人はどうやって考えてたんだろうって……」
笠原は少し自信無さそうに濁す。
僅かに予想はしていたが、選挙において笠原が唯一他の候補者に負けかねない点だとしたらここだと思う。笠原のような真面目な人間ほど入念に作り込もうとし、現実的すぎる印象に残らない内容に落ち着きそうなものだ。
正直なところ、国会議員でもないんだから公約なんかで大差はつかないだろうしなんなら捨てても良いレベルな気もするが、そう言う考えは笠原にはないのだろう。
「過去の立候補者のを部分的にパクって作るのが一番楽そうだけどな。生徒会室あたりに保管してあんだろ」
適当な返しが思いつかなかったせいで厚かましいアドバイスみたいになってしまい、当の笠原も「うーん」とあまり良い反応は示していない。
そもそも生徒会長に立候補している時点で、どんな事を話して票を得ようかってのは考えているだろうし、笠原にとっては完全な的外れな返答か。
「まぁ本当に何も思いつかなかった場合だろうけど」
これ以上話してまたお節介のように思われるのも嫌なので切り上げようとしたら、笠原は「それがね……」と口を開いた。
「私も最初そう思って生徒会の子に聞いてみたんだけど……過去の資料は生徒会執行部の人しか見れないことになってるみたいで……」
「そうか……じゃあ考えるしかなさそうだな」
なるほど……なんか思っていたよりずっとめんどくさそうな気がしてきた。まぁ確かにそう簡単に生徒会長になれたらそれこそ人気投票になってしまうだろう。
選挙に勝つには良くも悪くも色んなところで競わねばならないらしい。




