12.2 陽キャの中身は意外と複雑なのかもしれない
髪の濡れ具合から割としっかり川遊びを楽しんだことが伺える。
生粋のカナヅチの俺は行かなくて正解だったようだ。大の男が浅瀬で無様に溺れる姿など目も当てられないからな。
俺と柏木もやや影の伸びたテントの中へ入り腰を下ろした。
「どこか行ってたの?」
俺が飲み物を一口飲み込み一息ついた時、タイミングを見計らっていたように笠原が俺と柏木へ尋ねる。
「暇つぶしに上流の方まで散歩して来ただけだ」
「へぇー。そうなんだ〜。本当にただの散歩かなぁ……」
笠原では無く神谷がテーブルにペタりと頬をつけながら何故か少しニヤつきながら反応した。
「いや、そうだけど。……なんだよ」
「ううん。なんでもないよ〜」
ふふっ、と中澤や笠原と目を合わせるように答える神谷。その妙に冷やかされている空気に耐えかね、隣に座る柏木へと視線を向けるも柏木は特になんともないようにスマホをいじっている。
なんだこれ。まぁ良いや。
俺もポケットからスマホを取り出し画面へと意識を移す。すると、
「でーと楽しかった?」
「……は?でーと?」
相変わらず脱力しきった体勢の神谷に身に覚えのない話題を振られ一瞬思考が停止する。しかし、ものの数秒でこの質問とこの変な空気に合点がいった。
再度柏木の方を見ると柏木は得意げな表情でふっ、と笑った。
「ね?みんな案外信じるもんでしょ?」
「……呆れた」
柏木の悪ふざけを簡単に信じる目の前の3人と本気でその旨のLINEを送っていた柏木に。
「え!?もしかしてあのLINEって冗談だったの?」
「ちょっと考えれば分かるだろ」
「そ、そーだよね!そんな感じ今まで無かったもんね」
うんうん、とようやく納得したように笠原は笑う。物凄く手の込んだドッキリでも仕掛けられたような反応だな。
「これからどうする?バスまではまだ少し時間あるけど」
中澤が話を切り出した。
確かに乗車予定のバスまではまだ2時間以上ある。このままここで時間を潰しても何ら問題はないが、明らかに「何かしよう」と言う意を込めた言い方だ。とは言えこんな森のようなところでは何も無い。せいぜい散歩くらいだ。
「あ、そー言えばさっき川の近くに釣り堀の看板あったようななかったような……」
力の抜けた細い声で神谷が呟くように言った。
釣り堀……。確かにそんなような文字を俺も先程の散歩の時に見た気がする。けど今からってのもなぁ、足疲れたし。これは流石に……。
「いいねぇ!あるなら行こうよ!」
「良いんじゃない?まぁ私は魚触りたくないからやらないけど」
マジかよ。笠原、柏木と何故か乗り気の2人に合わせるように中澤は俺に確認を取る。
「柳橋くんはそれで良い?」
「まぁ……なんでも」
全員が行くか全員が行かないかの2択なのね。でもそうなりゃもうほぼ一択しか無いじゃん。
「じゃあ決定だね」
神谷がにこりと微笑むとそれに追随するように各々が支度を整え始めた。もう俺の足かなり限界なんだが……。
***
大自然に囲まれた木漏れ日の散る道を進むと少し開けた道に出た。小さめの建物と広い池。看板を見る限りここが例の釣り堀らしい。
「やっと着いたな……」
「うん……疲れた」
道の途中、予想通り俺の体力は持たなかった。だがそれは俺だけでは無く神谷もだった。今思えばこいつも俺と同等かそれ以下の体力の無さだったな。
その為、途中からは俺と神谷でゆっくりと後を追いかける事になったのだ。
「あー、なんか私疲れちゃったから釣りしなくていいかも」
そう言うと神谷はふわぁっとあくびをし、瞳を潤ませた。それは近頃不意に現れる野良猫のようだと思いながら見ていると、神谷は「ん?」と俺の反応を伺うような顔をする。
「ヤナギは?」
「ん、ああ……俺はするよ、釣り」
せっかくここまで来た訳だし。今んとこ自然に触れるような事は散歩くらいしかしていない。
「釣り竿あっちで借りるみたいだよ」
「おう」
老夫婦並みの重い足取りで受付の建物へ向かい、俺の使う1本を借り、餌であるチーズを購入した。愛想の良い受付のお爺さんはにこやかに、何か言いたげに俺達を交互に見ていた。他人の心理ってのは考えても良く分からんものだ。
辺りを見渡すと少し先に竿を持つ中澤と後ろからその様子を眺める柏木らしき姿が見えた。
偶然こちらに振り向いたタイミングで俺達に気付いたらしく中澤は手を振るような仕草を見せた。
「美香と優也くんだね。あそこ行く?」
「いや、俺はちょっと離れたところ行く」
「なんで?」
こう話している合間にも隣に来いと言うように中澤は手招きをしている。が、
「あんな近くだと魚の取り合いになるだろ?糸とか絡んでも嫌だし」
「えぇ……そうかなぁ……じゃあ私は先あっち行ってくるね。あとでヤナギのところも行くかも」
「はーいよ」
とことこと柏木達の方へ掛けていく神谷に背を向け俺は池辺を歩く。ちらほら見える釣り人も少なくとても静かだ。
こーゆーのは穏やかな時間を楽しむに限る。中澤と柏木に囲まれた中でゆっくりと一息なんてつけるわけが無い。
そういや笠原見掛けないな。まぁあいつが1人いるだけで中澤達の比じゃない騒がしさになるからいない方が良さそうだが。
離れすぎず近すぎない丁度いい位置を定め、近くの石に俺は腰を下ろした。中澤達を常に目視できる場所を選んだのは、存在を忘れ置き去りにされる事を防ぐためだ。
一投目を投じて数十分ほど経っただろうか。未だ当たりはない。だがそれも当然なのだろう。釣りをしながらネットで調べたところによると、ここの釣り堀は渓流で普通に釣りをするのと釣果はさほど変わらないらしい。
そもそも魚が釣れたところで俺はその後の手順を何も知らない。だから釣れない方が好都合なのかもしれないとすら思えてきていた。
ただ、こうしてぼーっとしているとつくづく思う。自然とは危険なものだ、と。
鳥の鳴き声と水の流れる音しか聞こえないせいか自分の行動一つ一つに音が鳴り、柳橋克実と言う存在があたかも絶大なものに感じてしまう。
脳内に再生され始めたよく聞く音楽に合わせ無意識に片足を揺らしているとそのリズムに割り込むような、草を踏み締める音が左耳に入り始めた。
「あ!柳橋くん!」
「ん、ああ……」
キョロキョロ辺りを見渡しながら現れたのは笠原だ。「あ、居たのか」程度で、特に話すこともないので俺は再度水面へ視線を移す。
すると数秒後、俺の隣に笠原が座り釣り竿を投じた。
「おい、こんな広いのにわざわざなんでここでやんだよ」
「だってどこも全然釣れないんだもん……もう殆ど一周してきちゃったんだよね〜……」
「そんな動き回ったら釣れるもんも釣れねぇだろ……まぁ俺もそろそろ飽きてきたとこではあるけど」
いっそ釣れないならスマホをいじって居られるが、心のどこかで「もしかして……」と淡い期待を抱いてしまっているせいで変に意識が持っていかれる。釣りってそーゆーものなのか?
「うーん……私ももう良いかなぁ……折角なら一匹くらい釣りたかったけどね」
笠原はそう言うと池に垂らしていた糸を静かに回収した。




