第5話 『契約と対価』
「……たったそれだけ?」
『む? 何かおかしいところでもあったかのう?』
俺の反応に、ウンディーネは小首をかしげる。
おかしいところ? 大ありだろ。
「いやあるだろ? 寿命の半分をよこせ、とか、毎日牛を三頭ずつ捧げろとか、願いを叶えるから百人分の魂を食わせろと、とか――」
『アホか! そんなことせんわっ! お主の中で召喚獣のイメージはどうなっとるんじゃ!』
俺の挙げた例が気に食わなかったのか、ウンディーネが水でできた長い髪をゴウゴウと逆立て抗議してくる。
まるで滝の側に立っているみたいに飛沫がかかるのでやめてほしい。
「いや、君がいいなら俺は構わないけどな?」
とはいえ、俺が召喚しようとしていたスライムだって、契約したあとは召喚するたびにネズミとか小動物を最低一匹、供物に捧げる必要がある。
父上と契約した炎竜ならば、もっと大変だ。
召喚一回につき牛と羊を一頭ずつ、それと召喚十回ごとに一度、馬なしの馬車を一台を捧げる必要があった。
一体炎竜が馬車を何に使うのかはまったくもって見当がつかないが、ドラゴンは概して高い知性を持つ魔獣だ。
きっと俺なんかが考え及びもしない崇高な使い道があるのだろう。
ちなみに父上は俺の質問になぜか目をそらし、教えてくれなかった。
……それはともかく。
そんな魔獣たちに比べれば、彼女の求める対価はあまりにもささやかだ。
『……退屈なのじゃ』
そんな俺の疑問に答えるように、ウンディーネがぽつりと呟く。
「は?」
『退屈なのじゃ。幻獣界には、何もない。ただただ、茫洋たる地平に我という魂が在るだけなのじゃ』
「ただ、在るだけ?」
漠然とした言葉だ。
『異界』はこの世界――ウンディーネや知性ある魔獣たちの言葉を借りるならば『現世』――と、根本的に異なる世界だという。
だから、俺たち『現世』の存在が『異界』を完全に理解するのは困難だ。
まあ、それでも強引に解釈するとなると……何もないだだっぴろい空間に彼女の魂だけがぽつん、とたたずんでいるようなイメージだろうか。
『うむ』
ウンディーネはうなずき、先を続ける。
『むろん、ほかの幻獣たちもおることはおるのじゃが……連中とは時空に生じた位相のズレで隔絶されておる。たとえ幾億年、亥里の道を歩いたとしても、その姿を見ることすらできぬ。そんな不毛の地に千年もおれば、現世が恋しくなるのも当然じゃろう?』
「……まあ、そうだな」
彼女言っていることは半分も分からなかったが、げんなりした口ぶりと表情から、とにかく退屈な場所だということだけは分かった。
「ウンディーネ、君の望む対価はよく分かった」
『おお、そうか、分かってくれたか! ……では、お主の番じゃ』
「俺の番?」
『うむ』
ウンディーネは大きく頷く。
『契約とは本来、対等な立場で行うもの、なのじゃ。我の欲する対価を、お主は受け入れた。……であればルイよ、お主は我に何を求めるのじゃ?』
俺が召喚した存在に求める対価、だって?
そんなこと、考えたことすらなかったぞ。
「君が俺に力を貸してくれる……ということじゃダメなのか? ダンジョンを出るための力が、俺は欲しい」
『それはあくまで対価の結果じゃ』
しかしウンディーネは首を振った。
『ふむ、聞き方を変えるのじゃ。……お主が渇望する願いは何ぞ? それを叶えてこそ、我はお主と同等の対価を支払ったといえるのじゃ』
なるほど。
それならば……ある。
俺は――
「俺は、父上を超える召喚術士になりたい」
『うむ、うむ! よかろう、なのじゃ! 我が、お主の願い……必ずや叶えて見せようぞ。……契約は成立じゃ』
ウンディーネは満足そうに頷くと、俺の手を取った。
ひんやりとした水の感触が心地よい。
『では、締結、といこうかの』
「ああ」
俺は腰から小さなナイフを取り出して、手の甲を軽く傷つけた。
すぐにぷつりと血が浮かび上がり、手の甲を滴り落ちてゆく。
俺の血を、魔獣――この場合は幻獣ウンディーネだが――が体内に取り込むことで契約が完了する。
『契約の方法は、千年前より変わっておらぬのだな。安心したぞ』
ウンディーネが俺の手の甲に唇をつけると、血をすすった。
少しばかりの魔力が流出していく感覚と同時に、体の奥に何か強い力が宿るのを感じる。
『ルイよ、どうじゃ? 我の存在を感じるか?」
「ああ」
体内に、先ほどまではなかった力を感じ取ることができる。
異物感はなく、むしろ力が湧き上がってくる感覚が心地よい。
例えるならば、山奥の岩から湧き出る清水のような、清廉な力だ。
なるほど、これが『契約』か……
実のところ、少しばかり不安だった。
なにしろ、これが生まれて初めてする『契約』だからな。
だが、まったく違和感は覚えなかった。
小さい頃から繰り返し訓練してきたからだろうか。
それとも、召喚術士としての本能のようなものなのだろうか。
まあ、どちらでもいい。
今、俺はウンディーネと『繋がった』。
それが直感として分かる。
それともうひとつ。
「……来てるな」
『うむ』
不思議な感覚だった。
足元から、得体のしれない何かが俺たちに迫ってくるのが分かった。
ミミズのように土中をのたくっているが、もちろん違う。
そんな小さな動物ではない。
要するに、さっきのあいつらだ。
『雑草モドキめ。よほど泡を食ったとみえるな。ものすごい数じゃ』
「マジかよ……」
正直、数えるのが馬鹿らしくなる量だ。
だが、よくよく考えると、なぜ土中の敵が迫ってくるのが分かるんだ?
『ふむ。合点の行かない顔じゃな。お主のそれは、《水見》という力じゃ。再生能力同様、我と契約すると術者に問答無用で備わる便利な力の一つじゃが……一言でいえば、一定範囲の《水の流れを読む》というものじゃな』
なるほど。
『すでに使える力はお主が分かっておるはずじゃ。そうじゃな?』
「ああ」
ウンディーネとの契約を完了したとたん、頭の中に『力』に関する情報が流れ込んできた。
俺の知っている召喚魔術はただ魔獣を使役するものだが……どうやら幻獣と契約して得られるのは、このような『力』のようだ。
『どのみち我が説明する時間はなさそうじゃ。残りの力は実戦で試してゆくがよい』
「ああ」
――――ゴゴゴゴゴッ!!!!
ウンディーネとの会話が終わるとほとんど同時に、周囲の地面が盛り上がる。轟音とともに、ものすごい量のツタが顔を出した。
さっきとは比べものにならない数だ。
『今度はお主が暴れる番じゃ。先ほどの雪辱、存分に晴らすがよいぞ!』
「ああ、やってやる!」
『キシャアアアアアァァァッッ!!!!』
蠢く無数のツタが、ぱっくりと先端部を開く。
牙がびっしりと生えた花弁のような口吻が、威嚇するように俺に向いた。
だが、不思議と俺の心は平静そのものだった。
「――《水槍》」
《水見》で狙いを定め、力を行使。
ギュルギュルとものすごい量の魔力が体から絞り出されていく。
濃密な魔力を帯びた水球が、俺の頭上に出現した。
だけど、この程度ならば問題ない。
『ギギッ!?』
ツタの魔物たちもその強力な魔力に気づいたのか、慌てたように俺に襲いかかってくる。
だが、もう遅い。
「――滅びろ」
力を開放。
水球全体から、狙いを定めた幾条もの水槍が射出される。
その様子は、さながら篠突く雨だ。
もっとも、ただの水ではなく強靭な槍の雨だったが。
『『『――――ッッッ!?!?!』』』
重い振動音を伴う水槍が、俺の意思のとおり正確に細長い魔物を穿ってゆく。
群れを殲滅するのに要した時間は、ほんの数秒だった。
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