08 ハーレム要員とショッピング
「ねー美香、これ、すごく可愛いわよ」
「んー……。私、こーいうの、よくわからないんだよね……。でも、早紀ちゃんがいいって言うんなら、それでいいんじゃない」
ガラスケースに所狭しと並べられたジュエリーを、これも素敵、あれも素敵と目移りしながら眺め見る。
華奢で繊細な細工の施された、リングにネックレス、ブレスレットにイヤリング、時計。
時間を忘れて吸い込まれてしまう。黒地の上にゴールドのジュエリーが、いつまでも眺めてご覧なさい、というように魅惑する。
鼻先がつくくらい近くまでガラスケースにへばりついて眺めているあたしを見かねた、ジュエリーショップの店員さんが、「よろしければお出ししますよ」とにこやかに笑った。
デパートにある、お気に入りのジュエリーショップ。
芸術品のように繊細な、ゴールドのミル打ち細工に透かし細工が得意の、どことなくアンティークな、クラシカルなラインのジュエリーブランド。
購買層は、おそらく大学生あたり。
バイトをし始める高校生も含まれるのかも。少なくとも中学生に狙いは定めていないだろう。
中学生のお小遣いで買えるような値段ではない。
石はひかえめで小さく用いられることが多くて、でもその使い方がとても効果的で、ダイヤやルビー、サファイヤにエメラルドといった、代表的な貴石以外の宝石を用いたジュエリーも劣らず美しい。
実を言うと、いかにも、といった四大宝石のそれよりも、あたしはオパールの神秘的な乳白色、その下から覗く虹色に、より魅了される。
モース硬度が低いから、取り扱いとお手入れには注意しなくてはならない、という点が、卓也に言われずとも自覚している、このガサツな性格にとって、多分に難点ではあるのだけれど。
けれど、ひとつとして同じ色・輝きのない、この神秘的な石は、それを差し引いても有り余る魅力がある。まあ、ダイヤ好き・ルビー好き・サファイヤ好き・エメラルド好き……その他様々な宝石に惚れ込んでいる人達は、それぞれ魅了されている石のことを、皆一様にそう言うのだろうけれど。
きっと、ジュエリーの品揃えは、ひと月前のクリスマスシーズンが一番だったんだろう。
中学生の身では関係のないことだけど、ボーナスシーズンということも重なって、普段よりクラスアップした商品が並ぶのは、やっぱりクリスマス。
ジュエリーなんていう、普段はなかなか気軽に買えないようなものが買われていくのも、クリスマスは集中する。
目の前に並べられたジュエリーは、もちろんとても綺麗ではあった。
けれどひと月前。
今と同じように、隣りで暇を持て余す卓也を尻目に、数時間もガラスケースにへばりついて眺めていた、あのときのラインナップより、劣る気がした。
そう。あたしは美香を出し抜いて、卓也とデートをした。
だって、どうしても卓也とクリスマスを過ごしたかったから。
卓也のケガ。
それは、あたしの全力のヒーリング能力で治癒してやった。そのお礼をしろと連れ出したのだ。
案の定、卓也はそのことを誰にも言わなかった。
当たり前だ。
だって卓也にとっては、美香は今でも卓也のハーレム要員なのだから。卓也はまだまだモテていたいのだ。
ハーレム要員から、本命に昇格してやる気でいるらしいあたしに、餌をときたま与えながら。煮えきらない卓也に、あたしが呆れて逃げていかないように。
それでもいい。
あたしは待っている。待っていられる。
「いい子にしてろよ」って卓也が言うから。正真正銘、卓也の唯一無二になれるまで、いい子にしている。
美香はもう既に、ジュエリーを見ていなかった。
通りを挟んだ向かい側のブース、色とりどりのマフラーを見ている。
マフラーが並べられた棚には「半額セール」という赤文字を黄色で縁取った、大きなポップが踊っていた。いつまでもいつまでも、これ、と決めないあたしに、美香は苛立ちを隠しながらも、隠しきれないでいた。
「そうは言っても、美香もつけるものなのよ? 好みとか、ないの?」
美香の好み。あるならば、先制してほしい。
最後の最後になって「こんなの、いや」なんて言われたら、とてもやりきれない。特に意見もないのなら、もうこのままあたしの好みだけで選ばせてほしい。
ううん。美香の好みなんて、本当はない方がいい。
自分の思うように、デザインも値段も、全部、決めさせてほしい。
でも今回のリング資金は全部美香の懐から出るのだから、意見を伺わないわけにはいかない。こと値段に関しては。
どれかにしよう。と、ガラスケースから出して貰ったリングは、三つ並んでいる。
あたしの優柔不断さだけが理由じゃない。
一番のお気に入り、二番目、三番目。順番は心の中でちゃんとついている。だけど、値段もその魅力と比例しているのだ。
「これにしましょう」と、最高値のリングを躊躇わず指さすことは、さすがにできない。さっきから迷っているのは、そのせい。
どうか察してほしい。
美香を見上げる。美香はガラスケースの上に並べられたリング達をちらっと一瞥した。
「っていうか、そもそも私、アクセサリーは基本、つけないんだよね。邪魔になるじゃん。お菓子つくりとか、料理とか。不衛生だから、取ったり外したりだしさぁ。面倒くさいし、なくすかもしれないし」
ペアリングをしよう、と持ち掛けたのは、あたしじゃない。美香だ。
それなのに。
「もーさ、早紀ちゃんがいいって思ったやつに決めてよ」
美香が疲れた風に溜息をつく。
苛立ち、というものは伝染してしまう。幸せな気分や、親切、好意といったものが伝染するよりずっと容易く。
いいのね? じゃあ、いいのね? この、一番高いリングにして、本当にいいのね?
悪魔が囁く。
「じゃ、美香。あたし、これがいい」
「ん。おねーさん、これ二つね」
忍耐強くあたし達(というより、あたし)に接客し営業スマイルをし続けてくれていた店員さんに、美香が声をかける。
自ブランドのジュエリーを首から、そして腕に、指に、とジャラジャラ重ねづけしたお姉さんは、不思議そうな顔を一瞬して、それからサイズを聞いた。
「サイズは何号がよろしいでしょうか」
「サイズう~?」
美香は思い切り眉をしかめて、あたしを見た。
オシャレで気取った雰囲気のあるお姉さんを前に、気恥ずかしくなるのを感じた。
「早紀ちゃん、何号?」
「あたしは……」
ささくれだって、痣もある、ゴツゴツとした自分の手を見る。
「11号、かな」
いくつもの指輪を重ねづけているお店のお姉さんの細い指が目に入り、恥ずかしさが一層強まる。だって、しょうがない。
ヒーラーとはいえ、あんなに何度も戦闘に参加して、野営準備なんてしていたら太くなっちゃうじゃない!
「そんなら私、それよりイッコ下のサイズかな」
美香がさらっと口にした言葉に驚いて、顔をあげる。
見ると、美香は指輪のサイズを確かめるためのサンプルに指を通していた。
まず確かめられては、とお姉さんが出してくれたそれは、1号からいくつものサイズが揃っているリングサイズゲージ。美香の指は、7号のゲージにすんなり入っていった。
「私、7号みたいだね」
今隣りにいる女の子が美香ではなく、ひと月前、ちょうどこの場所で、ちょうど同じ店員さんの前、隣りにいたヤツだったら。卓也だったら。
あたしは迷うことなく、握りしめたこの右手を振り上げていただろう。
美香の顔には何の邪気も浮かんでいない。