表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/16

07 ハーレム要員のレッスン2




「もっと……もっと下」



 あたしは美香に言われた通り素直に、中指だけ下の方へゆるゆる移動させた。


 ぴちゃっ。


 付けっぱなしのパソコンから発せられるはずの音は、さっきまで二人で見ていたメイクハウツー動画。


 次はこのアイカラーを指先にとって、軽くのばします。クリームタイプの、ゆるめテクスチャーなので、取りすぎないように気をつけてくださいね。取りすぎたからといって、容器に戻しちゃダメですよ。ティッシュオフしましょうね。

 それからトントンたたいて、ナチュラルな感じにボカして伸ばして――。


 雑音の中に、ひとつ。またひとつ。絡み合う、粘り気のある、いやらしくてフケツな水音。

 それを聞くために、中指に意識を集中させていく。



「ここ、どう?」


「ん……」



 美香の口から溜息と共に漏れる、くぐもった声。あたしの質問への返事、なのだろうか。

 眉間にきゅっと皺が寄り、上唇が下唇に覆い被さって、たぶん、上の前歯はくるっと下唇を巻き込んで、軽く噛んでいるのだろう。美香の両肩がびくり、と挙がる。

 「ねえ、美香」と鼻にかかった甘ったるい声を、美香の右耳に吹きかける。ふうっと生ぬるい一息をプラスすることを忘れない。

 水音が少しずつ、大きくなる。静かな部屋が、その音だけで満たされるには、あともう少し。

 そして静かな部屋は、なお一層静かになる。今はまだ、ユーチューバーの、間の抜けた声が気になる。



「ね? ここでいいの?」



 美香は身を捩る。

 返事の返ってこない美香に、もう返事を求めることは諦めて、舌と唇と右手と左手が、それぞれの目的を果たすよう意識を傾ける。

 ああ、指がつりそう。

 不自然な体勢に首だって痛いし、体重のほとんどをかけている片膝もじんじん痺れてきている。

 早くいってほしい。

 それだけを願って、ひたすらバラバラな動きに集中する。


 美香の切れ長の瞳。黒目は天井のどこかを漂い、白目が多くを占めている。体がびくびく痙攣している。

 あともう一押し。

 左手でなぞる腰のライン。やや広めの骨盤と、その上にあるやわらかな脂肪。太股から膝にかけて、きゅっと引き締まった、張りのある筋肉。じっとりとした汗。


 ねじ込む。






 美香に手を引かれて、洗面所へ向かった。

 美香が蛇口を強くひねり、勢いよく飛び出す水がシンクを跳ねる。

 液体石鹸のポンプを数回プッシュして、二人、手を重ね合いもつれ合わせながら互いの手を洗いっこして、どちらからともなく目を合わせ、微笑む。

 美香の顔が近付いてきて、ああキスするんだろうな、と目を閉じる。柔らかい唇が重ねられ離れていく。



「ほんと可愛い。可愛いよ、早紀ちゃん」



 そう言う美香の瞳を覗いてみる。

 熱を帯びたような、瞳は潤み、目尻は赤らんでいる。



「美香だって。すごく可愛い。ううん、可愛いっていうより、美香って美人なのよね」



 しげしげと美香と顔立ちを眺め、批評家のように、思ったことを口にする。

 美香は美人だ。それはずっと思っていた。

 卓也を慕うハーレムパーティーのライバル達はこぞって皆、美人だ。タイプはそれぞれ、違うけれど。

 その中でも美香は、楚々として凛としていて、筋が通っているような、これぞ和美人、といった態。

 卓也を盗られてしまうんじゃないか、という不安。実を言えば、その一番は美香だった。


 姉御肌で結局お人好しで、家庭科のような調理機材、具材のしっかり用意された場での料理が上手なのは勿論。野営時の、ほとんど何もない状態で何かをこしらえる、といった、食べられれば、命を繋げることができるのならなんでもいい、という状況下でも、思わずほうっと感嘆の息を漏らしてしまうようなご飯を作り出す。

 そのうえ卓也と幼馴染み。


 でもそういった美香の優位性を除いても。

 容姿だけでも、美香はおおよその日本の男の人が、一番『本命』に据えたがりそうな女性だと思っていた。

 神秘的な美貌のエルフや、お色気満点の褐色女戦士のような。一目見ただけで魂が一瞬、全部持って行かれそうな、どぎつい派手さと華やかさはないけれど。

 いつまでもずっと見つめていたくなる、整った感じ。穏やかで落ち着く感じ。それでいて、どこか神秘的で汚せない感じ。


 長い時間をかけて、卓也が真剣に品定めをするとしたら。

 卓也がやや苦手としている、ベタベタ触りまくる褐色女戦士はともかくとして、それはエルフでもあたしでもなく、美香を選ぶんじゃないか。

 あたしが卓也だったら、きっとそうする。



「早紀ちゃん、何言ってんの」



 美香は一瞬、目を丸くした。

 それからぼんっと音がしたかと思うほど、顔が真っ赤になる。



「もっ、もうっ! そんなの、知ってるし! 私ほど、いい女なんて、そういないって、私だって知ってるしっ!」



 あたしの背中をバンバンと、美香の怪力でもって何度も叩く。



「い、いたいいたいいたいっ!」


「あ。手形ついちゃった……」


「もうっ」



 赤くなっちゃったじゃないの、と洗面所の鏡にうつった背中を見る。

 鏡の中に、申し訳なさそうに笑う美香と、首を捻って背中を向けるあたしが映っている。


 美香は美人だ。

 スタイルも、あたしよりずっといい。バストはあるし、ウェストも細い。


 でも、美香よりあたしの方が優れた点もある。

 こうして同じ鏡に映ればわかる。

 同じ鏡に並んで映ることで、初めて知った。


 あたしの方が、美香より顔が小さい。色が白い。腕が細い。


 体を重ねた後、お互いの手を洗いっこすることは慣例だ。

 そのとき、いつも、あたしは美香の顔に体とあたしの顔に体とを見比べていた。美香には悟られないようにこっそりと。

 批評家の目で互いの容姿を見比べて、劣等感に落ち込んだり優越感に浸ったりをしていた。

 美香の瞳に浮かんでいた、情欲の色とは違う、批評家の視線で。


 美香はとろん、と熱っぽい瞳を向けたまま言った。



「この前のクリスマス、一緒に祝えなかったでしょ? コッチ戻ってきたばっかりで、お互い疲れちゃってたし」



 前回のステージクリアにはかなり苦戦した。

 卓也は治癒では補いきれなかった、明らかに目立つ負傷を負っていたし、あたしと美香は、目に見えてわかる傷はなかったけれど、疲労困憊していて、全員が全員、一週間くらいベッドから出られなかった。

 そして気がつけばクリスマスは終わっていた。



「せっかくの一大イベントだったのに! 心残りでしかたないよ……」



 しゅん、とうつむく美香。

 そうは言っても、イベントにおいてはクリスマスなんかすっかり過去のことになり、翌月のバレンタインに向けて動き出している。



「バレンタイン、一緒に楽しめばいいんじゃない?」


「それもするけどっ! 違うの! バレンタインはね、なんかこう、ほら、女友達でみんな送りあいっこするじゃん……。普通じゃん……。特別感、ぜんぜんないじゃん……」



 いや、バレンタインに美香と送りあいっこなんか、したことあったっけ?

 首をひねっていると、美香が赤らめた顔をきりっと引き締め、あたしの手を取った。



「そんでね、指輪……。お揃いに、しない? 私が買ったげる」



 お年玉をもらったばかりで軍資金もそこそこあるし、クリスマスプレゼントもできなかった分、プレゼントさせてほしい、と美香は言った。

 あたしが美香のおっぱいを舐めるだけの女ではなくなった、初めての日。冬も深まった頃。

 家路は霜を踏み踏み、白い息を後ろになびかせる。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] クリスマスは一大イベントですからね(*´ー`*) 向こうでの影響がこんなところで……大変そうです。 確かに最近のバレンタインは女の子同士になってますね! もはや男の子に渡す子っていないので…
2022/03/30 21:01 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ