05 ハーレム要員の変化
いつからだったか、はっきりとはわからない。体を重ねたキッカケならば、覚えているけれど。
最初は、本当にただのお勉強会だった。
お互いに都合のいい日時に人目を避けるように、こそこそと会う。どうやったら男の人の体は反応して、どうすれば喜ぶのだろう。
アレコレそれらしい言葉をグーグル検索に打ち込んで、検索結果を手あたり次第クリックして眺めては、ああでもないこうでもない、と女二人で不毛な討論を交わす。女の身で男の体のあれこれだなんて、そんな答えなど、正解はわかるはずがない。無駄な知識ばかり積み重なっていく。
今度は違う雑誌やら映像やらを新たに、まるで学術書を読み解くかのように眉間に皺を寄せて真面目な顔をして。同じことを繰り返していた。
そのうち、こんなことなら、一人でやっていても何も変わらない、という結論になって、「じゃあもう解散しよっか?」と美香が疲れた顔で、溜息をついた。
そうね、と頷き、二人で床に広げた雑誌を掻き集める。そして、最後に残った雑誌を片づけようと手をかけたとき、美香とあたしは、おそらく同時に、その見出しに目を走らせた。そして目が合う。
女性同士、ということに興奮する男性もいるらしい。
男の人の反応はわからないけど自分達のことならわかるはずだ、男性とするのとでは違うのだろうけれど、性的行為というものを自らの体で学習しておくのも、そのときに備えて、勉強になるかもしれない、とかなんとか。
二人ともそういう類の記事ばかり目にして、そのことばかりを考えていたから、たぶんもう、正常な感覚なんて麻痺していた。
二人とも、恥じらうこともなく、一筋の光を見たような気になって、手を取り合って喜びさえした。だからといって、初めて体を重ねることになったときは、さすがに二人とも真っ青な顔をしていたけれど。
やり方なんて、二人とも全然わからなくて、初めて服を脱ぎ合った後は、後はもう何をしていいのか戸惑うばかりで、結局もう一度服を着直して帰った。そういえば、キスすらしなかった。
それからだんだん、チェックするサイトが、雑誌が。変わっていった。
あたしも調子に乗って「カーミラって雑誌、知ってる? だいぶ昔に廃刊になってはいるんだけど…」なんて持ちかけたりもした。
「あー! 知ってる知ってる! 知ってるよ!」
美香はきらきらと目を輝かせた。
ふっふっふっなんて不敵な笑い声すら漏らすものだから、訝しく思っていると、美香は後ろに回していた両手をさっと前に回し、あたしの鼻先に真っ赤な本を突きつけた。
「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃ~ん! カーミラ4号さまのお出ましじゃ~!」
雑誌の赤に勝るとも劣らぬ真っ赤な顔をして、美香は嬉しそうだった。
「廃刊した聞いて、始めはガックリきたんだけど、絶版はしてないっていうじゃん? も、それ聞いたら居ても立ってもいらんなくて! ほんで本屋さんで注文したんだよ~! ちょうど今日届いたところっ。早紀ちゃん、タイミング良すぎ~!」
うきうきと雑誌に頬ずりする美香に、ちょっぴりひいてしまう。
「う、嬉しそうね……」
「そっりゃ~もうっ! 早紀ちゃんだって嬉しいでしょ? だってこれ、あれでしょ? 日本中のビアンが待ちに待ってた、とかいう伝説的な雑誌なわけでしょ? 色々試していこー!」
結局その雑誌は、美香やあたしが期待していたようなHow toブックというよりも、その他の内容の方が多く、それはそれで参考にはなったけれど、やっぱり美香はガックリと肩を落とすはめになった。
酷く落胆する美香を慰めながら――でも、そんな本がなくても、あたし達はあたし達の方法でいけばいいんじゃない? 今までだって悪くなかったでしょ? だいたいヤリ方なんてネットにあちこち転がってるんだし、紙媒体の古典雑誌よりウェブマガジンの方が数倍、情報量も鮮度も先をいってるよ、などなど――美香の落胆ぶりに、焦燥感を抱いた。
その頃にはもう、後にひくにひけなくなっていたのかもしれない。
いつからか、美香はあたしにあからさまな愛情を示すようになった。
卓也とあたしが一緒にいると嫉妬する。当たり前だって?
そうかしら。
卓也があたしを助けるか何かするために抱きかかえると、顔いっぱいに不服の色を広げた。だから当たり前じゃないか、ですって?
そうかしら。
卓也があたしに「素直になれよ。かわいくねぇな。もう守ってやんねーぞ。知らねぇからな」と舌打ちして去っていく背中を見送りながら、美香は、「もう一生、守ってくれなくていいよね。私が早紀ちゃんを守るもん」と言った。
美香の口の端は片方だけ挙がっていた。
これでも当たり前だって、いうの?
あたしは、美香の変化に気がつかなかった。こんなにはっきりとわかるようになるまで、いつからそうなったのか。全くわからない。