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04 ハーレム要員と映画




「ま、間に合った……」



 ぜえはあ、と肩を上げ下げして、荒い呼吸を繰り返す。予告も終わりかけ。

 本編の始まるギリギリに滑り込んだ映画館内は満席で、すみませんすみません、と既に席に着いている人達の膝に躓き躓き、小声で謝りながら、目的の席へ腰をかがめて進んでいく。



(間に合ってよかったねぇ)



 ふうっと大きく息を吐き出すと、美香が小声で囁いてきた。そうね、と返すと、美香は汗と嬉しそうな笑顔を浮かべていた。


 大きなスクリーンに映し出されるのはパンフォーカスされた、古びた洋館。

 そして切り替わる美人女優のアップにモノローグ。情緒溢れる思わせぶりな、短調の曲がバックに流れ始める。


 この夏、一番観たかった映画。この映画の予告が、目当てのYoutubeの動画再生直前に流れたとき、これだ、とぴんときた。

 矢も楯もたまらず観たい、と思わせてくれる映画というのは、案外少ない。

 友達と遊ぶのに、映画館へ月に何度も足を運んでいたとしても、それは少し暇つぶしの色を兼ねている時が多い。

 なんとなく。どこに遊びに行こうか。とりあえず映画でも観る? 何を観ようか。今公開している映画ってなんだっけ? とりあえず、これを観てみようか。


 スマホ画面から映画予告が終わり、目的だったはずの動画に移ると、あたしは隣りでパックジュースを飲んでいる卓也を見上げた。

 卓也はぎくっとしたような顔をして、あたしから顔をそむけた。へたくそな鼻歌まで歌い出す。


 あたしは溜息をついて、それもそうだ、と思う。

 派手な事件もアクションもない映画を卓也と一緒に見に行ったところで、きっと卓也は隣りで舟をこいでいるだけだ。感動し余韻に浸っているところを、無神経なイビキと「つまんねえ」「わかんねえ」「退屈」の三つで片づけられぶち壊されるのでは、たまらない。


 だから、美香と観よう、と決めた。

 どうせ大概の週末は美香と会うことになっていたから、都合もよかった。

 翌朝美香に、もうすぐ公開予定の映画を今度観に行こう、と持ちかけると、美香は喜んだ。すぐにこの映画の情報を集め始めた。

 そして前売りチケットが販売されるやいなや、すぐに買ってきてくれた。



「いいって、いいって。ほんと、気にしないで。たまたまついでに、抽選に当たって貰ってきただけだから」



 そう言って、お財布にかけたあたしの手を止めた。

 それが『たまたま』でも『抽選に当たって貰った』からではないことくらい、すぐわかること。

 だけどあたしは追求しなかった。

 だって美香が、そういう見栄をあたしに張ろうとしているのだから。

 つっこむのは野暮。知らない素振りをするのが礼儀。

 だって、あたしは女の子なのだから。デートでは優遇されたい。たとえ相手が女の子の美香だったとしても。


 ラブロマンスを一緒に見るのなら。

 恋人がいるのなら、恋人と一緒に観たいと思うのが、あるかなきかの微かな女心。

 ありきたりだとか、おまえのような色気のかけらもない女がとか。たとえ誰かに嘲笑されても、ロマンチックな感情をロマンチックな関係なヒトと共有することは幸せだ。

 たとえ仮初めの姿でも、仮初めの幸福はそれなりに幸福だ。それに、仮初めではない幸福というものが、そもそも、あたしにはよくわからない。


 全ての出来事は全ての人々に役割が振られ、求められた役割を演じられることによって成り立っている。

 芝居はスクリーンの中だけに存在するのではなく、その逆なのではないか、と好きな映画を観るたびに思う。


 目の前に広がる大画面では、美しい音楽と美しい風景と美しい人達で紡がれる美しい物語が展開しようとしている。

 こんなにも完璧で美しい世界が、不完全で醜いこちら側の世界より劣っているとは思えない。周囲で日々繰り返される大根役者達による三文芝居の方が、よっぽど。



(早紀ちゃん。ね、ね)



 画面から小声で囁く美香へ視線を移すと、美香は掌をひらひらと振って見せた。画面からの光で、美香の顔には強いコントラストが描かれている。



(映画館中でなら、手ぇ繋いでも、いいよね?)



 差し出された手に指を絡ませると、美香はぎゅっと強く握り返してきた。

 映画の間中、絡めた指は緩んだり強く締め付けられたり、シーンごとに強弱された。

 その度にあたしは、隣に美香がいる、ということを思い出すことになり、もやもやとした黒い陰が心に浮かぶのを感じた。



「映画を見てるとき、話しかけられたり、邪魔されたり。あれ、すごくいやなのよね」



 大分前に、何の話の流れだったか、美香に言ったことがある。そのときは美香もしたり顔で「ああ~わかるわかる。あれいやだよね。こちとら画面集中してるっちゅーねん。なんで横からちゃちゃいれるのかね。うっせーわって、はたきたくなる。ほんとやめてほしい!」と同意していた。


 映画が終わり、エンディングクレジットが流れ始めると、美香は「出よっか」とまだ暗い中、席を立った。手は繋いだまま。



「まだ暗いもん。周りもわかんないじゃん?」



 美香がぶん、と繋いだ手を振った。

 エンディングクレジットの最後まで観たい派だと、美香と頷き合ったのは、いつだったっけ。





 美香は、人前で手を繋いだり、腕を組んだり、といったことを嫌がる。

 腕を組むのならまだしも、女同士で手を繋げば、周囲から好奇の目で見られるに違いない、というのが美香の言い分だった。

 女の子同士、仲のいい友達なら、手を繋ぐことはそう変なことでもないと思うけど。日本なんだし。

 内心そう思いながらも、口にしなかったのは、これといって、美香と手を繋ぎたい繋がなければならない、と思わないからだ。

 特に、そのことを美香が負い目に感じていることが察せられたから、尚のこと。美香を責めるようなことを言う必要はない。




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