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02 ハーレム要員の誘惑




「早紀ちゃん、卓ちゃん喜ばす方法、二人で勉強しない?」



 幾度めかのステージクリアをして、日本に戻ってきて。夏休みが始まってすぐのことだったと思う。



「卓ちゃんの嫁候補として、お互い、わかっとかないといけないっしょ」



 真面目な顔でそう切り出した美香が当時、一体何を考えていたのか、未だによくわからない。

 あの夏は、脳みそがとろけるかと思うほど暑い、猛暑だったから。

 美香の脳みそは、暑さにやられていたのかもしれない。



「卓也を喜ばす方法?」


「うん。たぶん、早紀ちゃんも知らんことだと思う。わ、私だってもちろん知らんよ! この身も心も全部卓ちゃんのもんだし! 他の男に捧げるつもりなんかない。だから知っとくっていうのも、まあ、おかしな話だけど。けど、」



 けどさぁ、と美香はそこから先、消え入りそうな声で言った。

 あたしは真っ赤な顔にかぼそい声でぼそぼそと続く言葉に耳を傾けるため、ぐっと美香に近付く。

 ぼんっと音が聞こえるかと思うほど、美香の真っ赤な顔はさらに真っ赤に――そうなることが可能であれば、という話だけれど――沸騰した。


 端的に言えば、『ソウイウコト』に備えて、二人でせっせとオベンキョしましょ。

 なぜかと言えば卓也に不満不足をあらゆることにおいて、感じさせてはならないからで、それが恋人として、そしていずれ卓也に嫁ぐ身としての務めである、と美香が思うからだった。


 衣食住。すべてにおいて、卓也を満足させること。

 それが妻の務め。男は己の築いた家庭に不満や居心地の悪さを感じれば、不足を求め外へ繰り出しかねない。そして足らぬものを補うためだけだったはずの仮住まいの地が、定住の地に成り代わりかねない。そのためにも、そしてもちろん純粋な愛する人への奉仕の意でも、努力を怠るべからず。

 美香の言い分。



「そりゃまあ、浮気のひとつふたつ、男の甲斐性だし、いちいちそれを咎めるつもりはないよ。けど、その浮気の理由が、私に足らんもんがあって、そのせいだとしたら。その上その足らんもんをヨソ様が持ってるとしたら。

「女としての見栄っていう前に、嫁として選んで迎えてくれた卓ちゃんに、申し訳がたたないじゃんか」



 その理屈にあたしは納得しかねたし――仮にあたしに恋人と呼べるヒトがいて、それが卓也であってもなくても、恋人の浮気を許すということをあたしには出来そうもないし、なおのこと、全面的にその非を己でかぶるなんて物分かりのいい女になることも、あたしにはどうしても出来そうにない。

 今既にそうあるように、ウジウジと悩みはするだろうけれど。


 だいたい、確かに美香とあたし。二人とも卓也のことを憎からず思って、競い合っている身で。そもそもライバルなはずで。

 そして、将来もし二人のどちらかが卓也の隣りにいるとして、その隣りにいる人間は『どちらか』になってしまう。そして残された一人に、どちらかは、なってしまう。


 だから、あたし達はいがみ合うべき……とまではいかないまでも、こと卓也に関して協力し合うというのは、不自然な気がする。

 そんな考えを巡らせながら、あたしが美香にした意思表示は、戸惑った顔を向けて「でも……」と小さく反論の意を口にすること。

 美香はそんなあたしを見て、「早紀ちゃんの気持ちもわかる」と頷いた。

 美香を見上げたあたしは、きっと不審そうな顔をしていたのだろう。美香は慌てて言葉を紡いだ。



「そりゃさぁ、うちらって、ホントのとこ、一応ライバル同士じゃんか。自分で言い出しといてなんだけど、なんか妙な気もする。

「けど、こんなこと、他の誰にも言えないし。ましてや男相手なんか、本末転倒。裏切り行為になる。っていうより、私自身、何が起こっても、卓ちゃん以外となんて死んでも嫌」



 それは早紀ちゃんも同じでしょ、と美香が言う。あたしは頷く。

 だからといって先の美香の提案に納得できたわけではないのだけれど。



「ライバル同士でこんなことするのも話し合うのも、妙なのは確かだよ。けど、お互い、同じ立場ってことも確かだと思わない?」



 あたしはまた頷く。美香のペースは加速する。



「卓ちゃんが最終的にどう決断するのかは、私らにはわからない。わからないことは手出しできないし、手出しできるような駆け引きじみたことは、知らないとこでお互い勝手にやったらいい。けど、お互い一人じゃどうにもならないことが、共通してあって。それ、協力し合うのって、私と早紀ちゃん。お互いにとって利になるんじゃない?」



 獲物を狙う鷹の目をする美香。

 利益。シンプルに考えてみよう。なにを目的とし何を得たいか。

 ひとまずは、その手段へ感じる違和だったり嫌悪だったり疑問だったりの雑念を除外して。そうすれば答えは自ずと出てくるはず。単純明快。

 あたしが頷くと、美香はにっこりと笑った。




----




 あたしは美香の説得に、最後まで納得していたわけではなかった。

 それなのになぜこうなったのか、といえば。長く停滞したせいで素直に恋心と判別できなくなってきていた、鬱屈した卓也への想い。美香を含め卓也を取り囲む女達への嫉妬。彼女達への卓也の態度。周囲の好奇な目。

 そういったものから解き放たれたい、という半ばやけっぱちの気持ちが後押しさせたのだと思う。

 そして好奇心。結局は他の何よりそれが、道徳観念だとか常識だとか、そういった色々なものを凌駕した。


 好奇心は猫をも殺す。


 だけれど、9つの命をもった猫を殺すことが出来たとしても、好奇心を殺すことは容易ではない。

 卓也に揶揄された凹凸の少ない体ではあれども、肉体は意思に関わらず勝手に女性へと変貌を遂げ始め、周囲の話題も色恋が多くなる。

 陰に隠れてこっそりとなされる秘密のお話。級友やパーティーの仲間達の交わす会話に、興味なんてないってすました顔をしながら、そして時折、その下世話さに嫌悪を感じながらも、それでも好奇心は人並みに出てくるのだから不思議だ。


 そう。あたしだって美香と同じで、こんなこと、誰にも言えなかっただけ。本当はすごく知りたくてたまらなかった。


 けれど美香が言った通り、他の誰かで試すわけにはいかない。当たり前だ。

 だから普通、ヒトはそういったことを初めて体験するのは、好きな人とで。そのことについて何の知識もないか、付け焼刃の胡散臭い情報だけを頼りに、突然その場に立たされる、ということになる。

 でもそれではやっぱり怖い。怖いから、知っておきたい。

 できれば、紙や映像といった媒体から得られる脳みそにつめこむ知識だけではなく、感覚として。

 それがわかるのなら、とても安心できる。けれどやっぱり実際にそんなことを誰かとするわけにはいかないから、だから。


――でもその相手が美香だったら、なんの問題もない。そうじゃない?


 あたしと美香で違うこと。

 それは、美香を駆り立てた主は卓也への純粋な奉仕で、好奇心はそのオマケに過ぎないだろうということ。その比率。

 そして美香自ら、恥を忍び、ライバルであるはずのあたしに軽蔑される覚悟で打ち明けてくれたということ。

 あたしは、卑怯者だ。




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