15 ハーレム要員から昇格
「うっそ~! いつの間に!」
「おい、おまえら、全然そんな素振りなかったじゃん! まじでどーなってんだよ!」
「うわーうわー! すごいっ! あっ。でも今回はホントのホント?」
「だよなー。前にも卓也、告るだのなんだの言ってたくせに、突然エラそうになりやがって。女なんか追う必要はない、いくらでも湧いて出て、掃いて捨てるほどいる、とか。どこの勘違いナルシスト君だよ」
「そうそう。突然どーしちゃったんってさぁ。マジ痛々しかったよな。ってゆーか、卓也。おまえが素直に、そんなことを俺たちに言うってこと自体が怪しいっ!」
「またなんか企んでんじゃねーの?」
クラスでも仲のいい、ほんの数人にこそっと卓也と付き合うことになったことを告げると、あれよあれよという間に、クラスで交際発表、記者会見といった態になり今に至る。
黒板の前、教壇に卓也と二人立たされて、あたしは恥ずかしくて俯く。
あまりのことに、体中から湯気が出そうだ。卓也は隣で叫んでいる。
「うるせー! どうでもいいだろっ! くだらねえ!」
ニヤニヤ顔で囃し立てるクラスメイトに向かって口角泡を飛ばし、怒鳴り散らしていた卓也が振り返る。顔は真っ赤。
「早紀っ! おまえのせいで、こんな大騒ぎになっちまったじゃねーか!」
「なんであたしのせいなのよ!」
負けじと真っ赤な顔で反論する。
「おまえのせいじゃなかったら誰のせいだっつーんだよ! なんでこんなに広まってんだよ!」
卓也が目を伏せ、ふっとため息をつくと、気障ったらしく額を撫で上げた。
「まー、このおれとようやく付き合えて嬉しいっつー、早紀の気持ちはよくわかるけどさ。そうだよな、おまえ、やっと俺を捕まえられたんだもんな。よくやったよ。うんうん。頑張ったな」
アホなことをぬかし、あたしの頭を撫でてくる卓也。
悔しくてぶるぶると拳を握りしめ、卓也を睨みつけていると、一人のクラスメイトの言葉で、お祭り騒ぎの教室が水を打ったように静まりかえった。
「あれ……。でもさ、美香も卓也が好き、だったよね……?」
クラスメイトの視線が、この騒ぎの中、一人静観していた美香へと一斉に集まる。
美香は口をへの字に曲げ、睨めつけるように卓也とあたしを見た。卓也のごくりと生唾をのむ音が聞こえた。
「美香……」
「やっとくっつくんだね~。よかったね!」
にっこりと満面の笑みを浮かべる美香。
がたり、と椅子を引いて立ち上がると、こちらにやって来る。深刻な面持ちで切り出そうと口を開いた卓也は、美香に遮られて、間が抜けた顔になる。
「へ?」
「おめでとう! ほんと、おめでと~。よかったね、卓ちゃん、早紀ちゃん!」
笑顔を浮かべながら、祝福とばかりにバシバシ卓也とあたしの背中を叩く美香。
クラスメイト全員が不信顔で戸惑っている。
美香はクラスメイトの視線など意にも介さず、卓也の脇腹を肘でぐりぐりと抉る。卓也が「うっ」と呻く。
「でもさ、卓ちゃんも水くさいじゃん~。いつの間にそんなことになってたの? 私ら、幼馴染じゃん? 私にだけは教えてくれてもよかったんじゃない~?」
『幼馴染』の辺りに差し掛かると、美香は一呼吸置いた。ゆっくりと、声を少しだけ大きくして。けれど不自然ではなく。
クラスメイト達が顔を見合わせている姿が、目に入る。
「そうだな。悪い、美香には先に報告しとかねーといけなかったな」
肝心の卓也は、美香の強調に全く気がつく様子もなく、頭を掻いている。ほっと安堵した表情で。
「ほんとだよ、卓ちゃん。冷たいなぁ~」
どこかぎこちなく笑う卓也に、美香がつっこむ。
無責任なクラスメイト達はほっと安堵したような、それでいて、期待した諍いが起こらなかったことに残念がっているような。
妙にそわそわとした雰囲気で囃し立てる。
「本当だよ、卓也。美香もハーレム要員とかいうのだったんならさ、そこははっきりしとくのが男のケジメってやつだろ~」
卓也に男のケジメなんてものを期待すること自体、間違っている。
「っつかハーレム要員って。マジ、意味わかんね」
「言えてる。こいつ、頭どーにかしちゃったんじゃねーのって、すげー心配になったよな」
「あの理科の実験なー。アレで、変なとこ打ったんかなって思ったよな」
可哀想なものを見るような目で、卓也を遠巻きしていたクラスメイト達。
女子は特に卓也にドン引いていて、あたしに同情的だった。そのときの様子を思い出す。
「でもとうとう結ばれたんだもん。よかったね、早紀!」とあたしの手を取りる女子。男子は「この勘違いナルシスト君が! うまくやりやがって! この!」と卓也を責め立てる。
周囲を見渡すと、美香が教室から出て行くところだった。気配を消して去ろうとする美香に、不安を覚える。
「あ、あたしちょっと……」
「ようやくの両想いより、大切なものなんてあるのっ? 早紀!」
「そうそう! いったいぜんたい、なにがどうしてこうなったのか、微に入り細を穿って、詳しぃいいい~く教えてもらおうじゃない!」
好奇の目を輝かせるクラスメイト達から逃げられない、と諦めかけたところで、突然世界が七色に輝きだす。
転移の合図だ。
助かった。今回ばかりは。
そして急旋回と急降下と急上昇が一気に襲い掛かるような、あの吐き気のする感覚が襲い掛かる。
抗う術もなく。ただ無力に。