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13 ハーレム要員と別れ話(1)




 美香は切り出しにくそうに、俯いてしきりにストローでグラスの中の氷をかき混ぜた。

 からころからころ。氷はグラスの中で留まることを知らず、渦巻いている。



「これといった理由はないんだけど……」



 今日は美香の家ではなく、ファミレスに行こうか、と美香が珍しい提案をしたから、違和感はあった。美香はよく、手作りのお菓子をあたしに食べさせたがった。


 女の勘というものは、本当にあるのだなあ、と感心する。

 卓也に鈍感女、激ニブ、と散々罵られている自分にすら、ちゃんとあったのだ。妙に誇らしいような心地にすら、なる。


 美香はストローの先端を指でつぶしてしまっていることに、気がついているのだろうか。

 ぐしゃり、とつぶされたストローでオレンジジュースを飲めば、ずずず、と汚い音がたちそうだ。

 美香はストローでくるくるグラスの中身を回転させたかと思うと、底をつつく。



「早紀ちゃんが悪いんじゃない。早紀ちゃんはなんにも変わってない。私が悪い」



 私が悪い。早紀ちゃんは悪くない。

 この二つのフレーズを、美香はさっきから繰り返している。

 いい加減こんなに繰り返されれば、この先に続けられる展開は、どんなに恋愛経験が乏しい人間でもわかるというものだろう。

 だから先へ進んで欲しいのだけれど、美香は長い前置きをまだ続けようとする。仕方がないから、あたしはそれにつき合う。


 あたしのグレープフルーツジュースは、もうとっくに飲み干されている。

 残った氷とその氷の溶けた少しの水という、数倍にも味の薄められた、グレープフルーツ味なんだか水なんだか。の、いっそ味なんかない方がマシだという液体を残すばかりだった。



「他に好きな人ができたわけじゃない。そんな人、うさんくさいの含めて一人もいない。卓ちゃんに気持ちが戻ったなんてこともない」



 うさんくさいって。

 それは、好きかもしれない、とかそういう気配のある人、という意味だろうか。



「ただ……ただ、理由はわからないんだけど、突然……」


「突然、冷めたってこと?」



 それまで同じ場所をぐるぐると果てしなく周り続け、いつ終わるともしれぬ長演説を陰々滅々と続けそうだった美香が、がばっと顔をあげた。その顔はぎょっとしたようで、真っ青だ。


 美香の独り善がりな自虐自己演出に、形ばかりはつき合わねば、あたしが悪役になりかねない。

 だから我慢し続けていたけど。もう、前置きには飽きた。


 美香は言葉に詰まって、驚いたような傷ついたような顔をする。

 ――いけない。

 ここであまり冷静に過ぎては、疑われてしまう。

 少しは怒るとか、悲しむとか。そういった演技をしなければならない。

 あたしは慌てて、口調を荒げてみせる。



「本当、突然よね。だって、昨日美香、あたしに言ったわよね。最近イライラしがちなのを治さなきゃって。あたしに嫌われるといけないからって」



 だめだ。どうにも冷静な語り口になってしまう。

 卓也に対峙しているときのような威勢のいい啖呵だったり、ネチネチとした嫌味だったりが、うまく発揮できない。

 卓也に、「いちいちうるせぇな。ヒステリーな女ってサイアク。もっと可愛げとかねぇの? 素直にさぁ、なれよ。嫉妬も、ここまでくるとウゼー」と散々に言われる、普段コンプレックスとして抱き、常ならば治したい治さなければ、と思っている短所。

 唯一必要な今、どうしても披露できない。


 でもまぁ、これでおあいこだ。

 美香はこうして長々と自責の念を告白することに酔っている。あたしが美香を泣いて責めれば、ありがちで退屈なメロドラマが完成し、美香は断腸の思いで恋人を振る主人公になることができる。

 そういうシナリオだ。

 そんなナルシシズムに完全につき合ってあげなくても、大した罪ではない。


 美香の目が、涙のようなもので潤む。ここまでお手軽三分クッキング的なメロドラマに浸りきれるなんて、すごい。素直に感心する。



「ごめんなさい……。その場を取り繕わないとって思って……」



 昨日、美香があたしに言ったこと。

 ちょっとばかり運動神経の秀でているくらいの一般の人間には太刀打ち出来なさそうな、複雑で、恐ろしく体力を消耗させそうなアスレチックを制覇していく、それを競い合うといった趣向の動画を二人で見ていたとき。

 あたしが何の気なしに言ったことがキッカケだった。

 お煎餅をぱりぱり齧りながら、ほとんど独り言のような感覚で。



「これくらいなら、美香もあたしも、制限時間半分もきらないで、ゴール出来るんじゃない? もちろん向こうにいるときみたいな力が全部、半減したりしないで、こっちでも使えればって話だけど」



 ぼうっとテレビを見るあたしに美香は「制限時間半分って、それは言い過ぎだよ」と、どこかつっかかるように返した。

 あたしも「そうね」で流せばよかったのだけれど、その美香の、あたしをどこか見下したかのような、また、挑むような物言いに少しカチンときた。



「そうかなあ。出来ると思うんだけど」



 ここ数日、美香がそういった、噛みつくような態度を時折示していたのも、反論した理由の一つだったのかもしれない。

 だからあたしも反論した。それでも口調は、和らげていたはずだ。


 しかし美香は、そうは捉えなかったらしい。

 過剰かと思えるほどあたしにつっかかってきた。



「絶対半分の時間なんて無理だよ! 早紀ちゃん、半分は言い過ぎたってわかってるでしょ? なんとなく、適当に言っただけでしょ、半分って。けど、言った手前、ムキになってるだけなんでしょ?」



 ムキになっているのは、どっちだ。



「どうしてそこまで……。あたし、そんなに酷いこと言ったかしら……」



 しゅん、と俯いてそう言うと、美香ははっとした面持ちになって、あたしを抱きしめた。



「早紀ちゃん、ごめん……。私、最近情緒不安定みたいなの」



 柔らかい動きで、美香はぎゅっと腕に力を入れた。包み込まれるぬくもりを感じる。



「ほんとにごめん。こんなんずっとしてたら、いつか早紀ちゃんに愛想尽かされちゃうね……。ほんと、私どうかしてる。最近、急にイライラするの。なんでやろ。生理くるのかな」



 実際、ここ数日、美香は時折沸き起こる苛立ちを、隠し切れていなかった。

 隠そう、という努力は、それなりに感じ取ることは出来たけれど。

 そして苛立ちをあたしに向けた後、すぐに決まって言うのは「早紀ちゃんに嫌われないように、治さないと! ほんとにごめんね、早紀ちゃん」



 あたしは、やっぱり卓也の言う通り、鈍感なのだ。

 思い返してみれば、それがシグナルだったのだとすぐにわかるのに。




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