12 ハーレム要員の変化再び
「ねぇ、早紀ちゃん」
学校からの帰り道、いつも通り美香の家へ向かう途中、美香が口を開いた。
それまで二人ともずっと無言で、あたしはちらほらと見え始めた、小さな草花――フキ、ノゲシ、オオイヌノフグリ、ホトケノザ、ナズナにハコベ、ノボロギクにカラスノエンドウ――を見つけては、もうすぐ春がくるのだなあ、と可憐な姿を探していた。
「今日は、やめとこっか?」
振り返ると美香は、俯いて足を止めていた。
「今日は……ちょっと勉強したいなって。ほら、私達、ちょくちょく向こうに飛んでるじゃん? 戻ってくる頃には勉強したこと、忘れかけてたりとかするし。っていうか、学期末試験、ヤバかった」
「そうなの」
一緒に勉強する? と誘わないのは、あたし自身、勉強は一人でしたいタイプだから。
俯いたままの美香を、下から覗き込む。怯えるように視線をこちらに向けると、美香はすぐに視線を外した。
「ほんとのとこ、学校終わってようやく早紀ちゃんと二人きりなれるのに。その時間、奪われると、早紀ちゃん禁断症状出て、私毎回、ヤバいことになるんだけどさ」
無理にひねり出したように笑ってみせる美香は、覗き込んでいたあたしを見ようとはしなかった。
「……そーいうこと言うの、初めてね」
「えっ?」
美香が振り返る。
「美香が言い訳じみたこと言うの。初めてな気がするわ」
美香は一瞬ひるんだように下唇を噛んだ。そしてにっこりと笑う。
「早紀ちゃんが、そういう可愛いこと言ってくれるのも、初めてだね」
美香の手があたしの頬に触れる。美香の細い指は冷たい。
「言い訳って、それ。早紀ちゃん、拗ねてる? 私に執着してくれてるってことだよね?」
そうでしょ? と囁く美香の吐息があたしの唇をかすめる。そしてゆっくりと重なる。柔らかく。
リップを塗ったばかりのせいで、まるで名残惜しいとでも言うように、勝手にあたしの唇の皮が離れ際、少しだけ美香の唇を後追いする。
しっとりとした両手であたしの頬を包み込む美香。ふわっと柔らかく。
「早紀ちゃん、ほんとに可愛い」
そう言う美香の瞳に、情欲の色は見られなかった。春の訪れを知らせる小さな草花が、霜の下で身を縮めていた。
儀式化していると、それだから、実のところ薄々気がついていたのかもしれない。
儀式化だなんて。
そもそも始まり自体が、ただの予行練習だったはずだ。
ご指導ご鞭撻、どーもありがとーございました。とーっても勉強になりました。以上。それ以外に何の感想を持つべきなのだろう。
他の感想。
もし、加えるとすれば薄情なあたしには、ひとつだけある。
安堵。
真っ先にこの胸に浮かんだもの。偽りで塗り固められた虚飾に満ちた、退屈な猿芝居の中、偽りのないただ一つ。