伯爵家のミソッカス⁉︎ 2
目が覚めたら、そこは異世界でした。
ラノベのタイトルかな? コレ。
あの日事故にあった俺は、どうやら“異世界転生”なるものを体験してしまったらしい。
父ガルバは、近衛騎士団長を務めるサルヴェール伯爵。
母ミレーヌは、元は子爵令嬢だ。
長男ディオン、長女クレア、次男マーク、三男俺、次女エリスの5人兄弟だ。さすがに6人目はないだろう。
両親が大切に育ててくれているおかげか、今のところ兄弟仲は良好だ。
はじめの頃、一般家庭生まれの社会人をしていた俺は、世界観も勿論のこと貴族の生活に戸惑いまくった。
父様、母様呼びをするのもどれだけ気恥ずかしかったことか。もう慣れたけどね。
ちなみに、これが夢じゃなくて現実だと気付くのは直ぐだった。
夢が何日も続くわけないし。
昏睡状態の可能性も考えたが、まず即死だっただろう。恐らく事故の生存者はいないんじゃないかな。
そんなわけで、俺ことアシルは10歳になった。
「アシル、おめでとう。いよいよ洗礼式だな。
なに、すぐ終わる。帰ったらご馳走を食べよう」
「はい、父様」
洗礼式と聞くと、キリスト教を思い浮かべるが、この世界ではスキルを授かる場の事だ。
正確に言えば、スキルの有無は生まれた時に決まっている。
バルトン王国は、10歳になると神官によってスキルを鑑定する風習があり、貴族も例外ではない。
スキルは様々で、剣術や魔法、お茶を淹れるだけというのもある。
例外もあるが、一般的に先天性と言われ、遺伝性が高い為、スキルなしの親から生まれる事は滅多にないそうだ。
必然的に貴族はスキル持ちが多く、持たない者には生き辛い世界だ。
記録されている限り、サルヴェール家からはスキルなしが生まれた事はない。
フラグか、もしかしてフラグなのかっ。
いや、でも転生ものってチートが基本だよな? 大丈夫だよね、俺。
ああ〜帰りたい。まだ出かける前だけど帰りたい。
だいたい、兄さん達のスキルが出来過ぎなんだよ。剣に槍に弓って何だよ。長男に至っては加護持ちだし。団長の子供だからか?
武芸関係ないの引いたら、どうしてくれるんだ。揃い過ぎだよ。
………戦いは身体だけじゃない。戦略だって必要だ。
うん、それだ。参謀的な何かに違いない。
訓練してても俺だけ平凡なのはそのせいだ。頼む、そうであってくれ。
「では次の方ーーーおや、近衛騎士団長の。さっ、こちらへいらして下さい」
ハッ! いつの間に神殿に。
あれこれ考えている間に着いてしまったのか。しかも俺の番。
やめてよ。期待の目で見ないでよ。ザワつかないでよ、うっ、吐きそう。
「よろしくお願いします」
「ーーーこれはっ! おめでとうございます。女神の御加護をお持ちです! 」
ザワザワ
ザワザワ
よっしゃ、チートタイプだったか!
「女神アフロディーテ様の御加護《美》です。スキルはーー美のスペシャリスト、です? 」
ザワザワッ
ザワザワッ
「びっ、美のすぺしゃりすとぉ………⁈ 」
何だそれ。聞いた事ないぞ。
というか、さっきと全然違う意味で騒ついてる!
マズイ、全く関係ない。加護持ちだと言うのに、拡がる残念感。
おいおい嘘だろう。
チートどころかハードモードじゃねえかっ。
その後はあまり覚えていないが、一緒に洗礼式に臨んだ子供の親達から憐んだ視線を浴びまくった気がする。
言いたい事は分かる。「ソレじゃない感」だよね。
他の兄弟とも違うし、家系からして使い道がない。そもそも《美》って何。美味しいの。
男だし、顔も母親似だから頑張って中の上くらいだ。
これがクレアだったら話は変わってくるんだろうけど。
家に帰った俺達を待っていたのは、豪華な夕食を準備する使用人達と、スキル予想で盛り上がる兄妹だった。
「おかえりなさいませ。旦那様、アシル」
「「「「おかえりなさい〜」」」」
「ああ」
うん、そうですよね。
父様と俺の微妙な反応に皆、キョトンとしている。
いたたまれないっ。
ごめんなさい、母様。あなたの息子はみそっかすでした………
「?? もうすぐ夕食の準備が整いますから、着替えていらしたらいかが」
「そうだな。アシル、着替えてきなさい」
「はい、父様」
着替えに部屋へ戻って15分、メイドのサリーが呼びに来てくれた。
食堂に入ると、既に揃っていたようだ。
「おお〜、すごいっ」
普段から食事は豪勢だが、誕生日のご馳走は何度見てもビックリだ。
「では改めて。アシル、10歳の誕生日おめでとう」
「「「「「おめでとう〜〜」」」」」
「ありがとうございます」
うまうまメシうま。貴族最高。
「でっ! アシルのスキルは何だったの?
私の予想では、軍師とかかなぁーって」
クレア姉、気分がだだ下がったよ、今。
ていうか奇遇だね、俺もそう思ってた。
「そうだな、教えてくれ、アシル。
明日からの鍛錬にも関わるしな」
「もーう、ディオン兄上はすぐ鍛錬、鍛錬鍛錬!
せっかくアシルの誕生日会なのに、可哀想だよっ!
アシル、何だったか教えて? マークお兄様に」
剣術バカのディオン兄は、全くブレない。
スキルを伝えても、「じゃあ鍛えるか」って言いそう。
マーク兄は優男な感じだが、中身はただのシスコン、ブラコンだ。特に下の兄弟である、俺とエリスには両親も呆れるほどデレデレだ。
さて、言っていいものかと父様に視線をやると、無言で頷かれた。
母様も、もしかしたら先に聞いたのかもしれない。
暗い顔をしている。
「…スキルは、美のスペシャリスト。
加護は《美》」
――シーン
賑やかな食事が一気に静まり返った。
せっせと食事を運ぶ使用人達も、ピタリと止まった。
カチャカチャと俺がカトラリーを動かす音だけが響く。
うん、このステーキ、うま。
「そっ、それはどういうスキルなんだい? 」
「さぁ。前例がないので分かりません。
――ただ、サルヴェールには不向きかと」
「そんなっ⁉︎ 」
「まだ、分かりもしないのにそう悲観するな。
それにアシルは加護を持っているんだろう。
それだけで素晴らしいことだ」
おお、さすが長男。冷静だな。ちょっと感動した。
「そうよ、きっとアシルが優しいから、神様も危険なスキルを避けたに違いないわ! 」
そう。実は俺だけが普通なのだ。
妹のエリスでさえ好戦的な性格にも関わらず。
日々の訓練だって決して悪いわけではない。
きっとこのままいけば、将来の騎士団入りは確実だ。
しかし、それがおかしいのだ。
サルヴェールが平の騎士団なわけがない。
周りからは、大器晩成型に違いない。スキルさえ分かれば頭角を表すだろうと言われてきた。
けれど、頼みのスキルは全く武芸に関係ない。
つまり、サルヴェールにあるまじき凡人というわけだ。
「こほん。ディオンの言う通りだ。
アシルは女神アフロディーテ様の御加護を授かった。
実に誇らしいことではないか。
さっ、料理が冷める。食事を続けなさい。
アシル、何かおかわりが欲しければ言うんだぞ」
「はい、ありがとうございます。父様」
やばい、良い家族を持ったな、俺。
将来は正直危ういけど、とりあえず直ぐに追い出されることはないだろう。
はあ。明日からスキルの研究と今後を考えなきゃな。
◆◇◆◇◆
「あらあら、失礼しちゃうわ。
私の加護を何だと思っているのかしら。
ほーんと、人間ってつまらない生き物ね」
「アフロディーテ、聞きましたよ。
人間に加護を与えたそうですね。
何百年ぶりですか」
「あら、アウロラ、久しいわね。
そうなの、ん〜……800年ぶりくらいかしら」
「へえ。そんなに魅力的な人間なのですか。
私も見てみたいです」
「魅力ねえ。どうかしら、まあ好きにするといいわ」
「そうですか。では遠慮なく」
お読み頂き有難うございます!