表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

雪乃と巴

私のほうが惚れてるんだ

作者: 柚河

ーーーあれから数日。

あれというのは、雪乃にキスされた日だ、もちろん。

あのあと私は、逃げるように保健室から家へと直帰した。


それから、ベッドで考え込んだ。

雪乃はそんなに私のことを好きでーーー。

けれどそう思うと、不思議と心があたたかかった。



しかしあの日以来、今も隣の席にいる雪乃を直視することも、話しかけることもできなくなってしまった。

大切な、大親友なのに。


これを、彼女を意識しているというのだろうか。

でもこれは、今まで紫藤先生に感じていたものとは明らかに違う。

それじゃあ、今まで私が紫藤先生に感じていたもは何?


好き?尊敬?憧れ?憧れーーー。

そのとき、私は雷に打たれたような衝撃を受けた。

そう、紫藤先生は、私にとっての理想の王子様像だったのだ。


かっこよくて、優しくて、背が高くて、スタイルもよくて、声も綺麗で、笑顔も優しくて。

でもそれは、あのとき紫藤先生が雪乃に言っていたことと全く同じだった。


私は、紫藤先生のステータスが好きなだけで、紫藤先生のことは何も知らなかった。

私は、人のことを言えた身ではなかった。


そんなこともわからずに、雪乃にあんなひどいことを言ってしまっていたんだ。

雪乃はこんな私のことを、あんなにも好きでいてくれるのに。


私は頬杖をつきながら授業を受けている雪乃を横目に、ノートに彼女の絵を描いていた。

夜の帳のような長い黒髪、真珠のようなハリのある肌、少し切れ長の奥二重の瞳、すっと通った鼻筋、いつものあのいたずらっぽく笑んだ顔ーーー。


ノートの雪乃は笑いかけてくれるのに、本物の雪乃はこちらを向いてすらくれない。

私は隣の雪乃に視線をやる。


雪乃はというと、真剣にノートをとっている。

さっきまで全く興味なさそうだったのに、今は教師が何か重要なことでも言ったのか。


私も慌てて板書をとろうとすると、雪乃の腕が私の右腕を掴んだ。

驚いて腕を振り払うと、雪乃は小声で言う。


「今、私を描いてたでしょう」


「…え、あ、いや…」


「そんなに私のこと考えちゃうの?」


「ぬ、あ…な…何言ってんのよー!!」


私は椅子が倒れるくらいの勢いで立ち上がり、雪乃を指差した。

雪乃はニヤリと笑っている。

すると、教室内に静寂が訪れた。理由は明らかだった。


「佐瀬、授業中は静かにな」


「す、すみません…」


英語教師に言われ、私は椅子を直してから腰かけた。

雪乃は、どうしてわかったんだろう。私が雪乃を描いていたことを。


まさか、本当に私のことをずっと見て、考えてくれているの?

私は再び雪乃のいる右側を向こうとする。


そのとき、雪乃がノートを見せてきた。

ノートには、紛れもなく私の姿が描かれている。

髪の毛、顔立ち、表情、全てが私だった。


「巴のも見せて」


「な、なんでよ…」


「やっぱり描いてたんだ」


「あ、いや…」


フと笑う雪乃は、この前キスしてきたときの雪乃と同じで、いつものテキトーな感じとは全然違っていた。

抵抗虚しく、あえなくノートを取り上げられてしまう。


雪乃はものすごく興味深そうに、ノートを遠ざけたり近づけたりしながら見ていた。

なんだか、この時間が恥ずかしくて堪らなかった。


「美化しすぎ」


雪乃はまたいたずらっぽく笑ってから、ノートを私に返してきた。

巴も意外と絵心あるんだね、なんていうイヤミも添えて。


授業中、私は雪乃のあの微笑みが、まぶたの裏から離れなかった。

雪乃が笑っている。私だけに向けられた、雪乃の笑顔。


それから、私は心の中に、すとんと何かが落ちてきたような気がした。

そうか、これが、恋なんだ。


雪乃を見つめると胸が痛くなって、つらくなって、切なくなって。

雪乃の笑顔を見ると嬉しくなって、と同時に苦しくなって。


雪乃のステータスなんかじゃない、私は雪乃の本質が好きなのだ。

普段は余裕ぶっているところも、本当は必死で私への気持ちを抑えつけていたところも、全部。


ーーー私の思いは固まった。

昼休み、私はノートに走り書きをして、右隣の雪乃に見せる。

今すぐ裏庭にひとりで来て、と。


私は雪乃が頷くのを見ると、席を立った。

このままだとお弁当は食べ損ねそうだけれど、こんな大事なことに比べれば屁でもないはずだ、たぶん。


私は、あるひとつの想いを胸に、裏庭へ向かった。

私が一足先に裏庭に着くと、そこにはなぜか紫藤先生がいた。


「やあ佐瀬さん」


「…どうも…」


ーーー最悪だ。何で紫藤先生がここに?

私が雪乃を呼んだことがばれた?

私がぐるぐると頭を高速回転させていると、紫藤先生はこちらに近寄ってくる。


「佐瀬さん、きみは先生のことが好きなんだってね」


「…はい?」


「いいよ、きみを愛してあげよう」


そう言うと、紫藤先生は私の腕を引っ張って押し倒した。

幸い、地面はコンクリートなどではなく土と草で、痛くはない。


けれど、この状況はよくない。

雪乃が来たら誤解するだろうし、何をされるかもわからない。

犯されるかもしれないし、殺されるかもしれない。


私がガタガタ震えていると、紫藤先生は私の頬に手をあてがった。

雪乃と違って、ごつごつしていて、冷たい手だった。


私はその感触の恐ろしさから手を即座に払いのけ、あとずさる。

紫藤先生はいつもの爽やかな笑いを浮かべながら、ジワリジワリと距離を詰めてくる。


もうだめだ。

私は紫藤先生にいいようにされてしまうんだ。この想いも汚されてしまうんだ。

そう思うとを涙が出てきた。


「っ…雪乃ーーーー!!!」


私は力の限り叫んだ。

例え届かなかったとしても。雪乃なら。

そのときだった。


本館と別館、そしてこの裏庭とを繋ぐ渡り廊下を、猛スピードで走る足音が聞こえてきた。

まさかーーー。


「巴ーー!!!」


やっぱり雪乃だった。助けに来てくれたんだ。

私は歓喜のあまり堪えていた涙が大量に溢れてきた。


「野郎、巴から離れろ!!」


そう叫びながら、雪乃は紫藤先生に突進すると、そのままの勢いで殴りかかった。

腹部に拳が直撃し、それで紫藤先生がよろめくと、雪乃はそれにも構わず先生の胸倉を掴んだ。


紫藤先生は肩で息をしている。

雪乃も息を荒くしたまま、髪の毛を反対の手でかき上げながら言った。


「巴に何をしたの」


「……」


「さっさと答えろ!!」


雪乃は見たこともないような剣幕で、紫藤先生に詰め寄った。

すると紫藤先生は、咳き込みながら事の顛末を答えた。

ますます雪乃の表情が鋭くなってゆく。


「てめえ!!!!」


雪乃がその長い足で、紫藤先生を蹴り飛ばした。

先生は面白いくらいに吹っ飛んで、近くの木の幹にぶつかって動かなくなった。

恐らく、意識を失ったのだろう。


雪乃は大きくため息をつくと、私のほうへ振り返った。

それから、私のほうへと歩いてくる。

雪乃の濡れ羽のような黒髪が、風にさらさらと揺れている。私は見惚れていた。


「けがはない?」


「う、うん…」


「で?どうして裏庭にこいつが?」


雪乃は私の傍にしゃがみこみ、紫藤先生を指差して言った。

それは私にも想像がつかなかった。


「わかんない…たまたま、か…私の考えがばれたのか…」


「そう。で、何で呼んだわけ?」


雪乃は、紫藤先生に向かって中くらいの石ころを投げつけると、いたずらっぽく笑いながら言った。

雪乃は、紫藤先生を完全に人として扱っていないようである。


そうだ、私はこのためにここへ来たのだ。

私は立ち上がってから制服の埃をパタパタ払うと、背筋を正した。

すると雪乃はいつものようにフン、と鼻で笑う。


「何、かしこまっちゃって」


「…今更かもしれない。今頃何だよって思うかもしれない。嘘だって思われるかもしれない。都合がいいって思われるかもしれない。でも、でも私は…」


私は、いつの間にか俯いていた顔を上げる。

雪乃の両の手を掴み、私は彼女を見つめていった。

その瞳には、私だけが映っている。


「私は、雪乃が好きなの!」


そよ、と風が吹いた。

その瞬間、まるで時が止まったような気がした。

木々のざわめきも、小鳥の鳴き声も、草花のお喋りも、何もかも。


雪乃はというと、固まってこちらを見ている。

私の時が止まっているから、そのように見えているだけなのかもしれないけれど。


ざあぁ、と風が吹き、ようやく時が動いた気がした。

雪乃は風で優雅に踊る髪をそのままに、言う。


「友だちとして、でしょう?」


雪乃の瞳は、おかしそうに笑ってはいるけれど、とても悲しそうだった。

こんなに切ない苦しい表情、雪乃が私に見せたことはない。


私は堪らなくなって雪乃を抱き寄せた。

彼女はされるがまま、呆然としているようだった。

私はそれに構わず続ける。


「ごめんね、雪乃…。私のこと、一番に考えてくれてたんだよね…いつも私に優しくしてくれて、紫藤先生からも守ってくれて…。こんなに、こんなに大切にしてもらっているのに、私は気づけなかった…!」


「巴…いいよ別に、私が勝手にしたことだし…ていうか離してくれる?」


「嫌だ!私は、雪乃がひとりの女の子として好き。ーーーやっと気づいたの。雪乃と話しているときとても幸せで、雪乃の笑顔を見るとこっちも嬉しくなって、悲しそうな顔を見るとつらくなって…」


私は雪乃の細い体躯を強く抱き締めた。

保健室では重いとか言ったけれど、実際彼女は細くて、私がこうして抱き締めたら折れてしまいそうなくらいだった。


「だから私は、雪乃が好きだったし今も好きなの!だからこれからは私と恋人ーーー」


私の言葉は、途中で遮られた。

雪乃にキスされていたからだと気づくのに、時間はかからなかった。


雪乃は唇を離すと、私を抱き締めて震えている。

私がおろおろしていると、雪乃は乾いた笑いを漏らした。


「何それ。とっくに、私に惚れてたんじゃん…」


雪乃がククク、とおかしそうに私の肩越しで笑うと、私もおかしくなって笑みを溢した。

本当にそうだったな、と私は思う。


私は雪乃をずっと見てきた。

人見知りで、いつも落ち着いていて、他人にあまり心を開かなくて。けれど、信頼した人のことはとことん考えてくれて、体を張ってまで守ってくれて。


そんな雪乃に、私は昔から惚れていたんだ。

私はその事実を実感するとおかしくなって、雪乃にキスを返した。


雪乃は、全く戸惑うことなく私の唇を受け入れて、自身の舌をぬるりと入れてきた。

絡まり合う舌が、私の息を荒くする。


頬が上気するのがわかって、私は控えめに舌を雪乃の舌に絡ませた。

雪乃は私のことを強く抱き締めて、いつまでも離さなかった。

私は雪乃の背中を撫でる。

木々のざわめきと太陽だけが、私たちを優しく見つめていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 私的には、もう少しじゃれあいがあった方がいいと思うけど、GLとして、とてもきゅんきゅんしました!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ