第七章~俺にも・・・更なる力を~
作務衣を着た成年は向かって来る不良達を見事に撃退していった。
正面からの拳を躱しながら、足を掛けそのままその男を転ばせ、
更に両の手を踏み付けながら、次の男の拳を屈んで避け膝を伸ばしながら顎に掌底を叩き込む。
意識がはっきりしない間に足を掛け、その男も転ばせた所で
先程、龍崎にやられた男がナイフを取り出した。
「・・・凶器か・・・ふっ・・・なんとも下衆な男だな・・・」
「うるせぇ!!」
叫びながら男は成年に向かって突進してくる。しかし、
「刃物を前に両手で構えているのは、対処がしやすい・・・」
成年はギリギリまで引き付けてから腕を開き脇を開けた。
そこに吸い込まれるように男の腕とナイフが入っていく。
丁度、肘の辺りが脇に入って来た時、成年は脇を締め、振り返る。
男の視界は成年の背中に覆われてしまった。
成年は両腕で男の腕を掴むと地面を蹴る。
一瞬の後、受け身さえ取れない男は背中から地面へと落ち
全身を強打してしまう。
当然、起き上がれずその場に倒れてしまった。
立ち上がった成年は龍崎に近付いてくる。
その腕に抱えられたボウルを受け取ると一言だけ残し、去ってしまった。
「・・・もっと、強くなれ・・・?」
龍崎さえも立ち去っていくら時間が流れたか。
男達は漸く立ち上がり始めた。
「く・・・くそ!あの野郎・・・ぜってぇ・・・許さねぇ・・・」
刃物を持っていた男はそう呟いていた所に声が掛けられた。
「その男を殺せる力・・・欲しくない?」
それは、無邪気な声で誘う悪魔の声だった。
次郎は先日、伊勢によってスマートフォンに仕込まれたアプリを眺めていた。
念のためウィルス対策ソフトに掛けてみたが、害を及ぼす可能性は低いとされ
また、ウィルスの類も発見されなかった。
しかし、だからと言って何かがある訳でもなく、それはただの地図アプリにしか見えなかった。
つまり、現状『シャドー』の反応すらないと言う事だ。
(・・・まぁ、反応があれば意味があった・・・くらいに考えておくか・・・)
次郎は肩を落とし、喫茶店の窓から空を見上げる。
「すみません、相席よろしいでしょうか?」
ふと、店員の声が聞こえそちらに視線を送る。
畏まったウェイトレスと、黒い半袖のジャケットに、その中は赤い迷彩柄のTシャツ、パンツも赤のデニムを
着こなして茶髪の男が立っていた。
次郎が周囲を見渡すといつの間にか店内は人が溢れ満席状態となっていた。
「あ、すみません。もう出ますね。」
少し慌ててそう言いながら次郎は立つのだが、それを制したのは客の男だった。
「いや、いいよ。俺は君と話がしたくてね。」
その男の言動に、次郎もウェイトレスも男を見る目が変わった。
「いや、すまない。そういうつもりで言った訳じゃないんだ。」
男は頭を掻きながら笑顔で先程の言動を詫びた。
「いや、こちらこそすまない。知り合いにそういう店の経営者がいるもので、つい、な・・・」
次郎も会話を合わせる。だが警戒している。その男に見破れぬように。しかし、
「・・・そう警戒しないでくれ・・・俺の名前は、惣流陽十
そうだな、伊勢の知り合いだ。」
伊勢の名前が出た事により、次郎は更に警戒する。
その反応に驚いたのは陽十だった。
「・・・え?」
一瞬の沈黙が流れる。
警戒していた事を悟られた上に伊勢の名前まで出てきた事で次郎は傍目に見ても警戒しているのが分かる。
陽十は陽十で、まさか伊勢の名前で警戒されるとは思っていなかった様で
しばし、笑顔のまま硬直してしまった。
(・・・おい!伊勢!!話が違うじゃないか~!!)
陽十は届かない声を伊勢に向かって投げつけた。
「へっくし!!」
らーめん屋伊勢の店内に大きなくしゃみが木霊する。
客たちもそれに驚き、その方向を見つめていると。
「あぁ~~~!!!」
次には伊勢の叫びが店内に響いた。客たちもそれに更に驚く。
くしゃみをした伊勢の足元には丁度今作っていたラーメンが無残な姿をしていた。
「すみません、今、ひっくり返してしまったもので、もう一度作りますので
もう少しお待ちください!!」
伊勢は客に謝り、客も笑顔で承諾してくれた。
(ったく、どいつだ?俺の噂してやがるのは・・・)
(はぁ・・・仕方ない・・・こう警戒されてちゃ会話にもならない・・・
だが、どこまで話せたものか・・・)
「あんた、伊勢の知り合いって事は・・・『薔薇の騎士』か?」
先に言葉を発したのは次郎の方だった。
陽十は切り出し方を考えていた末に先手を取られた形になり、軽く動揺しているのが目に取れた。
(悪ぃな・・・伊勢、総壱・・・やっぱり俺には嘘を吐く才能は無いらしい・・・)
陽十は少し思案した後、次郎に切り出した。
「あぁ、俺は『薔薇の騎士』・・・4属性のドラゴンを宿している。」
「!?・・・4属性!?・・・ドラゴン!?」
次郎はその言葉に驚いた。そして、警戒を強めるが
「現実の世界で話すよりも、あっちの世界で話した方がいいだろう?」
そういうと、二人の意識は闇の中へと吸い込まれていった。
暗闇の中には次郎
そして、彼が持つカードの幻獣、白虎、マーメイド、ケツァルコアトル
が向かい合う形で立っていた。
「!?ケツァルコアトルか!」
次郎は巨大な翼を持った鳥類でありながら、その尻尾は蛇になっている幻獣を見てそう叫んだ。
【お初にお目に掛る・・・お主からは幸代殿の気配が感じられる・・・ふむ・・・いい男ね!】
⇒「??なんだ?」
【あ、いや、これは失礼。お主から伝わる幸代殿の気配は信頼の様に感じる。これからもよろしく頼むぞ】
【ケツァルコアトル様はそう言いますが・・・私はもっといい男、知ってますの~】
そのやり取りに口を挟んだのは明るめの蒼い髪をたなびかせた上半身は美しい人間の女性ながら
下半身は長い魚類の尻尾を持つマーメイドだった。
【ふむ、お主からも幸代殿の気配が伝わってくる・・・】
「なんだと!?」
思ってもいなかった事に次郎は再び動揺した。
【美月は幸代ママとは知り合いなの。最も、そのいい男とも幸代ママが引き合わせてくれたんです!】
マーメイドはあちこち動き回りながらまるで夢を見ているかの様に語った。
「まぁ、そういう事だ。」
次郎たちは声がした方を振り向く。
この世界へ入る切っ掛けとなった男、惣流陽十が歩いてきた。
「おま・・・」
次郎がそこまで言いかけた時だった。
【陽十さま~!!】
マーメイドが次郎を押しのけ陽十の元へすっ飛んでいった。
そして、そのまま長い尻尾を陽十に絡ませるように陽十の腕の中に納まった。
まるで、両手で大事に抱えられるように。その顔は陽十の隣に位置している。
「久しぶりだな、マーメイド」
陽十がそう声を掛けると、マーメイドの顔は一気に明るくなり、キスをせがむ様に唇を突き出してくる。
しかし
ぺちっと音がしてマーメイドは陽十から離れていく。
いや、吹っ飛ばされたというのが正しいのかもしれない。
【相変わらずだ・・・マーメイド】
マーメイドを吹っ飛ばした張本人が陽十の後ろに立っている。
その姿は巨大だと思っていたケツァルコアトルよりも更に二回りは大きく
しかし、生物というにはいささか機械的な幻獣。陽十の幻獣 ドラゴンだった。
【いった~い!か弱い乙女に何て事するんですか!このドラゴンは!!】
「ドラゴン・・・やりすぎじゃないか?」
【ぬ!?いや、我は翼で軽く打っただけなのだが・・・】
【その軽くが軽くないんですよ!】
⇒次郎はそのやりとりを見ながら、ぼそっと口にした。
「大変なんだな・・・あんた・・・」
その言葉に陽十は次郎を見るが
「そうか?」
本人は気にしていない様だ。
「本題に入りたい。」
先程よりは警戒が解け、次郎は接触してきた訳を聞こうとしたが
けたたましい警戒音が彼等を襲う。
ハッと気が付いた二人は暗闇から現実世界へと戻っていた。
見ると、スマートフォンが『シャドー探知中』という表示をしている所だった。
「これは・・・」
その表示を見て次郎が呟く。
既に陽十は立ち上がり、出口へ向かおうとしていた。
「近くに『シャドー』が出たって事だ。」
そう言うと、陽十は出口へ駆けだした。
次郎もその後を追うが、出口付近まで行って、注文伝票を忘れた事に気が付き席に戻り
そして、レジで会計を済ませ外へ出た。
その頃には既に陽十の姿は見えず、次郎はアプリを頼りに『シャドー』の出現場所へ向かった。
次郎が出現場所へ辿り着いた時、既に3人の見た事もない『薔薇の騎士』が
『シャドー』と対峙していた。
(あの内の一人が陽十・・・なのか?)
次郎は走りながら懐から小剣を取り出し叫ぶ
「アームドチャージ!ビャッコ!」
次郎はその姿を白虎の『薔薇の騎士』へと変貌させ
対峙していた『薔薇の騎士』に声を掛ける。
「陽十!遅れて済まない!」
しかし、他の『薔薇の騎士』からの声はない。
不思議に思った次郎に3人の中で一番背の高い『薔薇の騎士』が次郎を攻撃してきた。
一瞬早く気が付き、なんとか避けた次郎は目を疑った。
一人は背が低い。まるで子供の様だ。だが、紛れもなくその姿は『薔薇の騎士』だ。
兜の形はライオンだろうか。鬣が象られているが、その後ろからは実際に毛が長く伸びていた。
しかし、他二人は違った。
一人は中でも背が高い。もう一人は背丈はそれほど高くはないが筋肉質というべきか体格が良く見える。
しかし、その姿は『薔薇の騎士』の特徴でもある朱殷色ではなく灰色と表現するべきだろうか。
そして、『薔薇の騎士』は宿した幻獣によって兜が変化する。そのため、二つと同じ兜は存在しない筈である。
だが、その二人の兜は瓜二つ。違いが一つも探せない程に同じだった。
そして、その兜の形は形容し難いものだった。
ブランク体の兜の様に見えながら、その兜は溶かされていると言えばいいのだろうか。
原型は辛うじて分かるものの形は一定ではない。
「・・・なんだ・・・こいつら・・・」
その姿を確認した次郎は一瞬たじろぐ。
【あいつ・・・】
次郎の中でマーメイドの声がする。
【あいつが!美月を殺した騎士!!】
「なんだと!?」
次郎はそのライオンの『薔薇の騎士』へと目を向けた。
「貴様!『薔薇の殺人者』か!!」
その言葉を受け、ライオンの『薔薇の騎士』は次郎をまっすぐ見て言った。
「ローゼス・・・キラー・・・か。いいね!それ!!」
兜に隠れ、その表情は読めなかったが、声色で笑っていることは確実だった。
その言葉を聞いた瞬間、次郎はライオンの『薔薇の騎士』へと駆ける。
しかし、それを邪魔したのは『シャドー』だった。
「なに!?」
次郎はなんとか防御したがそれでもその攻撃は強く、引き離されてしまう。
「『シャドー』・・・じゃないのか!?」
次郎はその『シャドー』に目を向ける。その姿はライオンの体に翼が生え、尻尾は蛇の形をしていた。
【次郎!あれはキマイラだ!】
次郎の中で白虎が声を上げる。
「キマイラだと・・・?」
その言葉に答えたのはライオンの『薔薇の殺人者』だった。
「こいつはキマイラ。僕の幻獣だ。ちょっとこいつらに戦い方を教えてたんだよ。」
初めて発した『薔薇の殺人者』の声。それは見た目通り子供の声だった。
「な!?やはり、子供だと・・・!?」
『薔薇の殺人者』はてっきり合間伍だけだと思っていたのだが、
まさか子供までが『薔薇の殺人者』だったとは、次郎は動揺を隠せずにいた。
⇒「ちょうどいいや。二人とも、あいつを殺そうか!」
「おう!」
『薔薇の殺人者』が二人の騎士に指示を出し、二人は次郎へ向かって来る。
「でもよ・・・いいのか?あんなガキに指図されて・・・」
「はっ!いざとなったらあいつを殺しちまえばいいだろう!」
「それもそうか!」
その『薔薇の殺人者』が聞いているだろうに二人はそんな会話を大声でしながら
次郎へと駆け出した。
(こいつら・・・!)
「その男を殺せる力・・・欲しくない?」
時は刃物を持った不良が声を掛けられた時に遡る。
3人の男が顔を上げるとそこには10歳くらいの子供が立っていた。
「今、お前が言ったのか?」
信じられないと言った風に倒れていた男の一人が声を発した。
「そうだよ。」
尚も笑顔を崩さない少年に、言葉を掛けた男は一瞬笑い、強い口調で言葉を投げつける。
「ふざけんじゃねぇ!てめぇみたいなガキに何ができるんだよ!!」
その言葉を聞いても少年は笑顔を崩さない。
「本当にいらないんだね?」
「くどい!!」
そう言った瞬間だった。
男は横からの強い圧力で壁に叩きつけられていた。
「!?・・・な・・・」
ライオンの様なモノが前足で男を壁へと抑え込んでいた。
男は何が起こったか理解しようにも頭が混乱していた。そして、
「そう、じゃあお前はいらないね。食べていいよ、キマイラ。」
キマイラはその言葉を受けにやりと笑った様に男は感じ、全身から汗が噴き出すのを自覚した。
「な!?ちょ、ま・・・」
男が言い終わる前にキマイラは男を力強く握りしめ、空中へと放り投げた。
そして、男が落下してきたのはキマイラの真上。
キマイラは口を大きく開けて待ち、その男を飲み込んだ。
周囲には男の断末魔と固いモノを砕く音が木霊していた。
そして、その間、少年は同じ質問を他の不良達に投げ掛ける。
「殺せる力・・・欲しくない?・・・僕の力になってよ。」
恐怖に負けた男たちは頷く事しか出来なかった。
少年はその行動に気を良くしたのか一層笑顔になり懐から2つの小箱を取り出す。
その中には剣の形を模したペンダントを2つ入っていた。
「一人十万円ね!大丈夫!ちゃんと戦える様に教えてあげるから!ね!キマイラ。」
その言葉を受けてか、キマイラは大きな咆哮を上げた。
男達は少年に言われるまま、そのペンダントを付け変貌した。
ペンダントの剣は小剣となり二人は手にしていたが、その姿は『薔薇の騎士』とは違っていた。
それには少年は不満そうだったが、彼らに出現したカードは使用に問題ないように見受けられた。
少年は一通りカードの使い方を二人に教えた後、自身も『薔薇の騎士』へと変貌
キマイラを召喚し、実践させていた所にどういう訳か次郎がやってきた。
少年はこれ幸いと二人に次郎を襲う様に指示し
現在に至っていた。
「貴様ら!あいつと同じ『薔薇の殺人者』か!?」
「はぁ?『薔薇の殺人者』?んなもんは知らねぇよ!!」
防戦一方の次郎に対し、男達は攻撃の手を緩めない。
なんとか、一人を引きはがしても、別の方向からもう一人が攻撃を仕掛けてくる。
「ねぇ二人とも~カード使ってみてよ~」
先程の会話が聞こえていない様に少年が遠くから更に指示を出す。
「へっ!今やろうと思ってたんだよ!」
距離を開けられた背の高い男がカードを取り出しスキャンする。
ウォーター!アメーバ!
電子音が発せられた後、男は小剣を次郎に向かって突き出す。
その切っ先からは粘性を帯びた水の様な物が次郎を捉え、足元だけながら身動きを封じた。
「なに!?」
急ぎ、次郎はカードをスラッシュし、スキャンする。
ビャッコ!サモン!
電子音が発し終わると、次郎の背後に暗闇が口を開け、そこから白虎が飛び出し
自身に襲い来る男を跳ねのけた。
「白虎!遠くにいるあいつを抑えてくれ!」
「了解した!次郎!!」
⇒次郎の指示で白虎が駆ける。男はその姿に一瞬戸惑い、怯えだした。
しかし
攻撃が当たる直前何かが遮った。
「キマイラ!」
ただ傍観していただけの少年がキマイラに指示を出し、その攻撃を受け止めていた。
攻撃を防がれた白虎は飛び退き距離を開ける。しかし、キマイラはその口から
先程、男が射出した様な粘性の水を白虎に吐きつける。
「!?」
それを受けた白虎は次郎同様、身動きが取れなくなってしまった。
「ほら、今だよ。」
怯える男に少年が声を掛ける。
「お・・・おう!」
二人の男が次郎へと襲い掛かる。
「貴様ら!何の為に戦っている!!」
次郎が疑問をぶつける。しかし、その答えは次郎の予想を下回るものだった。
「はぁ?何の為?そんなもん!俺らをぶちのめしてくれたあの男を殺すためだよ!」
それに続き、もう一人の男も答える。
「てめぇを殺したら、あのガキも殺して、俺らだけが生き残る!!」
その答えに次郎の迷いは無くなった。
「はっ・・・よく分かったよ・・・貴様らがただのクズだという事がな!!
俺は貴様らを絶対に許さない!!」
怒りに震える次郎は瞬間、暗闇へと落ちた。
【次郎・・・私も手を貸すぞ・・・あの『薔薇の殺人者』・・・幸代を殺そうとした
『薔薇の殺人者』の気配がする・・・許せる相手ではない!】
「あぁ・・・殺す事はしたくないが・・・せめて、あいつの幻獣を屠る・・・俺にも更なる力を!
行くぞ! ケツァルコアトル!!」
キマイラが白虎に迫る。しかし、そのキマイラに攻撃する影があった。
ケツァルコアトルの放った風の刃がキマイラを、そして白虎に纏わりついた液体を切り裂く。
白虎は飛び退き次郎の元へ戻るとその姿を見て笑みをこぼした。
次郎のその姿は白虎の証である白色のラインの中に
ケツァルコアトルの証である黄金のラインが走っていた。
次回『薔薇の騎士』
次郎の元に駆け付ける龍崎
「次郎さん!」
作務衣の男と会う陽十
幸代と再会するケツァルコアトルのカード
次回『薔薇の騎士』第8章
暗闇で再開する幸代とケツァルコアトル
「次郎ちゃんにこの子を託すわ!」
その願いは、誰の為に・・・