第五章~前進~
『シャドー』を倒した3人に近付く足音があった。
静かに、だが確実にその足音は近付いてくる。
気が付いた美月が振り返る、だが、その足音を放つ『薔薇の騎士』は既に美月の目の前に迫っていた。
刹那、美月が声を掛けようとした瞬間だった。鋭い衝撃が美月を襲い、美月は自身の腹部に視線を落とす。
その『薔薇の騎士』の持つ剣は深く自身を貫いていた。
美月は一瞬の内に気を失い、自身を刺した相手に倒れ掛かる。
『薔薇の騎士』が剣を引き抜こうとした時、龍崎がその光景を目の当たりにした。
美月を刺した『薔薇の騎士』は剣を引き抜くと踵を返し、幻獣を召喚し飛び去って行った。
後に残った美月の体は、まるで薄黒い器に置かれた薔薇の様に血が広がって行った。
現実世界に戻った3人だったが、美月の体は光の粒子へと変わり天へと昇って行く。
全てが元に戻った一瞬の後、アスファルトの地面に金属が落ちた音が響く。それも2つ。
次郎がその音に反応し振り返る。
その音を発したのは龍崎だった。
龍崎の手から2本の小剣が地面に落ちた音だったのだ。
声を掛けようとする次郎だったが、それよりも早く龍崎は踵を返し走りだした。
次郎が呼び掛けるがその声は龍崎に届きはしない。
ある程度走った後、龍崎は人目も憚らず叫び出した。
すれ違う人々がその光景に思わず振り返る。だが、龍崎の叫びは止まらない。
気が付いた時には龍崎は自分の部屋へと戻っていた。
既に時間は深夜を回っていたが、今までその事に龍崎は気が付いていなかったのだ。
暗い部屋の中、自身の中に青龍とユニコーンの気配が無い事に気が付き
龍崎は小剣を探すが当然ながらそこには無かった。
暫くして、龍崎は小剣を探すのを諦め、ベッドに潜り込んだ。
もう、関わる事も無くなった。
そう思った。
家の外から龍崎の部屋を見上げる影があった。
その影は肩を落とすと振り返りその場を後にする。
街灯に照らされたその顔は、カゲヤマだった。
翌朝、龍崎は学校へと向かった。
日常を取り戻すべく、今までの出来事が夢だったのだと確信したく。しかし、
「龍崎!お前、大丈夫か!?」
校舎に入った所で日直の教師が声を掛けてきた。
「体は・・・大丈夫そうだけど・・・なんか、顔色悪いぞ・・・?」
教師は龍崎を心配そうに覗きこむ。
やはり、夢ではない。まだ、望みを捨てきれない龍崎はその教師に聞いてみた。
「あ、あの・・・角谷先生は・・・?」
その質問に教師の顔は暗くなり、
「あぁ・・・それが、相変わらず連絡がないんだ・・・最初に入院したと連絡してきた人からもそれ以降何もないし、
それに、どこに入院しているのかも分からない・・・」
やはり、夢ではなかった。
教師は龍崎を家に帰るように促し職員室へと戻って行った。
龍崎も一度、礼をした後学校を出る。
昇降口で龍崎は最初の戦いがあった場所を眺めていた。
(ここで俺は先生に助けられた・・・そして、初めて『シャドー』と戦った・・・)
その場にはやはり何も無かった。手掛かりどころか、新しい発見も、その痕跡さえも。
龍崎は家に帰らなかった。
そのまま、一晩入院していた病院へと向かう。
平日の日中という事もあり、病院内は慌ただしい空気が漂っていた。
流石にこの中で聞く訳にもいかず立ち去る事にした。
病院を出て繁華街へ向かった。
女性の悲鳴を聞いて駆け付けた。
次郎と初めて出会い共闘した場所。
(・・・ふぅ・・・なんか・・・なんだろ・・・)
龍崎は溜息を吐き、踵を返す。
(今日は・・・帰ろう・・・)
そう思い、ふと気が付く。
周りに人の気配が無くなっていた。心なしか寒く感じる。
その上、霧も出てきたようだ。
そして、龍崎は気付く。
(!?・・・『シャドー』だ!!)
そう、龍崎が初めて『シャドー』に襲われた時も、襲われていた女性を助けた時も
今と同じ状況だった。
龍崎は辺りを見渡す。
それらしい影は見当たらない。しかし、この空間に自分がいるという事は
目の届く範囲に『シャドー』がいるはずなのだ。
(どこだ・・・どこにいる・・・!!)
『シャドー』を視認できなければどこから攻撃されるかも分からない。
そうなれば、知らない内に自分の首は胴体から切り離されるかもしれない。
その時、龍崎の脳裏には美月の死に様が思い起こされてしまった。
体が震えだした。
寒さのせいではない。恐怖のあまりその場から動けなくなってしまった。
(逃げなきゃ・・・逃げなきゃ・・・)
心ではそう思うが、体は少しも動きそうにない。
龍崎はもがく。しかし、もがいているつもりでしかない。
そうしている内に、龍崎の心臓は一際跳ね上がる。
背後に、気配が殺気が迫っている。
そこまで迫っている。今、駆け出さなくては一瞬後には首が飛んでいるかも知れない。
そう思うが、体は未だに動けない。
その影の殺気が一層強まる。
自分を攻撃する気なのだと理解できた。
それでも動けない自分の体に、龍崎は諦めを感じた。
(あぁ・・・死ぬのか・・・)
一瞬後、龍崎に向かって鎌が振り下ろされた。
だが、
それを受け止めた者がいた。
「大丈夫か!?龍崎!!」
龍崎はその声を聞いてハッとした。
何とか、顔を上げ振り返る。
そこにいたのは、次郎だった。
次郎が『シャドー』の攻撃を受け止めてくれていたのだ。
「次郎さん!!」
「アームドチャージ!ビャッコ!!」
次郎は『シャドー』の攻撃を受けながらも『薔薇の騎士』へと変貌した。
そして、『薔薇の騎士』の強い輝きを受けた『シャドー』は怯み、その姿を現す。
巨大になった体に、より一層巨大化した鎌を腕に持つカマキリ。
『マンティス・シャドー』だった。
【次郎!あの『シャドー』・・・我らだけでは手強いかもしれん!】
ビャッコが叫ぶ。
「だが・・・今戦えるのは俺だけだ・・・やるしかない・・・」
次郎はそう言うと、龍崎の目の前に青龍とユニコーンの小剣を静かに置き、
龍崎の目を見た後、振り向き、『マンティス・シャドー』へと走り出した。
龍崎は声を掛けようとするも、それよりも次郎は早かった。
次郎は駆けながらカードをスラッシュ、スキャンする。
ビャッコ!アームド!
電子音性が鳴り響き、次郎の腕に白虎の爪が装着される。
走り迫る次郎に『マンティス・シャドー』は横から鎌で薙ぎ払う攻撃を仕掛けてくる。
だが、次郎はそれを高く跳躍し回避した。
そのまま、『マンティス・シャドー』の頭上へと爪での攻撃を加える。
『マンティス・シャドー』は攻撃を仕掛けた直後という事もあり、次郎の攻撃はクリーンヒットした。
しかし、『マンティス・シャドー』に目に見えるダメージはない。
驚き、一度距離を取ろうとする次郎だったが、離れた所に『マンティス・シャドー』の攻撃が加えられた。
今度は次郎に攻撃がクリーンヒットしてしまう。
「!?・・・がはっ!?」
次郎は遠くに弾き飛ばされてしまい、更に体に力が入らない。
立ち上がるのに時間が掛かりそうだ。
【次郎さん!私のカードを!!】
次郎に女性の声が語り掛ける。
だが、
次郎が容易には動けないと知った『マンティス・シャドー』は
その標的を龍崎へと変えた。
「!?・・・逃げろ・・・龍崎・・・」
ゆっくりとではあるが、『マンティス・シャドー』は龍崎へと近付いてくる。
「あ、あぁ・・・」
龍崎の目の前で2本の小剣が光る。
意を決したように龍崎はその小剣を掴み、叫ぶ。
「アームドチャージ!」
眩い光が辺りを照らす。
その光に『マンティス・シャドー』も一瞬たじろぐが、
龍崎の姿は朱殷色の鎧に覆われた一つの角を携える龍の兜
などではなかった。
その色は灰色であり、龍の意匠やユニコーンなど面影もなく
ただの騎士甲冑でしかない。
小剣もその姿を変えず小剣のままだ。
「・・・な、なんだよ・・・これ・・・せ、青龍?ユニコーン?」
龍崎は呼びかける。しかし、先程の白虎や、女性の声の様に周囲に響くどころか
自身の心にさえ語り掛けてくる事もなかった。
「・・・ブランク・・・アーマー・・・だと・・・!?」
次郎は少しではあるが立ち上がろうとしていた矢先だった。
動揺する龍崎に『マンティス・シャドー』は更に迫る。
「くっ・・・」
『マンティス・シャドー』が鎌を振り上げ、
龍崎は防御姿勢を取る。しかし、
「ダメだ!龍崎!!」
次郎の声が届く前に龍崎の体は宙を舞っていた。
「あ・・・が・・・」
そのダメージは『薔薇の騎士』となっていた時の比では無い事は傍目にも明らかだった。
⇒吹き飛ばされた龍崎は起き上がれない。
だが、『マンティス・シャドー』は躊躇なく龍崎を追撃するため、その肥大化した鎌を持ちあげながら迫る。
(あぁ・・・俺は・・・ここまでか・・・)
龍崎は諦め、その身を起こそうという気力さえも無かった。
容赦なく、『マンティス・シャドー』の鎌が龍崎に振り下ろされた。
しかし、その龍崎と『マンティス・シャドー』の間に割って入る影があった。
次郎だ。
「お前を・・・死なせない・・・龍崎!」
「!?次郎さん!?・・・どうして!!」
『マンティス・シャドー』は二人から距離を取る。
その隙に次郎は1枚のカードを取り出し、スラッシュ、スキャンする。
マーメイド!リフレッシュ!
途端、龍崎の体は軽くなった。
「こ、これは・・・」
「美月さんのカードだ・・・マーメイドは俺と共に戦う事を選んでくれた。」
「美月さんの・・・マーメイド・・・だけど!それじゃ、次郎さんの体力が!!」
次郎は、龍崎にフッと笑って見せた。
「それでも・・・お前を守る事くらいはできるさ・・・」
「次郎さん・・・」
『マンティス・シャドー』は雄叫びを上げ、再び攻撃を仕掛けてくる。
眼前に迫る『マンティス・シャドー』を見て、龍崎は小剣を握る拳に力を込めた。
(俺は・・・俺は何をやっているんだ・・・次郎さんに守られて・・・足手まといになって・・・)
龍崎の背後に龍の影がオーラの様に立ち上る。
それを見た『マンティス・シャドー』はたじろぎ、後退する。
(俺は・・・俺も戦う!・・・青龍・・・ユニコーン・・・)
途端、龍崎は暗闇へと落ちる。
暗闇に立つ龍崎。その目の前には、青龍とユニコーンがいた。
「青龍!ユニコーン!」
【新一・・・早かったな!】
「え?」
⇒龍崎が驚くが、青龍は気にせず続けた。
【汝は『薔薇の騎士』になって日が浅い・・・人の死も立ち会った事などなかっただろう・・・
そのお前が、一日やそこらで立ち直るなどとは・・・我は汝を甘く見ていた様だ・・・】
【私もでございます・・・ですが、これならば、龍崎様は私達の更に上位の力も使いこなせるのではないでしょうか】
「上位の・・・力・・・?」
【今一度問う・・・我らと共に戦う意思はあるか!?】
「勿論!」
龍崎は迷う事無く、力強く返答した。
青龍は一瞬ニヤリと口元を緩める。
【ならば!叫べ!】
龍崎は頷き、2本の小剣を天に掲げる。
「アームドチャージ!セイリュウ!!ユニコーン!!」
『マンティス・シャドー』は再び、次郎と龍崎に向かって駆けだす。
身構える次郎だったが、リフレッシュの連続使用のせいか、多少疲れが見える。
しかし、その横に座り込んでいた龍崎が立ちあがり、2本の小剣を天に掲げ叫んだ。
「アームドチャージ!セイリュウ!!ユニコーン!!」
より一層眩い光が周囲を照らす。
灰色の甲冑鎧はその色を少しずつ朱殷色へと変えて行く。
それだけではない。青いラインがより太く、更にはそのラインの中心には金色が見え隠れしていた。
青い燐光の中に金色の燐光が混じり合う。
肩はより龍の意匠が強く現れ、次郎の白虎の様に爪が肩を覆う。
一本の角を携えた兜は龍の顔を模していた。
そして、2本の剣は二本一刀となり、両柄尻から青龍とユニコーンの剣が合わさった双頭刃となっていた。
変貌が完了した龍崎は走り出した。
その速度は今までの比ではない。直ぐに『マンティス・シャドー』の眼前へと辿り着き、一刀の元に
『マンティス・シャドー』が持つ片方の鎌を切り落とした。
その速度は切られた『マンティス・シャドー』だけではなく次郎さえも驚いていた。
「な、なんだ・・・あのスピードは・・・」
「あれが、『薔薇の騎士』のレベル3の力だ・・・」
いつの間にか、次郎の隣にカゲヤマが立っていた。
⇒「カゲヤマ!?」
「心配していたんだが、その必要も無かったようだね。」
カゲヤマはフッと次郎に笑って見せた。
「カゲヤマ・・・丁度いい。・・・レベル3だと・・・?」
「レベル3・・・本来、そんなに早く到達できるものではないのだが、彼の場合、幻獣を2体も宿しているせいだろう。
しかも、幻獣達が龍崎君に協力的なのも相まって、本来の経験よりも早く進化したと見るべきだろうね。
そして、レベル3の真価はその身体能力の強化だけではないよ。」
次郎の疑問に答える様にカゲヤマはほほ笑みながら言葉を続けた。
それに答えるように龍崎も更に攻撃を苛烈にしていった。
双頭刃となった青龍とユニコーンの剣は空を切り、素早く『マンティス・シャドー』を攻撃していく。
防戦しながらもその攻撃から逃れようとするが、龍崎はそれを許さない。
【新一!剣を分けろ!】
青龍の声が響くと、双頭刃だった剣は2本に分割された。
以前の剣よりは少し柄が短いものの慣れた二刀流は攻撃を更に苛烈にしていく。
だが、『マンティス・シャドー』は一瞬の隙を逃さず翅を広げ、上空へと飛ぶ。
両者に一瞬の沈黙が流れた後、『マンティス・シャドー』は雄叫びを上げ
怒りのままに渾身の突撃を行う。
だが
「ふふっ・・・きっと、龍崎君は既に理解しているんだろうね・・・」
「?」
カゲヤマは意味深な事を呟く。
それに疑問を持つ次郎だったが、直ぐに答えは目の前に現れた。
スタッグビートル!シャドー!
セイリュウ!フレイム!ファイナルブレイク!!
ユニコーン!サンダー!ファイナルブレイク!!
2本の剣を再び1本に連結し、3枚のカードを次々にスラッシュ、スキャンしていく。
「な!?効果の重ね掛けだと!?」
「そう・・・レベルの低い『薔薇の騎士』では、1本の剣に1つの効果しか掛けられない。
だが、レベル3となった『薔薇の騎士』は1本の剣に2つの効果を掛ける事ができる。
そして、龍崎君の剣は本来2本・・・まぁ、あの程度の『シャドー』ならば、2枚でも十分だろうけどね。」
カゲヤマの言葉を体現したかの様に更に電子音が鳴り響く。
⇒ファイナル・トリオ・ブレイク!!
龍崎は再び剣を2本に分割、更にそれを鋏の様に合わせた。
眼前に『マンティス・シャドー』が迫り、鎌が振り下ろされる。
だが、龍崎はそれを回避、『マンティス・シャドー』の懐へと入り込み胴体を剣でできた鋏で挟み込む。
『マンティス・シャドー』は驚きの表情を浮かべもがくが、挟み込む力は龍崎一人の力とは思えない程固く、
『マンティス・シャドー』は抜けだす事が出来ずにいた。
龍崎はその剣に力を込める。
「スタッグビートル・・・クラッシャー!!」
交差し『マンティス・シャドー』を挟み込んだ剣を渾身の力で左右に開く。
カマキリの細い体は少しの抵抗を感じた程度で、そして、『マンティス・シャドー』の体は上下に分割された。
一瞬の後、その体は爆発を起こしそして灰化した。
爆炎の後、その中に佇み人影は降りしきる灰の中から青と金色の燐光を放ちながらその場に立っていた。
その光だけでそれが龍崎だと分かる。
龍崎は『マンティス・シャドー』のカードを拾い上げ次郎とカゲヤマの元へ歩き出した。
「カゲヤマ・・・聞かせて貰うぞ・・・」
「あぁ、その為に私は君達の所に来たんだ。」
龍崎と次郎の姿が元に戻るのと同時に、周囲の喧騒も再び聞こえてきた。
⇒次回 『薔薇の騎士』
ラーメン屋を手伝う次郎と
立ち尽くす龍崎
不良が吹っ飛び
唖然とする龍崎
構えを取る男性
次回 『薔薇の騎士』第六章
屋台で会話するカゲヤマ、龍崎、次郎
「君達には期待しているよ」
その願いは誰の為に・・・