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MUSE-0 (ミュゼオ)  作者: あんくる ぐぅす
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序章 再生~終わりと始まり 1

 一発の銃声。

 一瞬で命を奪うのに十分な音である。


 だが、彼の命は一瞬では無く、時間をかけて失われていった。

 銃創を負ってもなお、アパルトマンに辿り着き、ベットの中でおよそ1日。

 徐々に流れ出る命の残量を如実に感じていた。


 なぜこのような事になったのか。


 彼自身覚えていない。

 精神を病んでいることは彼も自覚をして居る。

 狂気と正気の狭間に揺れ動く彼の意識は時に曖昧模糊としている。

 数年前、発作的に自らの耳を切り落とした時のように、著しく欠落した記憶。

 あの時と同様、今回もまた自らの胸を撃ったのであろうか。


 失いつつある視界の中に愛すべき旧知の人たちが見える。

 死にゆく私を見守ってくれているのか・・

 それともこの影自体、私が作り出した幻影なのか。


 どちらでもいい・・今のままがいい・・


 薄れ行く意識ではあるが、狂気が先に体外へと抜け落ちているように感じた。

 十数年間味わったことの無い安堵感に包み込まれていた。


 乾いた唇を動かし、最後に彼は声を出して言った。

「このまま死んでゆけたらいいのだが・・・」





 ※




「ねぇ・・」

「・・・起きて・・・」

「・・・起きてってば・・・」


 深い眠りから揺り起こされ、静香に目を開けた。

 いつもと変わらぬアパルトマンの天井が視界に入る。

 薄い青い壁には父と母の肖像が飾られてる。いつもの光景。


 違うのは、ぐっすり眠った朝のように、意識がはっきりとして居ることだった。

 今まで、失われていた感覚。精神が研ぎ澄まされたように明瞭であった。


「・・おはよう。テオ・・」

 起こしてくれたのが最愛の弟だと疑わず口にした。

 しかし、ベッドの傍らに座わっていたのは見知らぬ男性であった。

 面長で端正な顔。弓のようにしなやかなカーブを描いた眉。

 およそ肩まで伸ばした黒髪の上に黒い布のような帽子をかぶっている。


「残念。僕はテオでは無い」

 男は悪戯を仕掛けた少年のように微笑み、奇妙な質問をした。

「ちなみに聞くけど・・・君は自分が誰だか覚えている?」


「私・・私の名はフィンセント…… 

 待ってくれ、私は死んだはずじゃ無かったか?」

 彼は起き上がり、改めて男の顔を見つめた。確かに見覚えのある顔である。

「・・僕らは死なない。いや()()()()のだよ。フィンセント。

 此処での摂理はね」

「・・死ねない?」


「そっ。あ・・ただし、永遠の命って事じゃ無いよ。

 死ねない代わりに()()されることがある。

 ある意味"死"より怖いよね。存在自体が消えちゃうんだから・・

 まっ。君もここに来た以上、否が応でも理解するだろうよ・・

 むしろ口で説明しても混乱するだけ。

 付いてきて。マエストロが君を待っている」

 そう言うと壁に掛かっている外套をベットの上に放り投げた。


「あっ。僕の名前ね。。みんなは僕のことラフィって呼ぶ。

 だから君もそう呼んでくれたら良いよ。」


 ラフィに促され身体を起こす。

 少し頭は重いが、今まで感じたことのない身体の軽さを感じた。

「感覚を取り戻すまで、そんなに時間はかからないよ。

 OK。先に朝食とコーヒーを摂取しよう」

 まるで自分の心を読むかのように先回りして回答するラフィ。


 昔読んだ日本の伝記「さとり」の妖怪を思い浮かべたが、すぐに打ち消した。

 おそらく彼は、自分の狂気が生み出した幻影なのだろう。

 そう思えば全て合点がいく。


 同時に彼は、この幻影に従って行動するしか無いことも自覚していた。


 外套を羽織り、アパルトマンを出る。 空は晴れ渡っている。

 だが、部屋の外はいつもの田園風景では無く、都会の町並みであった。

 パリほど整列されてはおらず、近代的な建築と伝統的、あるいは古代的な建築が入り交じっている。

 それでいて混沌としておらず、むしろ秩序的な安定感を感じることが出来た。


「ここは・・・私は夢を見ているのだろうか」


 ラフィに進められるまま、テラス席に座ると、ギャルソンがすぐにコーヒーとトーストを持ってきた。

 あまりの手際の良さに、非現実性を感じる。


「えと・・どこから話すべきかな」

 一口、コーヒーを啜り、苦そうに顔をしかめると、大量の砂糖をコーヒーに投入してから、ラフィは切り出した。

「まず、ここは君が作り出した幻想でも、長年君を苛んできた幻覚でも無い。」

続けて大量のミルクをコーヒーに注ぐ。そして白濁したその液体を口に入れると、満足そうに微笑んだ。


「問題は、ここが何処かとか、何故ここに居るのか・・という事ではない。それは、現世とは何か、何故自分は生まれてきたのか・・という現実的には何ら価値のない疑問であるからだ・・・とまぁこれは、マエストロの受け売り。要は、君がここに居る理由より意義を探した方がいいってこと」


「・・まってくれ、その・・ラフィ君」

「ラフィでいいてば」

「失礼・・ラフィ・・なんとなく感づいてきたが・・ここは天国なのか?」

「うーん。。天国とは言いがたい。敢えて言うならここは煉獄に近い。

 とはいえ、君が考えているであろう煉獄とはいささか異なる。

 いずれにせよ、君は此の地に顕現し、此の地での生活を強いられたのだよ・・・

 フィンセント=ファン=ゴッホ君」


ラフィは彼、ゴッホにウィンクをして見せた。


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