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巡りに廻りて  作者: 啄木鳥
6/7

悲劇 六話


「さて、目覚めた気分は如何だろうか、アスター君」

「史上最低かな、思ったより寛大な処置に感謝しかないね。あなたがこの場所のトップの人?」


 モニター越しの笑顔の男はこの声で目が覚めるだろう、と確信しての行動だったかのように的確なタイミングでアスターに話しかけてきた。


 辺り一面全てが真っ白で、自分の寝っ転がっていたベッドと目の前の接続されたモニター以外は何もない部屋では、そうする外ないと諦めの境地で部屋に紛れそうな白色は話に応じる。


「まぁ、今君がいる施設の管理人ではあるね。流石に親元が直接出るなんて愚は犯さないさ」


 だろうね、とソレは部屋に閉じ込められた以外は枷の付いていない自由な手足を擦ると至極つまらなさそうに答える。


「はは、君は思ったより懐柔するのに手強そうだ。もっと時間と余裕のある常ならば飴と鞭を使い分けるのだが……。君には手っ取り早く協力してもらいたいのでね、少々手荒にいかせてもらうつもりなんだ」

「へぇ、ボクは一体どれくらい保つんだろうね」


 たのしみだ、と違う声が二重になってその場に響いて掻き消えた。


 毎日わざわざ移送された先の部屋で与えられる苦痛は、手を替え品を替えどれだけのバリエーションがあるんだと本人が感嘆するくらいに豊富だった。

 如何にしたら的確に与えられるか計算された痛みは日に日に蓄積し、次第に昔懐かしかった涙は出るし叫び声も出るが反射の範囲から結局出ることはなく、それより先に周りからの悪意と白い部屋に心が擦り切れるのが早いだろうと自覚したその日、モニターに笑みの翳った最初の男がジジジ、と現れる。

 といってもこの画面にそれ以外が映ることは無かったのだから、この微かな男の変化にアスターは妙な優越感さえも覚えた。


「どう? ボクはそろそろあなた達に協力しそうかい?」

「減らず口を……。まぁいいでしょう、そんな貴方に良い報せですよ。最近やたらと我らの周りを嗅ぎまわっていた犬っころが煩わしくてですね、先日やっとのことで捕まえたんですよ」


 見せて差し上げましょう、といって初めてその男以外を映した画面は、薄暗く不衛生な牢に切り替わり、手足全てに枷が嵌められた傷だらけの毛玉が映し出される。

 艶のあった黒色の毛並みは赤黒く汚れ本来の輝きを失っており、項垂れた黒色はその顔を見せることは無かった。


「なっ……リッター! リッタぁー!! あははは、あはははははははは! そうだったねぇそうだった! あんた達はそんな下種野郎だった! あっははははははは!!」

「ふふ、大層喜んでもらえてこちらも嬉しい限りですよ! いやぁ結構結構。まさか君がそんなに情に厚いヤツだったとはねぇ。こう言っては何ですが我々にとって快挙ですよ、これは」


 男が満面の笑みで片手をパチンと鳴らすと、今まで部屋の外に連れ出されて受けた責め苦とは別に、名ばかりの覆面で顔の見えない教育官たちが今まで侵されなかった部屋に押し入り、アスターを拘束してそのままベッドに縛り付ける。


「な! やめろっ、はなせ!」


 その際に脱がされた服の下の傷を指でなぞられると肌が粟立つ感覚がするものの、教育官たちは一切手を止める様子はない。

 そして今まで喋らなかった彼らのつぶやきが無意識のうちに耳に入る。


 ――切り傷、裂傷、擦過傷、打撲、捻転、銃創、爆傷、刺し傷、咬傷、火傷、割創……。


 各々の手には呟かれた言葉に相応しい道具が握られている。


 ひっ、と息をのむ間もなく道具を傷に沿ってぴたりと当てられた。


「や、だ、いやだぁぁぁぁぁぁあああああ!!」


 目の前の映像と降りかかった痛みが交錯した瞬間、視界はブラックアウトし意識は手放された。


◇◆◇


 頭の中に、記憶になかった見知った映像が流れ込んでくる。


『うわぁ! なんだこのバケモノ、いや赤ん坊は……正常に産まれたはずでは……』

『先生、この子の口が!』

『至急縫合の用意を!』


    ♯


『奥さん、この子は目の大きさが左右で大分違うのです。どうしても視力は落ち、いずれは……。耳も……聞こえるとは思わないほうが良いでしょう』

『先生、本当にどうにもならないんですか、先生……!』

 

    ♯


『なんなんだコイツは! どう見ても人間じゃない! 化け物だ! こんなの俺の子じゃない! ははぁそうだ、お前浮気したんだろ、だからあんなのが産まれたんだ。天罰が下ったんだ!』

『そんな訳ないじゃない! 私は浮気なんかしてないわ! 確かにあなたの子なのよ!?』


    ♯


『あんたなんか産まなければ……産みさえしなければ、こんなことにはならなかったのに! 視力だって今に至るまで一回も悪くならなかった、耳だって聞こえてる。……気持ち悪い、気持ち悪い! こっち来ないで! こっち見ないで! こっちに寄らないで!』

『おかぁさん……』

『いやぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!』


    ♯


『ヒッ、……こ、こが、今日から君の家だ、分からないことがあったら周りの子に聞きなさい! うひっ、こっちを見ないでくれぇ!』

『わっ、きもい!』

『なんだあいつ、ばけもんだ! きっもちわりー!』

『こっちくんな!』

『みんなどうしてボクからはなれてくの……?』


    ♯


『ほほう! 君はなんて素晴らしい才能を持っているんだ! あんな施設は出て我が研究所に来なさい! さぁさぁ!』

『なに、そんな魔法術式聞いたこともない、ならばこんな効果の爆弾は作れるのか!? くそ、反抗するな! また殴られないと分からないのか!?』


    ♯


『あいつ、所長直々のスカウトだからって調子に乗っているよな』

『でも最近傷があからさまに増えていないか?』

『いいんじゃないか? 最近科学分野で遺伝子にまである影響を及ぼす効果を持った特殊な物質を発見して、魔法分野では生命創造魔法の研究に着手したんだ、人類史上最高の天才なんだから自分でそれくらいどうにかできるだろ。むしろ死んでくれた方が人類のためになるんじゃないか?』

『そんなこと、冗談でも言うべきことじゃないだろう! 私にはどうしてもあの人が望んでやっているようには見えない……』

『なんだよ、あんなバケモンの肩を持つのか? お前は!』

『……』


 変わっていく場面に合わせて増えていく体の傷、痛みを感じなくなっていく心。

 最早何のために生きているのかも見失っていく白衣の人間に、黒髪が艶やかな、不純物の混じらない琥珀を悪い目つきに閉じ込めた男が心配げに近寄る。


『ティアーズ、薬を持ってきたんだ。全てが治せる訳じゃないが少しは良くなるはずだし、私の遅延魔法を使えば体もきっともう少しは楽になる』

『ありがとう、ケッテ。だけどボクには要らないよ。もうどの傷も痛くないんだ。この歪な口の縫痕も、孤児院で捻られた手足も、所長に鞭で打たれた部分も、昨日体にメスを入れられた部分も。もう痛くは無いんだ。それより久しぶりに自分の名前を聞いたよ、あはは、そろそろ忘れそうだったから有難い。ケッテは、そのまま変わらずにいるんだよ。さぁ自分の研究室に戻るんだ、ここに長居したら他の研究者に白い目で見られる』

『すまない、君を助け出せない私が、私は本当に情けない……』

『気にしないでよ、その優しさにボクは救われてる』


 いつからか完全な無表情となり、一切感情を見せずに言うティアーズにケッテは涙を落とす。

 ――申し訳ない、すみません、ごめんなさい。いくら言葉を尽くしてもボロボロ落としていった感情をソレに戻せることは無かった。


    ♯


『出来た。……あはは、やっと出来た! すごいな、本当に出来るモノなんだ。あ、ケッテ、いいところに来たね』

『! どうしたんだティアーズ、何か良いことでも?』

『そう、ボクが長年研究してきて、遂に本当に作りたかったものが出来た。実はもう成果は散布し始めているんだけど……。ねぇケッテ、一緒にここから逃げよう!』


 両手を広げて声だけ満足げな無表情のソレは相手の目をじっと見つめる。


『な、にを言っているんだ。ティアーズ?』

『ボクが魔法で作ったのは無機物からも生命を誕生させるものと、人間を善悪で区別する魔術だ。科学で作ったのは選ばれた人類を遍く滅ぼす強大なウィルスと、俗に言うタイムマシンだ。もう選別は始まった! ケッテ、一緒に未来に行こう? 浄化された世界はきっとボクたちに優しい』

『そんなことが……。そうか、分かった。私は何をすれば良い?』

『簡単さ、本当に必要なものをマシンに積み込んで、もうあの赤いボタンを押すだけなんだ』

『分かった、用意をしてくるからちょっと待ってくれ』


 一旦解散した二人だったが、予め用意のあったティアーズはタイムマシンの最終チェックを施し、ケッテは自室へ行くと片隅に置かれた物を片手に取り、再び戻って白色の背後に忍び寄る。


『幸せになってくれ』

『えっ、あっ……』


 バチチチッ! と激しいスパークを残して崩れ落ちるティアーズが地面に衝突しないよう抱えると、ケッテは下にクッション性の高い衣類を敷いてタイムマシンの中に寝かせる。

 そしていつもソレに使っていた自分の数少ない得意な遅延魔法を分かりやすい赤いボタンにかけると、仰々しいそれを軽く押す。

 あとはティアーズの隣に座り込み、部屋外から聞こえる阿鼻叫喚を流しながら誰ともなく独り言を零す。


『ほら、至高の天才なんかじゃない。通路には平気な人間と変貌する人間、跡形も無いのと様々だったよ。そんな失敗だってする君は紛れもない人間だ。でも、このタイムマシンはその任務を完遂するんだろう。自分のためにつくった魔法が失敗して、私のためにつくった科学が結実するとはとても君らしい。これは君を助けられなかった私への罰なんだ。今度こそ私は君を助けてみせる。君の望んだ未来で、何世代経た先であろうと私は、俺は君を待っているよ。ティアーズ、またな』


 魔法が切れる頃合いになると、静かに眠る頭をひと撫でしたケッテはマシンの外に出る。

 タイミングよくプシュー、と扉を閉じた最高傑作は、主を守るべくその姿を瞬時に消した。


『ここからは俺の戦いだ』


 それを見送った男は微かに既に変化している自身をちらりと見下ろすと、歩き出した。



今回はキリの良いところを探したら短くなりました…すみません。

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