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巡りに廻りて  作者: 啄木鳥
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異変 五話


 店は繁盛し、それらの経営も生活の一部となった頃、こういった地域ではまず見かけることのないスーツを着た男たちが店にいるアスターの元を訪れた。

 ここらで平均的に着られる服装との乖離差に、見た目にはまるで地から浮いたように感じるが、確かな存在を持って先頭のトカゲ族の男が代表して前に進み、話しかけてくる。

 周りには村の住人が複数いたが、異様な黒色に皆遠巻きに此方を窺う。


「あなたが噂のこの魔法具店の店主であり、実際の開発も行っているアスターさんですね?」

「えぇまぁ、はい、そうです。噂になってるというのは今初めて聞きましたが」

「やはりそうですか。私たちは率直に言うとあなたを公式に魔法士として勧誘しに政府から来たものです。こちらを証明として渡します、私の名刺となります」


 渡された名刺には男の名前や所属などが細かく書いてあったが、国の知識に欠けるアスターにとっては唯々どうでもよく、寧ろ胡散臭さしか感じない物ではあったが、相手の自信に満ち溢れた顔を見て余計なことは言うまいと口に力を入れる。


「はぁ、そうですか。でもボクは今のここの生活に困ってませんし、というよりかは割と好いているので他の所に出る気はありませんよ?」

「……あなたのお住まいはいったいどちらにあるのですか?」

「外れの森近くに住んでいます。万が一にも魔法が暴発するようなことがあったら困りますし、周りの方々にご迷惑をおかけしますので」

「そうですか。実はここの森には国家反逆を狙っているテロリストが潜んでいるとの情報があるのですが、あなたはそんなところに住んでいて大丈夫なのですか? 今まで何かありませんでしたか? もしや実際に会って唆されたりなんかしたり」

「えぇ、大変なことに会ったことはありませんし、そもそもそんな人に出会った覚えもありません。何を言われても何度言われてもボクの答えは結局変わらないので、後ろに並んでいるお客様の対応をしてもよろしいです?」


 さも自分たちこそ正義といった態度の男たちに不信感を持ち、加えてリッターを悪く言われたことに若干むかっ腹の立ったアスターは、割り込みにに怒りを感じ、政府という言葉に強く出られず後ろで困惑している客たちを示して言外に黒スーツたちを追い出そうとする。


「……今日はこれで帰らさせてもらいますが、十分に気を付けてくださいよ。えぇ、本当に」


 うす気味の悪い笑みを一つ残して去る黒服たちに一瞬塩でも撒いてやろうかと考える白色だったが、そんなことに時間をかけるよりも後ろで心配そうにしていた自分を慕う客を優先することに決め、いつものように商売を始めた。


 そんなことはありながらも、残りは普段と変わらない一日を終えたソレは閉店業務を終えて外に出たとき、目の前に出てきた見たことのある影に気付いた。


「お久しぶりっス」


 嫌な記憶しか掠めない声に、アスターはさっさと逃げ出そうとするが、大きい掌に腕を掴まれることで阻まれ、身動きが取れない。


「っやめろ! その手をはなせ!」

「いやいやいや、勘違いしないでほしいっス! 今日は別に前みたいな悪いことをしに来たんじゃないっス!」


 それでもじりじりとにじり下がり、あくまで逃げる態度を崩さない白色に降参とばかりに犬族は両手をあげる。


「本当に違うんスよ! この前、アンタにあんなことをしたのにリッターから助けてもらったお礼と詫びをしに来たんス。まぁ物理的に渡せるものは無いんスが、……リッターの情報とか、気になるっスよね?」


 それを聞いて思わず足を止めたアスターを見て、にやりと笑った男が浮遊車の紐を取り、先導するように運ぼうとする、が。


「あれっ、ちょ、これ重!?」


 商品入れ替えのために魔法具が乗せられた車はがりがり、ざりざりと不快な音と感触を与えるのみで、その場から動くことはなかった。

 それを呆れた風に一瞥した魔法士が掛けられた魔法を発動してやると、まるで何事もなかったのように荷物を引いてリッターの家へ向かう犬族に、今度は心の底から呆れる。


「はぁ……んで、情報ってなに?」

「そんな焦らなくても、っていやいやウソっス、話すっス話しますっス! えーっとまず俺とリッターとの関係として、ヤツは身寄りのない俺を引き取って育ててくれた恩人っス、一応。今は国家反逆罪で国に追われてるあいつっスが、元はポリ公っス。だけど……アイツと過ごしてたら分かるっスよね? 正義感に妙にあふれて、人一倍お人好しのアイツが国家転覆を狙う訳ないって。リッターは国に嵌められたんスよ。政府の幹部連中がとある男を口封じしたとき、いつもの正義感で明らかに不自然なあの事件を追うようなマネさえしなければ……。バカっスよねぇ、あの時見捨てるモン見捨ててとっとと手を引いて知らんぷりさえしとけば、今でも警察の要職だったってのに。まぁそれでも突き進んじまうのが、リッターって男っスが」


 遣る瀬無い気持ちを振り払うかのように情けなく笑う男に、アスターは初めて元同居人という存在を知った時からの疑問を本人にぶつける。


「ずっと気になっていたんだけど、君はどうしてリッターの家から出て行ったの?」

「俺のことはロウディでいいっスよ。まぁ、当時少年期っスから単純な反抗心もあったっスよ。なんで俺ばっかりこんな目に遭わなくちゃいけないんだって。でもそれ以上に、俺の家族がどうしてああなったか、なんでリッターは濡れ衣を着せられたのか、それを知りたかったんスよ。リッターはあの通りっスし。家で養われてるだけじゃ、何も知ることは出来なかったスから。まぁでも家を出たことは今も後悔していないっス」


 言い切ったロウディに何も返せないでいるまま静かな時間が流れ、「じゃ自分はここで失礼するっス」とそのまま家が目視できる距離まで来ると、犬族の男はその場を後にしようとする。


「ロウディは、帰るつもりはないの?」

「合わせる顔なんて、無いっスよ」


 遠ざかる背中からそれ以上の言葉が返ってくることはなかった。


◇◆◇


 同時刻、ところ変わって薄暗い雰囲気のよく似合うBARでは、リッターが話を切ろうとしたところで呼び止められる。


「そういえばリッター、最後に君には話しておかなきゃならないことがあるんだ。……また新しい子を拾ったろ?」

「子供って年でもないような気がするが……。それが一体どうしたんだ、何か調べてあいつに不審な点でもあったか? ヘルフェン」


 立ち上がろうとしたところに座り直させられた狼男は、少し気まずげに元いた場所に落ち着く。


「まぁ確かに一切合切、何の情報も手に入らないって点では不気味なことこの上ないんだが……。それとは違って何だか政府の動きがおかしいんだ。もしかしたら狙われているのかもしれない。十二分に注意を払ってくれ」


 それを聞いたリッターは椅子を鳴らせて立ち上がる。


「なっ、何のためにあんな田舎で静かにしていたと思っていやがる! 今度は職だけに飽き足らず保護した奴を俺から取り上げようってのか……クソ政府め!」


 バンッと強く机を叩く姿を咎める者はこの場にはいなかった。


「忠告ありがとよ。心に刻み付けておくぜ、クソが!」


 最後に一つ当たり散らして去る黒色に、BARに残った客は憐みの視線を投げかけるのだった。


 店を出てから速まる足を抑えきれずにいつもより短い時間で家に着いた狼男だったが、帰った時間自体が元から遅かったためか既に明かりが家屋には灯っていた。安堵感に包まれたままドアを開けると、少ししてどたどたと足音がした後、真っ白で歪なまんじゅう頭が顔をのぞかせる。


「お、おかえり! ちょっと遅かったね! ば晩御飯もう作っちゃったけど大丈夫だった!?」


 様子のおかしいアスターに、早速政府に何かされたのかとリッターは眉間に皺を寄せる。


「……怪我を増やしてなければそれでいい、が、お前もしかして今日何かあったか?」

「なななななんにもなかったよ! うん、ボク元気!」


 手を弄りながらもあからさまに汗をかき目を泳がせる白色に、怪我人だということも忘れて黒色は掴みかかる。


「やっぱり何かあったんだな、何をされた!? 何を言われた!? どんな奴が来たんだ黒スーツのやつらか!?」

「あてて、いや別に……ん? 黒スーツ? あぁ確かに今日そんな人が来たなぁ。政府直轄の魔法士として引き抜きに来たみたいだけれど、興味なかったしそのままお帰り頂いたよ」


 そう聞いたリッターは体の力を一気に抜くと、「……そうか、なら良かった。怪我、悪かったな」と手をゆっくり放して居間に向かう。

 アスターはロウディから話を聞いたことがバレたのかと思い、更に情報を本人の与り知らぬところで聞いてしまった罪悪感から焦ってしまっただけなのだが、そのことについては何とかなったと感じて目の前の背中を追う。

 そしてリッターが少し力強く戸を開けた先には、用意された仄かに温かい食事が広がり、変なところでアスターの家事能力が向上していることを実感し先ほどの話による怒りも多少薄れる。


「先にメシ食うか」


 それに「そうだね」と答えた魔法士が当たり前のように料理の盛られた食器を一つ一つ触っていくと、出来立てと同じ熱、新鮮さを順々に取り戻したご飯の数々に、もうリッターは乾いた笑いを漏らす外なかった。


 食事中に知識や経験だけでなく、しっかり味や香りまでも美味くなっていることを一通り本人に褒めた後、全て片付けた机の上で二人は顔を突き合わせて一日の報告をする。

 普段ならくだらない雑談やリッターが集めた専門知識の披露、店の今後の予定や売り上げの報告、地域住民の話をする気軽な時間となっていたが、今日ばかりは重苦しい雰囲気が広がり、今後アスターが狙われる可能性、政府が何をしてくるか分からないことへの警戒について、よくよくリッターから説明される。

 対してアスターはロウディのことやリッターの過去を知ったことについては何も言えずに今日という舞台の幕は下りてしまった。


◇◆


 警戒が解けない数日間、毎日でなくとも高い頻度でアスターに姿を見せたロウディはその度に荷物を持ち、一緒に家の近くまで帰宅し、リッターに会わないようにコソコソ帰る日が続いた。


 そうする内に多少警戒心も薄れ、くだらない与太話をするまでにロウディと仲良くなったソレは家の明かりが消えていることを視認すると、その日の献立を頭の中で決めながら犬族に別れを告げ、浮遊車を引きながら家に入る、その瞬間。


「むぐっ、う、ヴー!」


 そういえば鍵を開けた覚えはなかった、と思うが早いか、意識をすぐに落とされた白色はぐったりと謎の男に抱えられ、静かに運搬された。 


 一方、外でアスターの微かなうめき声を聞き取り、そうしてやっと家の中に複数の知らない気配を感じ取ったロウディは、アスターを抱えた黒服の男が扉から出た瞬間に殴りかかる。

 しかし奇襲を避けられた上で後ろに付き添っていた他の男に硬質で黒光りする何かを向けられ、大きな破裂音の後に襲ってきた突然の熱と知覚したことのない痛みを肩に感じてその場に崩れ落ちる。

 必死にせめて男たちの足を掴んでやろうと血の流れていない方の手を伸ばすが、それも宙をかいて終わる。

 あとは必死に男たちが走り去る方角を睨むことしか出来なかったが、それすらも十数秒と経たずにロウディは意識を手放した。


◆◇


 「最近付き合いわりぃぞ、ちょっとは飲めやリッター」と普段情報を交換している知り合いをかわしていたせいで帰る時間が遅くなったことに加えて、妙な胸騒ぎを覚えて狼男は魔法を乗せた出せる最速のスピードで外れの森まで向かうが、迎えたのは不気味な森と冷たい家、血だまりに沈むロウディの姿だった。


「う、っそだろオイ! ロウディ! 生きてるか? まだ死んじゃいねぇか!?」


 急いで犬族の元まで駆けて寄った狼男は、相手の上半身を起こさせることでやっと相手が死には至っていないことに気付いた。


「は、寒い……。何でここにリッターがっててて」


 呻きながらも反射的に抑えられた肩を見て、傷口を確認しようと黒色が抑えた手をどかせる。


「待て、俺に傷を見せてみろ……、は、本当にくそったれだなぁあいつらは! こんなモンまで持ち出しやがって! くそ、クズ野郎どもが!」


 森を震わせるような怒声にロウディは耳を横に立てて呻く。


「うっ、リッター、耳が痛いってか傷口にまで響いて……って、あぁ! っつつ、違う、こんなことやってる暇なんてないんだ! アスターが!」


 すると先ほどとは一転して逆に強く肩を掴んでくるロウディを「分かってる、勿論そのまま放っておくだなんてできねぇ」と宥めたリッターは、一先ず高い確率で無駄になるとは思いながらもロウディを浮遊車に乗せ、急いで町医者の元へと向かった。


 着いた先の診療所が昼間と同じように開いていることは想像通りなかったが、この診療所が住居一体型になっていることに望みをかけて戸を叩き叫ぶ。


「夜分遅くにすみません! 緊急で診てもらいたい奴がいるんです!」


 辺りに響く声に申し訳なく思いながらも叩き続けると、徐にドアが開いて中からいつかお世話になった老猫の医者が顔を出す。


「なんだねなんだね、ご近所さんに迷惑じゃないか。うちには小さな孫もいるんだから静かにしておくれ」

「本当にすみません、でもどうしても診てもらわなきゃならないんです! 何卒お願いします!」


 最初は目を細めて相手を見ていた老人だったが、リッターの顔をよくよく見ると「あんたあの子の付き添いだった奴かね」と言うと一人頷き、続いてロウディをちらりと見、電気をつけて奥へ通す。


「ほら見せてみなさい。……あぁ、こりゃ酷い。命は守ってみせるが、僕の力で簡単に治せるとは思わないでね。それとそこの狼さん、あんた他にやることがあるんじゃないのかい? この子は預かってあげるから行っておいで、代金は後でいいから。大丈夫、僕の種族は恩をしっかり返すもんさね」


 言いながらも追い払うような仕種に一つ深い礼を返すと、リッターは少しでも後手を取った分を取り返そうと息を吐く間もなくその場を去った。



そろそろ遅れが出るかもしれません、よろしくお願いいたします。

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