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巡りに廻りて  作者: 啄木鳥
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日常 四話


夕日も山に身を隠し、空には心許ない茜色が残る頃、アスターは朝と比べて大分風の通るようになった店内をぐるりと眺めて、売上金を一旦リッターに渡すべく肩掛けのカバンに仕舞うと扉に鍵をかけて外に出る。

 窓には商品を鋭意製作中、次の販売は明後日になります。といった内容の紙が貼られており、それらに不備がないかを確認するとその場を後にし帰路につく。

 すたすたと村を横切り、そろそろ周りの家の数も少なってきたところで物陰から聞き覚えのない声が掛けられた。


「よぉ、あんちゃん。アンタ、今日から店始めたんだって? このド田舎で。それもたーっくさん商品が売れて、懐はあったかそうっスねぇ?」


 見知らぬ人がこの時間にこんなところで話しかけてきた時点で不審に思ったアスターは後退る。


「……まぁぼちぼちといったところだよ。悪いけどボク早く帰らなくちゃいけないから、ごめんね」


 ちょうど前を遮るように立つ、陰になっている男の脇をすり抜けようと会話もそこそこに足を急がせるが、そうはさせるかとソレは力強く突き飛ばされ盛大に尻餅をつく。


「あてっ。つつ……」

「御託は良いっス、とっとと金を出せば痛い目に合わず直ぐ済むんスよ」


 相手は逃がさないとばかりにこけた白色を縫いつけるように跨ぐと、うっすらと出た月明かりに晒されて、そこそこ長身瘦躯の犬族が姿を現す。

 不運なことに周りには仲間であろうニヤついた柄の悪い男たちがどこからか出てきてアスターを取り囲む。


「だめ、これは、わたせない! 少しでも恩を返さなきゃ」

「うっさいっス! さっきも言ったっスよねぇ! 無駄口聞いてる余裕なんてあるんスかぁ?」


 途端跨いでいた内の片足が持ち上げられると、ぐりっと脇腹を強く踏みにじられる。


「ぁぁあああっっ、ぐっ、ったぁ!」

「ほーらほーら、はやく渡さないからこんな目に遭うんスよ、馬鹿っスねぇ!」


 リーダー格の男が顔に薄く笑みを浮かべると、周りのゴロツキもゲラゲラと笑って囃し立てる。

 元より体の強くないアスターの視界が涙で滲み、段々白く染まってくると意識の遠くから鈍い音が立て続けに聞こえる。それも一回や二回ではなく、中には何か芯のあるものがボギッと折れる音や重いものが地面に倒れたりする音、うめき声、自らを鼓舞するような叫びが視認できずともアスターの周囲を移動するように耳に届く。


「ぁがっ、だ、れ……?」

「悪い、助けるのが遅れた! 今はそこに転がってろ、直ぐに終わらせて連れて帰ってやる!」


 毎日必ず聞く耳に馴染んだ声に、安堵感から思わず堪えていた涙を抑え込めず嗚咽を漏らしだしたアスターに「うぉ!? ちょっと待てそんなに痛かったんだな!? あとそこの大馬鹿野郎一人で終わるからもうちょい辛抱してくれ!」と普段はない焦りを見せる。


「っそ、そんなの、聞いてない、っスよ! なんでここにリッターが……!」


 既に数回分の殴打をまともに食らっていたリーダーが、息も絶え絶えに二人のやり取りに割って入る。


「っああ!? それはこっちのセリフだロウディ! まさかどっか行ったと思ってたらこんなところでチンピラやってるたぁなぁ! その根性叩き直してやる!」


 どれくらい相手を叩きのめしたら止まるのだろうかとアスターが考えるほど怒りを目に宿したリッターを見て、ロウディと呼ばれたリーダーは思わず及び腰になり、逃げる機会を窺い始める。


 数秒の間が何十分にも長く感じられるほど、二人は相手の隙を突こうと一挙手一投足に集中するが、その流れを読み切ったのは大したダメージも受けていなく、より経験豊富な狼であった。

 一瞬犬が左目の瞼を図らずも痙攣で落としかけた瞬間、顎に狙いを定めた拳が的確にヒットする、その直前。


「もう、いいから早く帰ろうよリッター。これ以上やっても多分意味なんかない」


 完全に体を横倒しにしたままの白色が声を掛けることで、数ミリの間隔を残して風のみが相手の顎を強く撫でつける。これが決まっていたら数メートル飛んだうえで何時間かそこに寝かされることが容易に想像できた力強さに、緊張の糸が切れた犬はその場にへたり込む。それを恐ろしく冷たい目で見下ろした狼男は、アスターを背中に負ぶると最後に一瞥して残りの帰り道をゆっくり喋りながら歩く。


「お前、あのバカを助けるために俺を止めたろ」

「あんな勢いとこの気温だと流石にちょっと危なかったし。……それにあの人が前の同居人さんでしょ?」

「……だから何だってんだ。大体お前被害者だろ、相手の事心配してる場合かよ」


 黒色の鋭い指摘に白色は思わず苦笑いを浮かべ、歩く僅かな振動にも感じられる痛みに呻くと、「言わんこっちゃない」と呆れられるばかりだった。 しかしそれ以上本人を非難するような言葉は出ず、会話を必要としない穏やかな空間が残るのみだった。


 本当の鬼門は怪我と汚れを洗い流す風呂で受けた、二度目の洗礼だったのかもしれない。


「あいっっっっっっったーーーー!!」


◇◆◇


 昨晩は傷の応急手当とその日一日の商売の様子、売上、今後の予定を決める話し合いを早々に終えて、怪我人であるアスターのために早く二人は床に就いた。

 その翌日になれば簡単な日課をこなして、怪我の具合が悪くなっていないかの確認に町医者へと出かける準備をする。


「なんか、リッターはいつもと全然違う服装だね」

「そりゃ変装だからな。向こうでは俺のことをリッターと呼ぶなよ」


 普段はしないであろう服装の変化にしげしげと眺めたアスターが呟くが、反対に心穏やかではなさそうなリッターが着慣れない服に難儀する。やっとのことで準備を終えると、二人は目的地に歩き出した。

 アスターは相変わらずなので背負われたままであるが、むしろ体型の良いリッター一人の方が進みは速かった。雑談を挟みながら個人経営の診療所に辿り着くと、声すら変えてリッターとは違う名前の証明書で受付の対応をした黒色は、白色の付き添いとして経緯も交えつつも老猫の医者に怪我の状態を見てもらう。


「うわぁ、これは大層なもんをこさえたねえ。勿論ちゃんと治るし、早急な対応を必要としてるものでもないけど、すごい痛いでしょ。そもそも出来ないと思うけど激しい運動は絶対駄目ね。痛み止め出しとくから、切れたらまたおいで。治癒魔法は使える?」

「使えないこともないですけど、レベルの高いものは無理ですね」

「あぁ、別にそこまでは求めてないよ。ちょっとずつ自分でも治せたら早めに痛みは引くからね。それと腫れもまだまだ酷くなるから、氷魔法も使えるなら使ったほうが良いかな。苦手だったらそういう触媒を用意したほうが良い、実際の氷でも問題ないよ」

「分かりました、留意します」


 思ったより簡素な結果に安堵の息を吐き、リッターの変装の件や仮にも怪我人がいることを考えて狼はすぐ部屋を出ようと動くが、そんな事情は知ったことではない医者は瞳孔を広げて更に呼び止める。


「あれ、さっき聞いた襲われた商人の話って……昨日話題になった人?」

「かもしれませんね、確かにボクは昨日から店を開き始めましたから」

「そうかそうか、いやあ魔法がこう発展していくと、僕の仕事も無くなっていくねぇ。医療従事者としては喜ばしいばかりだけど、商いから見ると辛いばかりだ、ははは。昔は科学分野の医療が強くて、専門知識を持った医者は好待遇だったみたいだね。今は一度消えかけて後退した文明より魔法医療の方が才能さえあれば問題ないから、僕らもなんて顔をすればいいのやら」


 大仰に両手をあげて首を振り、諦めたように笑って尻尾を振る老齢の医者に狼男は早く部屋を出ようとソレの腕を軽く引っ張るが、ビクともしなかった。


「お医者さん、それ本当? 科学医療の後退って? 人工呼吸器とか電子内視鏡、CT、MRIとかは?」

「おぉ? 君はそういった分野に精通する科学医療の歴史学者か何かかね? 今の言葉に全く僕は聞き覚えがないんだが」

「人工臓器とか……」

「それは医療用魔法生物の仮性臓器のことか?」


 今まで数度だけ見たことのある焦り具合に、これはアスターの記憶と自分たちの歴史の重大な相違点だと気付くリッターだったが、これ以上の質疑は相手に要らぬ懐疑心を抱かせる、と強制的に話を横から打ち切らせてもらう。


「それ以上の興奮は傷にも響くし、そろそろ戻ろう。まだ家に帰ってやることもやれることもある」


 待ってよ、とあれだけの怪我を負っている人とは思えない膂力で引かれた腕を押し戻すが、これ以上の時間は掛けられないと判断したリッターによって抱え上げられ、白色は何の抵抗も出来なくなる。


「それでは先生ありがとうございました」

「え、あ、うん、お大事にね」


 尚もじたばたとソレは体をバタつかせるが、しっかり抑えられては為す術もなく途中の受付での精算を挟んで家まで運ばれる。そしてやっとの思いで居間の定位置に腰を下ろすと、暫く無音が空間を支配するが、耐えかねた狼男が口を開く。


「――悪かった、お前の記憶を繋ぎ合わせる邪魔をしちまった。言い訳になるが、そう分かっててもあれ以上医者に不信感を与えるのはデメリットが過ぎるんだ、すまねぇ。せめて俺が科学医療分野の知識を持っていて、最初から伝えられたらよかったんだが」

「……こちらこそ、ごめん。無理を通そうとしたのはボクの方だ、リッターは悪くない。それにそこは君の領分じゃないって知ってるから。ただ、そうなのか、僕の所有知識量とここでは大分差があるようだし、今後は気を付けなくちゃ。――色々と」


 そしてまだ帰宅してもなお日が高いのをいいことに、二人は新たな魔法具の開発や複製品を続々と生み出す。

 本来ならこの時間リッターは別の用事でどこかに出かけているが、今日ばっかりはあまり身動きのとれないアスターを補助するために家に残った。もう一つの頭脳が加わることにより、もっと需要のある商品を考える二人の試行錯誤は、夜になって明かりをつけなければ視界が闇に覆われるその時まで行われた。 その後はいつもと同じように夕食をとって風呂となったが、アスターは眠る前に色んな布から鉄に至るまでの様々な材料を目の前に広げると、頭を捻りながら魔法の観点から普通の工作作業の視点から、散々悩んで二つのシンプルな約束を作り出す。


「うん、こんな感じだね。これならきっと思った以上の効果が生み出される」


 自分で一から作り上げたブレスレットは魔法も普通の既製品よりよく馴染み、渡すための小袋に二つをしまうと大切そうに枕元に置く。


「今日はよく眠れそうだ」


 部屋の明かりがふっと掻き消えた。


◇◆◇


  明くる朝、大量の魔法具を荷車に並べた包帯巻きの魔法士は、元気よく荷車にかけられた魔法を発動させると紐を引っ張って連れ歩く。浮遊魔法が込められたそれは何の抵抗もなく引かれ、怪我人が扱っても一切の問題もない程の軽さを持って主人を助ける。

 そのために上に所狭しと並べられ、総重量は何百キロだとも思われる道具たちも揺れでお互いを打ち合わせて音を立てるようなこともなく、行儀よく車の上に鎮座したままだった。

 そのまま歩くこと数十分、通り掛かる人に既に愛想よく挨拶されながらも仕事場へ到着する。

 着いて早々売り物を各売り場に陳列していると、後ろに大小二つの影が立った。


「魔法士さん、こんにちはー!」

「初めまして、魔法士さん。どうもうちの息子がお世話になっていたようで……」


 振り返るとそこには、この前の少年と少年によく似た模様の猫族女性が立っていた。


「おや、おはようございます。すみませんね、このような恰好で」


 アスターの格好は目覚めた最初の日以外変わらず白衣であるのだが、形式に則って下げられた頭に「いえいえそんなことは」「いえいえ」と何回か応酬が続く。

 流石にこれ以上は失礼にあたるというところまで来ると、店主は背筋を正して親子に笑いかける。


「それはそうと、出来てますよ、例のもの」


 「ほんとに!?」と目を輝かせる少年を丈が二メートルはある長方形の箱の前に連れて行くと、持ってみるように促す。


「……ふっ、ぐ、ぬぬぬ!」


 勿論見た目通りの重さを持つ箱はピクリとも動かず、ぜぇぜぇはぁはぁと息を荒くして両膝に手をついて尻尾を揺らす少年に、今度は白衣から小袋を出してその中のブレスレットを取り出し、装着させる。


 少年は唾をのむと、再び向けられたアスターの視線の先、その強大な箱の前にもう一度向き直り、両手をいっぱいに伸ばしてやっと箱の側面に届く手に力を入れる。


「ふ、……うおりゃぁあ!?」


 一つ吐かれた息の後の、気合を込められた声が途端に驚愕に染まる。少年の隣に立っていた女性もはっと息を詰めると、口に手を当てて両目から涙をあふれさせ、それを見た製作者は満足げに笑った。


「……できた! できたお母さん! ぼくにも魔法が使えた! 魔法士さんありがとう、ほんどうにありがどぉぉ……」


 箱を持ちながら濁点交じりの涙を流し始めた少年に、危ない危ないと己の魔法を使って箱を下ろさせたアスターは少年の頭を優しく撫で、親子は嗚咽を漏らしながらゆっくりと抱き合った。

 そこに優しい空間が生まれて少し、開店時間が近くなると親子は魔法使いに向き直った。


「私の大事な息子に夢と希望、そして力を下さって、本当に、本当にありがとうございました。どうしても仕事のために来られなかった夫の代わりに、精一杯の感謝を私から伝えさせてください」


 そうして渡された金額は最初に伝えたものの三倍はあった。


「うぇっ、奥さん金額が違いますよ、こんなに受け取れません」

「いえ、本来はこれだけでは済まない代物だということは重々承知しています。せめてもの気持ちです。お受け取りください」


 一切引き下がる様子を見せない母親に、アスターは先程の小袋を引き換えに渡して折れる。


「そ、そこまでいうなら……。うぅ、すみません、ありがとうございます」


 受け取る魔法士を見てにっこり笑った母親は、店の前に開店はまだかと待つ客に気付くと息子を連れてその場を去った。一緒に店を出たアスターは、ドアをいっぱいまで開くと大きく声をあげる。


「さぁさぁ、ヴァイス魔法具店の開店ですよ!ゆっくりご覧ください!」


このペースを維持できるかは謎です!


まだ大丈夫でした!

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