日常 三話
「ただいま、遅くなって悪かったな。早速で申し訳ないが、晩飯食いながら今日の成果報告会としよう。おせっかいな奴から新鮮な魚ももらえたし、こいつを今日は焼こうか」
狼男がギィ、と扉を開けたことで、やっと家主の帰りとそれまでの時間の経過を把握したソレは、少し驚きながらも駆け寄ってリッターの荷物を受け取る。
「おかえり、もうこんな時間になってたなんて気付かなかったよ。……魚って一体、君どこまで行ってきたのさ」
「役所と、仄暗い場所をちょっとな。まぁ大したもんじゃない。それより晩飯の用意を手伝ってくれ」
はいはい、と言いつつも二人は移動し、着いた先の台所で食品を仕分けることでやっと料理にとりかかった。
しかし作る手際は日に日に良くなり、所要時間も短くなって終わる。
今回は魚の捌き方を見せたのと、慣れによる短縮で調理をした時間はとんとんといったところだが、あまりの知識吸収力に狼男は魔法士の才能を空恐ろしく思いはしたものの、あえて何も言わず食卓についた。
「最初に報告は俺からしていこう。まぁ荷物を見てたから直ぐに分かったとは思うが、まずは食料品の調達、次に道具の調達、三つ目に商売の許可状の調達、最後に情報のやり取りだな。そっちはどうだ?」
「他の魔法具を作ってみたり、ちょっと実験してみたり、まぁその辺かな、多分見たほうが早いけど。とりあえずはお風呂だね。魔火石だと色々効率が悪いから、魔電石の電気エネルギーを抽出したり熱エネルギーに変換したりすることで、消費する石の量が三分の二から半分くらいまでには減ったよ。こっちのほうが持続時間は長いし、温度も自分ですぐ上げ下げ出来るんだ。ちなみにリッターはどれくらい魔法が使えるの?」
指を折って行動内容を報告する黒色に比べて、マシンガントークを繰り広げる白色に気圧されながらも狼男は自分の力不足を見せたくないように小さく答える。
「……日常魔法が使えるレベルだよ。まぁ、他にマシなのは遅延魔法くらいか……」
しかしそんなことは気にせずに、アスターは嬉々と答える。
「それなら良かった! 一応全く使えなかった時のためにこれも用意してたんだ」
そういってグローブや細い棒状の杖のような物を白衣から取り出す。
「なんだこれは」
「これは魔法適性が無い人でも魔法具が使えるようになる、いわゆる補助魔道具だよ。お風呂は壁のパネルと下の魔石を入れるスペースが連動させてあって、温度調整がしたい時はパネルを操作することになっているんだ。でも魔力適性が無い人は触れても反応しないんだよね。その時にこの補助魔道具を使うと、決められた魔法にだけ反応して魔力が無い人も適性が無い人も魔法を行使することができるんだ。こんな感じで色々改造したり発明したりしてみたんだけど、ダメだった?」
声の最後の方では窺うようにこちらを見ていたアスターに向けて、リッターはニッといい顔でサムズアップする。
「やっぱすげぇんだな、アスターは。常軌を逸したことを平然とやってのけちまうんだからなぁ。おかげでやれることがまた増えたな。それに魔電石は色んな理由から魔火石に比べて値段も安いしな。全く有難いことさまさまだ。とりあえず明日は俺が指定したものを複製する作業をしてもらう。俺はまた情報交換と他の物品調達に出かけるが……。問題無いな?」
首を縦に大きく振るソレを見て、家主も満足そうに一つ頷いた、が。
「そういや、なんで風呂を一番に改造したんだ?最近料理の方にハマってる気がしたんだが」
「お湯に噛まれる経験なんて一度でいいの」
「悪かったって!」
と恨めし気に見られ、却って自分の不利な状況に自ずから遭うのであった。
そんなこんなでその日は終わり、翌日は決められた予定通りの一日となった。
そのさらに次の日、狼男は朝も早くにソレを捕まえると、一通りの日課をこなした後に言い放つ。
「悪いが明日は昨日一昨日で作った製品の売り込みに行ってもらうぞ。お前は隣町から来た魔法士で、修行を積んでいる最中であり、今はその成果の一部を形にして売り出しているという設定だ。なに、トラブルがあったら俺が助けてやるし、あの村は平和ボケした老人ばかりだから、そう気負うこともねぇ。ガキみたいな感じで売りこみゃ最低でも話は聞いてもらえるが。いけそうか?」
「……わからない、けどやってみないと始まらないし、やれるだけのことはやってみるよ」
じっと目を見つめて問うリッターを、同じように見つめ返したアスターが不安を隠し切れないまでも答える。
「頼んだぞ」という言葉を皮切りに、二人は初めての商売の準備を始めた。
◇◆◇
運命の当日、幸先よく天気は快晴となり、アスターは用意された敷地で並べられた商品を横手にそれぞれ商品の説明、利点を何度も脳内で復唱する。
するとその内、寂びれた村での見知らぬ店が目新しかったのか、しげしげとこちらを見つめたり、興味深げに観察している者たちが出始めたことに気付く。
「やぁやぁはじめまして、こんにちは! こちらで新規の店を開くことになったヴァイス魔法具店です! 見るだけでも結構ですので、興味のある方は是非お立ち寄りください!」
精一杯の大声で呼びかけると、一人の好奇心の強い者がおずおずといった風体で近寄る。
「ここはどんなものを取り扱っているんだい? 魔法具店と聞いたが」
「ボクは今修業中の魔法士ですので沢山の種類がある訳じゃありませんが、とりあえず魔法石を簡単に小さく分けられるシャベル、重くて大量な物も楽に運べる浮遊車、単純なエネルギー使用なら魔火石より効率よく使える魔電石変換装置などの魔法具が置いてありますよ。他にもお望みの品や聞きたいことがあれば何でもどうぞ」
元気よく答える白色に、老人はなら、と続ける。
「そいつが本当ならすごいものだが、今試しにその性能を見せてもらっても?」
「勿論!」と答えた店主はいったん店に入ると、木樽に入った魔石の塊を車輪を地面から数センチ浮かせた車の上に置いて持ってくる。そうしていつかと同じようにシャベルで砕く。
二、三回突き立てたころには、周りに少しできていた人だかりも次第に距離を近くし、おぉ、と僅かながらの歓声が漏れる。
「それではあなたもどうぞ、試してみてください!」
魔石を砕いていたかと思うと、いきなりアスターからシャベルを差し出された老人は最初手を突き出して断っていたが、周りの視線とさぁさぁというアスターの笑顔でしぶしぶとそれを受け取り樽の前に立つ。
もしもあれが力任せで、本当は硬かったらどんな衝撃が来るんだろうという恐れから、ゆっくりとシャベルが樽に入れられるが魔石は抵抗することなくがらがらごろごろと分解された。
「なんと! 見た通りの柔さとは……」
周囲のどよめきに隠されるようにして老人の驚嘆の声が漏れる。
群衆の中からは、「俺も試してみたいんだが」「あら、それは私にも出来るの?」といった声があがり、アスターは色んな方向から掛けられる声に気圧されたもののどうにか踏みとどまり、「ではこちらに並んで試してみてください!」と誘導した。
「そういえば、魔石はそんなにサクサク崩れるのに、木樽はどうして壊れないんだ?」
そんな村民たちの中から一つの疑問があげられ、同様の謎を抱えていた他の客たちも一斉に店主へと視線を移す。
「そ、れは、魔石に対してのみ反応する魔法式が掛けてあるからですよ。ある程度の硬さのものは全部壊せてしまうモノも作れないことはないですが、もしもそれが生物に向けられるようなことがあったら大事ですから。セーフティのように制限が掛けてあるのです。でも全ての魔石は壊せますし、岩族の方には反応しないものになっていますので、ご安心ください! そもそも、一介の修業中の魔法士がそんな大それたものを作ることができる筈ないじゃないですか、あはは」
気軽に笑う店主にそうかそうだなと納得する空気が流れ、これだけの実力を持ちながらも幼く、驕りもしないアスターに客は不思議な気分に陥るが、嫌悪する気配は感じられなかった。
そうして残りの商品の説明を終える頃には次第に一人また一人と購入を求める者が現れ、数多く用意した物品も残りわずかとなった。
まだ随分と日が高いのにも関わらず、予想以上の売り上げを出してしまったのでソレは店を一旦閉めてしまおうかとも考えたが、、売り切るまでは止めておこうと結論を出していると横から不意に白衣の袖を引っ張られた。
「おっと?」
「ねぇ、魔法士さん、ぼく生まれつき魔法のテキセイがないんだって。もう一生使えない魔法具に囲まれて生きることになるのかなぁ。ぼく、そんなのイヤだよ……」
喋るにつれて涙を滲ませる猫族であろう少年を、アスターはじっと見つめる。
「こーら、そんな簡単に泣いてちゃ涙の価値が下がっちゃうよ、ボクみたいに。安心して、今日は危ないかなと思って売ることはしなかったけど、ボクの取り扱う商品の中には君みたいな子にぴったりなヤツがあるんだ。確か、今日は一応一つだけ持ってきてたような……。そうだ、これこれ」
話している最中に少し席を外した店主は、店の奥から薄手のグローブを一枚持ってくると少年に手渡した。
「ほら、これを着けてみて」
言われたとおりに手袋をはめると、少年は更に差し出されたシャベルを受け取る。
思わず少年が製作者を窺い見ると、元から歪んでいる口の端を吊り上げ、不器用に笑いながらも奥に仕舞ってあった新しい木樽を浮遊車に乗せて持ってきて、指さす。
お膳立てされた少年は一つ頷くと、慎重にシャベルを構えて勢いよく振り下ろし、辺りにはゴッと鈍い音が響き渡った。
耳をピンと立たせた少年が目を開けた先には底まで突き立つシャベルがある。
「……やった、できた。ぼくにも、できた。出来たんだぼくも!! わぁ、すごい、すごいよ魔法士さん、ありがとう! 本当にありがとう!」
声を弾ませ自身も飛び跳ねさせるその姿に、アスターは唯々顔をほころばせた。
「よかったね、本当に。このレベルなら君はまだ全然生きていけるさ。そうだねぇ、ずっとボクがここにいられるとも限らないから、君に今度特注品をあげよう。また今度ここにおいで」
「え!? また来てもいいの!? 絶対来るよ! でも、高いお金を払えるか分からない……」
耳を倒し、項垂れて先程の元気さを失わせてしまった少年に、ソレは考え込む素振りを見せた、が。
「うん、いや別にお金は今日で大分稼げたから、取らないことにしよう。次のもね」
「いや、それはだめだよ! 魔法士さんに失礼だし、カチがおちちゃう……?って。だからちゃんとお金は払うよ。ただ、全部はらえるのがいつになるのか分からないから、そこはゆるしてほしいんだ……」
必死にアスターの才覚や優しさを貶めないように語調を強めたものの、自身が現実に落とされそうになる少年に白色は笑みを抑えられなかった。
「ありがとう! でも大丈夫、ボクは何とでもなるから。料金は……そうだなぁ、じゃあ二つ合わせて一つ分の値段にしよう。価格はあそこのシャベルと同じ。それで良い感じになるかなぁ。それと、このことは両親とかに言うのならいいけど、あんまり他人に言い触らしちゃダメだよ? 使用できる魔法については、強大な魔法でも魔法具なら使える程度にするけど、他所様を傷つけることは出来ないようにしてあるからね、気を付けて。さて、どんな形だったら長く使いやすいかなぁ……アクセサリーとか?」
ぶつぶつ独り言を始めた魔法士に少年はおずおずと提案する。
「じゃあ、うでにまくやつとか……?」
「ブレスレットみたいなものかな……。それにしようか。予備にもう一つと、大きくなっても使えるようにサイズ変更の魔法もかけておくね」
わかった! ありがとう! と感謝の言葉を叫んだ少年は、大きく手を振って自分の家に駆けだした。
それに手を振り返し、ゆったりと視線を戻した店主は最初の客の噂を早速聞きつけて来た第二波を引き攣った顔で見た。
同じペースで次話投稿できました!
すこし少年の描写を足しました。