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巡りに廻りて  作者: 啄木鳥
2/7

始まり 二話


 白かった地肌が熱湯によって赤みがかかった桃色に染まった頃、二人はようやく居間にて顔を突き合わせて話ができるようになった。


「お湯が噛みつくってああいうことをいうんだね。初めて知ったよ」

「悪かった、俺が悪かったよ! 種族的に温度高くしちまうの忘れてたんだよ! だが仮にも俺が助けてやった形なんだから許せ!」


 どこか遠い目をしていたソレに、どことなく申し訳なさそうにしながらも片手で頭を押さえて狼男は吠えるように答える。


「そんな風に責めるつもりは無かったんだけど、」


 雨の影響で下がった気温により、お風呂を出た直後から薄桃色になりかけているソレが尚も言い募ろうとするが、もう続けさせないとばかりに男が先に片手で制して言葉を続けさせない。


「この話はここで止めにしようぜ。なぁ、うん、それよりもっと大事なすべき話があるだろうよ。まずお前の名前は?」


 そう質問を投げかけられると、先ほどまであった表情をすとん、と落とした白色が顔を俯かせる。


「……ない」

「あぁ? ナイ? ……いや、名前が無い?」

「……わからない」


 聞こえてきた蚊の鳴くような声に男は疑問符を頭上に浮かべ、更に続いた返答に目を細める。


「出身は? どこから来たとか」

「……わからない」

「お前、結構面倒くさそうな生い立ちみたいだな」


 語る言葉こそ刺々しい印象を持たせるが、それらの想像に反して男は拒絶の意思を見せなかった。


「じゃあ、根本の答えが全部一緒なら、逆に聞こう。何なら知っているんだ? 見た目からいうと……つるつるで真っ白の肌、左右で眼の大きさが違う上に、無理に縫ったような口、頭身の低さ……人形族の者か? その中から更に細分化してはいくが」


 次に顎に手を添え、首を傾げて尋ねる相手に応えようとソレはじっと質問を聞いていたが、言葉が進むにつれ拳を固く握り、最後の問いに激情を見せて食ってかかった。


「違う! ボクは人間だ! ニンゲン……、そう、正真正銘の、人間……」


 しかし勢いは直ぐになくなり、肩を落とす。

 まるで自分に言い聞かせるように、自分しかそのことを信じていないかのように。


「――にんげん? 人間だと? お前、人間なのか?」

 

 男は茫然として一瞬の空白が生まれたが、すぐにそれどころではないとばかりに昔の記憶を引き出しながら喋りだす。


「人間……大昔にいたとされる俺ら生命思考体全員の祖先だろ? ただ突然発生した新型の人殺しウィルスと魔力の大暴走が重なって大多数が滅亡、辛うじて生き残った奴らが先の魔法の余韻もあって、絶えず種として進化し、変化することで現在の命があるって幼い頃に学校で習ったぞ? その過程でニンゲンは絶滅したと聞いたが、それは知っているか?」

「人間が、絶滅? ……知らない、聞いたことがない、え? 人間が絶滅? そんな馬鹿な、あんな殺したところでそこら中から湧いて出るような存在が絶滅とか……。君には悪いんだけど、とても信じられないよ」


 今度は反対に唖然とする立場に追いやられた白色だが、先ほどよりも短い時間を黙り込むだけで、再び口を開いた。


「……そうか、まぁ絶滅したならしょうがない。今ここで行動を起こしても何か変わるとは思えないしね。悪いんだけど、この場所のことから種族、歴史や現在までを教えてもらってもいいかな、えーと、あれ、あの……」


 ソレは先ほどの理解不能といった苦悩の感情から、あまりにもけろりと現在への適応を図り始めた。

 その変わり身の早さと、ついぞ変わらぬ本人の天然性とのアンバランスさに苦笑を隠し切れずも、黒色は求められた答えを予想して口に出す。


「俺の名前はリッター・エーデルフだ、リッターでいい。この国について教えてやるよ。こんな脛にキズ持ってそうな奴のところでいいなら、ここに住んでもいい。但しそれなりの対価は勿論頂くがな?」


 あくどい笑顔を浮かべるリッターに、白色は一切の不安を混ぜない声で陽気に返す。


「ありがとう! 精一杯恩を返させてもらうよ。とりあえず、何でもいいから困っていることはある?」


 疑いのない眼差しを受け、直ぐにでも立って行動を起こそうする相手を再び手で押しとどめる。 


「待て待て、そう急くな! 第一今日は夜も更けてきたし、いの一番からお前を無理に働かせるつもりはねぇよ。人には得意不得意ってもんがあんだろ? まぁ簡単に色々やってもらって、お前の得意を見つけてからの出世払いで構わねぇよ。……そういや、最初見たときから気になってたんだが、お前の着ていた服……、あれは白衣だよな? 医者か科学者か何かだったのか?」


 ソレの入浴中に魔石を使った洗衣装置で洗われ、隅で部屋干しされている衣服が指さされる。


「……専門家じゃないけど、生物の体構造はある程度分かるよ。でも治療行為はそこまで出来ないと思う。科学者は……、どうだろう、確かに色んな専門知識は持ってる、と思う」

「わかった、明日はその辺から攻めることにするか」


 簡潔に明日からの予定を脳内で決め、黒色はうんうん悩んでいる元行き倒れを横目に見て今やれることを考えようとした。

 が、ぐぅぅぅ……という大きな音が完全に思考を遮る。


「っぷ、はっはははは! そうだな! 無駄に考えるよりまず飯を食う方が先だったな!」


 音の発生源は身を丸め、元の色に戻っていた肌を再び薄桃色に戻して恥ずかしげな声で呟いた。


「ごめん、お願いします……」


 そうして「俺に小難しいモンは出来ねぇからな」と言いつつも、ソレの拙い手伝いを受けて作られた暖かい料理を二人は会話をしながらも食べ終えた。

 寝る前にノートとペンを持って軽く歴史を教えて貰うと、ソレは比較的新しい小さめの布団を借り、二人は早々と就寝したのであった。


◇◆◇


 翌朝、ソレは周囲に響く甲高い物音で目を覚ました。音はどうやら外から聞こえているようだった。

 迷惑ばかりをかけてはいられない、と枕元に置かれている存外几帳面に畳まれた白衣に袖を通すと、白色はとったとったと外に出た。 


 その先では塊で購入されたであろう魔石の原石を割り砕き、別の入れ物にせっせと移している黒獣の姿があった。

 わざわざ挨拶をするまでもなく、リッターは近づいてくる影に気付くと片手をあげる。 


「おはよう、いい時間になったら叩き起こそうと思ってたからな、まだ寝てても良かったんだが。それとも何かあったか? 飯の時間まではまだ早いぞ」


 それに白色は昨日のことを思い出し、若干羞恥心から白色が変わりかけるが、さっと頭を振ると同じように片手をあげて応じる。


「おはよう、別にお腹が減ったわけじゃないよ、目が覚めちゃっただけ。ところで何かやれることは?」

「あー……、すまん音で起こしちまったか? わりぃな。まぁ今すぐやれることは特に無いんだが、まだお前は家の構造すら知らないだろうから、とりあえず中を散策して来い。そんで、興味が引かれるものや得意なことを見つけたり思い出したら俺に報告だ。タイムリミットは俺が台所に立つまで、ほら行ってこい!」


 しっしっと手で追い払う仕種の後、再び作業に戻るリッターに踵を返したソレは「もう一つ考えなきゃいけないことがあったな……」という声を背に返事一つを残して家を練り歩くこととなった。


昨夜話をした居間を始め、各所を見て物の位置を確認し、自分の脳内で視認した物の詳細を今一度思い返す。

 そうして思い出せる情報量の違いを見て、詳しい知識を持つかどうかの差から過去の自分を分析した白色は、出して不都合のない物品を居間の片隅に集め終えた頃、聞こえてきた音を頼りに台所へ向かった。


 昨晩のソレは危ない手つきだったのにも関わらず、今朝はより慣れた動作で料理を手伝い二人は朝食を作り終えた。 


「お前順応するのやっぱり速ぇな。昨日はコイツに包丁は持たせらんねぇ、と思っていたが、今日は簡単にだが扱えていたもんな」


 朝食をとっている傍ら、リッターは少し感心した風に会話を広げる。


「そんなことないよ。作る朝食の種類自体難しい物じゃなかったし、昨日君の手つきとかよく見てたから」


 あくまでも(へりくだ)る相手に、そんなもんかと零しながらも狼男は思い出したかのように声をあげた。


「あぁそうだ。あんまりお前お前って言ってても楽しくはねぇし、思い出せねぇまんまっていうんなら思い出すまでの仮の名前があったほうが良いと思ってたんだ。お前自身は要望とかあるか?」


 口には出さないが、ふるふると横に振られる頭を見てぐるる……と一度低く唸った家主は、ぱっと顔をあげて張本人と目を合わせた。


「Aster……アスターはどうだ?」


 その言葉を聞くと、名無しというレッテルを持つが故だった表情が一転した。


「……いい、すごく良いと思う! しっくりくるよ!」


 思わぬ反応の良さに言った本人がたじろいでしまったが、キラキラとしたアスターの笑顔を見ると、リッターもつられて口の端をニッとあげる。


「Asterってのはとある花の名前でな、前の同居人が感謝の気持ちつってちょこちょこくれたやつだったんだ。気に入ってくれたようなら何よりだ」


 その言葉に、アスターは喜びを上回った疑問に首を傾げた。


「前の同居人って?」

「ん? あぁ、別に特別話すことでもねぇと思って黙っていたんだがな。前、ちっと特別な事情でガキを拾ってな、育てることになっていたんだ」

「今その子は?」

「さぁな、悪ガキになっちまって家飛び出しちまったから。今はどうだか分かんねぇよ。生きるに困ったら帰ってくるだろうがな。ま、こんな話ばかり広げなくていいんだ。それよりお前のほうが大事だろ、今は。何か思い出したり、できそうなことはあったか?」


 そういわれてハッとした白色は、部屋の片隅に置いていた物品を腕に抱えて目の前に差し出した。


「これらが怪しいかも。試してみたいこともあるんだ、何か今思いつくことで不便なことはない?」

「そりゃこんな片田舎だから不便なことしかねぇけどよ、今って言われると逆に困るな」 


 暫く頭を悩ませ、食器を全て片付けた後にやっと一つの案が出された。


「そうだな、今朝もそうだったように魔石自体は簡単に手に入るが、それを使いやすく砕いたりするのが面倒だ。だがその程度で一々馬鹿高い魔法具を買うのもアホらしいもんだが」


 そう聴くと、アスターはきょとんと目を瞬かせた。


「それだけ? シャベルは改造してもいい?」 


 え、あ、まぁ、という生返事を聞いたソレは、先ほど覚えた場所からシャベルを一本持って来て手をかざし「それ」という気の抜ける声で掌をシャベルに押し付けると、触れられていた道具が一瞬淡く光る。


「これでもう良いんじゃないかなぁ、ちょっと試してみようよ」


 そう言って返事も聞かずに外に飛び出した白色を、黒色は他にどうすることも出来ず追いかけた。

 出て向かった先は今朝二人が顔を合わせた丁度そこであり、端に置かれた木桶の中の塊を見つけるとアスターはリッターの止める間もなくシャベルをそこに突き立てた。


 来るであろう甲高い音から逃げるために狼男は一対の耳をその方角から逸らしたが、予期された音が届くことはなく、響いたのは掌ほどの石群が擦れ合うような軽い音のみであった。


「は? 今そこにあったのは大きな塊一つだったはずだが……」

「今ので多少バラけたよ。どの位の大きさにすれば良いか分からないからリッターも手伝ってよ」


 言われるがままに握ったシャベルに朝使用した時との違和感はなく、反動を覚悟して力強く差し込んだシャベルはがつ、と入れ物の木の樽の底を鈍く叩いた。

 勿論空気を叩くような感覚で底を突いた訳ではなく、途中パイ生地にフォークを刺すような気軽さの感触がありはしたが、それだけだった。


「なっ、これは一体どうなって――」


 覗き込んだ先には切られた野菜のように寸断された魔石があった、ということはなく、あくまで持ち易いサイズに違和感なく砕かれた魔石が姿を見せており、確かめるように何度もシャベルが入れられるが元からそうであったかのように小さい魔石をかき混ぜている感覚しかなかった。


「うわ、ちょっと待ってっ、やりすぎると最終的に粉までいっちゃうから! ストップストップ!」


 手を抑えられてようやく動きを止めたリッターは、ギギギ、と油の切れたブリキのようにぎこちなく顔をアスターに向けた。


「お前は、魔法士だったのか? しかも割と高位の」

「多分魔法士専業ってことは無いと思うけど、ね」

「マジかよ、それは、もう国選名誉魔法士のレベルだろ、こんなの……」 


 突如見せられた自分の想定外の天賦の才に、狼男は力なくははは、と笑う。

 その声を聞いた魔法士は、弁解するように慌ててリッターの腕を掴んだ。


「え、え、やだよ、ボクはそんなのになる気はない。リッターはボクが嫌い? ボクをここから追い出すの?」


 最初は成果を自慢する子供みたいな様子を、見捨てられそうなそれに変化させて縋り付くアスターをリッターはゆっくり見やった。


「魔法は才能なんだ。生まれ持った資質で己の最高魔法行使能力がすべて決まる。ある程度は補助魔法具で底上げできるかもしれないが、才能の限界とは比ぶべくもない。確かにお前の素性はアレだが、それほどの能力が有れば国に保護してもらうのも実現性はかなり高いと思う。こんなあばら家にいるよりも良い暮らしができると思うが、それでもいいのか? お前は」


 それを聞いても尚更腕を掴む力は強くなる一方で。 


「ここがいい、ボクはここだから良いんだ」


 そこまで言われたリッターは、ぽん、と一つ白くて丸い頭の上に手を置く。


「そうか、ならいい。俺がお前の力を最大限引き出せる手伝いをしてやる。……そうだ、国如きに、あんな薄汚いところにお前をやるなんて、考えるのも悍ましいことだ」


 強張らせていた黒色の顔を、俯いていた白色が確認できることはついぞなかった。

 そうして道具を元の場所に戻すと、リッターは改めて魔法士に尋ねる。


「お前の魔法に限界はあるのか? 量産はできるのか? 同じ効能はもたらせられるのか?」

「勿論限界はあるけど、多分さっきのだったら百本までは余裕だね、効果も全く同じ。同じ効果は付与させられないっていう制約とかはないよ」


 それだけ聞くと、狼男はさっさと身支度を整えて出かける準備をする。


「予定変更だ。ちょっと今から用事を片付けてくる。帰ったらまた複数本さっきのみたいなものを作ってもらうつもりだ。あとは、お前の直感で同じように何か作ってみてくれ。家の中にあるものは何でも使ってくれて構わん」


 言い残すと、手を振って送るアスターを背に、リッターも片手をひらりと返して村の方角へ向かった。

 それを影が見えなくなるまで見送ったソレはくるりと向き直り、居間に固めておいたまま結局見せることのできなかった物品たちを眺めた。


「じゃあ、何か作ろうかな」


探してきた工具や金具を持ち、余った資材や廃材であろうものをかき集めると、ぶつぶつと独り言を零しながらも作業を進めていく。

 最初は悩む手つきで進みは遅かったが、一つまた一つと物が完成していく度に、ならこれはどうだ、だったらこういう物があってもいいだろうと派生して別のアイデアが浮かび、試行錯誤は夜に家主が帰ってくるまで続いた。


割と早めに続きが出せそうです、少々お待ちくださいませ!

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