贄
太陽がのぼり夜が明け清々しい朝がやってきました。
ですがわたしの心はどんよりです。
この気持ち悪い村のこともそうですが吸血鬼たるわたしには燦々と輝く太陽はキツイのです。
流石に太陽光で灰になって死ぬことはないのですがそれでも能力は落ちるのでだるくてしょうがないです。
「さっさとあの子を引き取って村から出ますか」
身支度をしてからグランメリッサを迎え村長の家へとエイファを引き取るための交渉へ向かいました。
「無理とはどういうことですか!」
「あの子は村で大切な役目がありますのであなた達に引き渡すことはできないのです」
激高するわたしに対し村長は淡々としています。
初めは簡単に手放すと思ったのですがまさか手放さないとは思いませんでした。
もちろん多少なりとも働いている子を連れて行くのですからお金も用意しましたが村長は首を縦に振ってはくれません。
しかも金額が足りないからと突っぱねた訳ではなさそうですから質が悪いです。
言ってはなんですがお金ならいくらでもやりようがありました。
なにせ世界樹の枝を売ったお金がたんまりとあるのでそれで解決できるのなら安いものです。
しかしお金で解決できないなら交渉の余地がありません。
仕方ありませんね、無理矢理にでも連れていきましょうか。たとえそれで追われたとしてもアリスのところにでも行けばどうとなります。
そんな犯罪行為すれすれの事を考えましたが少し疑問ができたのでそれは少しおいておきましょう。
「大切な役目?」
「ええとても大切な役目です、あんな子でもこの村に尽くせる最大の役目なのです。なのであなたがどれだけのお金を出したとしても譲るわけにはいかないのです」
役目とはなんなんでしょうか?ですがあの様な仕打ちをしている村なのですからろくな事ではなさそうです。
やはり無理矢理にでも連れ出しましょうか……、そう考えていると突如爆音がその場を支配しました。
グギャァァァァァ
いきなりの音に臨戦態勢を取りますがどうやらこんな爆音でも発信源は遠くのようです。でも明らかに強大な気配がこの先に存在しているのが肌にピリピリとした感じで物語っています。
その威圧感にわたしの顔に一筋の汗が流れます。
こんな距離でさえ感じ取れるこの威圧感、とんだ化け物がこの付近に存在しているのですね…
しかし目の前の村長はまるで何もないかのように平然としてます。
よくこの威圧感で慌てずにいられますね、普段アルスやグランと戦い、リノアが張っている結界の外で凶悪な魔物を狩っていたわたしですらこの威圧感にはたじろぐのに。
ちなみにリノアの張る結界の近くは生物があまりいないのですが少し行くと結構えげつない魔物や獣が多くいました。
しかし冷静になるとおかしいのは村長だけでは無いようです、村全体がとくに慌てていないのです。
「何ですかあの鳴き声は…」
たまらずにわたしは村長に問いかけました。
「ふぅ、あれはドラゴンの鳴き声です」
「ドラゴンですか…」
まさかドラゴンですか、ですがそれならあの威圧感にも納得です。
ドラゴン、天を支配する空の支配者。その牙はすべてを貫き爪は天を裂くとさえ言われている生物。数多いる種族の中でも竜種の強さは上位に位置し人間にとっては恐怖の象徴になってます。
もちろん竜種の中でも強さにバラツキはありますが弱くてもそんじょそこらの兵や冒険者程度ではどうにもならない強さを有しているのです。
はっきり言ってこんな威圧感がくるような近さにドラゴンがいたら普通は国や領主、もしくは冒険者ギルドが討伐に乗り出すのですがここに来るまでにドラゴンが出る噂などは全く聞きませんでした。
「何でそんなものが近くにいるのにこの村は普通に過ごし情報が出ていないのですか」
「……やはり街にはドラゴンが出たことは伝わっていないのですね」
目を伏せ神妙そうに言う村長はそのまま話を続けます。
「我々も初めて現れた時に領主様へと報告はしたのです、しかし討伐隊がくることはなかったのです」
「それは領主が怖気ついたってこと?」
わたしの言葉に無言で頷く村長。
「そして我々にこのことを口外しないよう言ったのです。そのことが理由で冒険者を雇う訳にもいかず……」
「なら尚更慌てるんじゃないの?この平然さはおかしいね」
「ええ普通ならそうなのでしょうがあのドラゴンは知性がありこの村に降り立ち交渉してきたのです」
知性があることに驚きはありませんが交渉ですか、ここから感じる力からこの村……いえ街程度でも余裕で壊滅させることができそうなのに。
ドラゴンがなぜそんなことをするのか考えているところでわたしはあることに思い至り背筋が凍りつきました。
エイファでもできる大切な役目、それはもしかして……
「ドラゴンはわたしたちから生贄を出すよう求めたのです」
そういう村長の顔は村人を差し出さないといけない悲壮感より面倒事が2つなくなることへの感情が表に出ていました。
わたしはそれがただただ気持ち悪かった。




