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「ルドヴィカ・スフィーア!」
今、新しい魔法演算の計算を暗算でしているのだから邪魔をしないでほしいと思い、それが思いっきり顔に出て、眉間に皺を寄せた状態でルドヴィカは顔を上げた。
目の前には男がたくさんと女が一人。全員が自分に視線を向けている。そのうち一番前にでんっと陣取っている男が自分を呼んだらしい。
金髪碧眼にきらびやかな衣装を纏いキラキラしいが、ルドヴィカは興味がない。今日だってルドヴィカの通う学園の創立記念パーティーに出席する予定はなかったのに、学園から出席要請があったから仕方なくやってきたのだ。本当なら今頃机の上できちんと魔法演算の計算を行っているはずだったのに。自身もきらびやかに装飾され、会場に放り込まれた。挨拶とダンスを1曲踊ったら帰っていいといわれているので、早く終わらないかな。
「聞いているのか!ルドヴィカ」
また呼ばれた。興味のないことにとことん興味のないルドヴィカはすぐに思考が飛ぶ。そして目の前のことなどあってなきがごとく振舞う。良くないといわれているが自分自身でもどうにもならないので仕方がないではないか。最近はもうまわりも諦めてくれている。
「ルイズ・ローに対する数々の嫌がらせは明白。そのような卑しきものは我が婚約者にふさわしくない。ここにナナイ王国第二王子アンリ・ナインとスフィーア公爵家長女ルドヴィカ・スフィーアとの婚約破棄を宣言する。そして新たにロー子爵家ルイズ・ローとの婚約を宣言する!」
また自分の名前が出てきたので今度は聞いていた。その内容を聞き、こてんと首をかしげる。
「ルイズに対する嫌がらせに覚えがないとは言わせないぞ、ルドヴィカ」
目の前のアンリは首をかしげたことを嫌がらせをしたことに疑問を持ったと解釈したようだ。実際には「私婚約者がいたんだ?」という疑問だったのだが。
「ルイズを階段から突き落としたり」
「ルイズの机に魔法陣を書いて怪我をさせたり」
「ルイズの魔法授業を妨害したり」
「ルイズの持ち物を盗んだり」
後ろから男たちがずずいと出てきた。しかしながらルドヴィカには彼らがわからない。
なんとなーく、薄ぼんやりと、騎士と宰相の孫と義弟と、たしか平民ながら魔力が強いとかで入学してきた子。そもそもルイズとは誰だ?
言われていることに心当たりはなかったが、もしかしたら知らないうちに何か迷惑をかけていたのかもしれないと思い直したので
「私が何をしたの?」
聞いてみた。
「しらばっくれる気か!」
王子が怒りの形相で睨んできた。
それほどのことをしたのだろうか。周りの生徒や教師たちがざわついている。
教師の一人が止めに入ろうとしたが、王子が睨みつけて制した。それに伴いざわつきもおさまる。この状況を固唾を呑んで見守る形になった。
「よく分からないのだけれど」
「覚えがないというなら思い出させてあげますよ」
宰相の孫が一歩前へ出てきた。説明してくれるというならありがたい。
「一つ目。あなたはルイズの大事にしていた羽ペンを盗みましたね。授業中、ルイズが熱心に教師の話を聞くために置いていた羽ペンをルイズが見ていない隙に手に取りそのまま使用し持ち帰った」
「お父様にいただいた大事なものだったのに」
ピンクの女が肩を震わせる。「大丈夫ですよ」と宰相の孫は肩を抱く。ピンクの女はそれに寄りかかっていた。ルドヴィカには盗んだ心当たりはなかった。なかったのだが。
「いつのまにか私の書斎にあった羽ペンのことかしら?」
ルドヴィカはよく物をなくす。
同じくらい知らないものが増えている。
謎だ。
ルドヴィカ自身は普段羽ペンなど使わないので不思議に思っていた。なんだ。この女のものだったのか。ならば
「お返しします」
「盗んだことを認めるんだな!」
「盗人め」
「返せばいいってものじゃないよ」
「こんな人が義理とはいえ姉など信じられません」
男たちが口々に罵る。
が、ルドヴィカとしては謎が解けてすっきりしていた。
「これだけでも拘束してもいいのですが、せっかくなのですべての罪をここで明らかにいたしましょう。次です。ルイズの魔法授業を妨害しましたね」
平民の魔法少年が言葉を引きつぐ。
「ルイズが魔法試験時に使用するカードをなくしてしまった。これもルドヴィカさん、あなたの仕業ですね。そのとき親切心を装って自身のカードを貸したけどそのカードは不良品で、ほんの少しの水を出すだけだった。いつものルイズならもっと水を出すことが出来るのに」
魔法にはカードを使用する。以前は呪文を唱え、精神集中が必要だったが、10年ほど前に呪文を簡略化しカードに刻み、少ない魔力で魔法を発動させることができるようになってから、カードを使用することが一般的になっている。
「カード…」
ルドヴィカは首をかしげる。なんとなーくぼんやりと思い出した。
カードがないと言っていた人に新開発のカードを渡した気がする。魔力のない人にも使えるカードだ。もちろん使用法は制限されているのでたいしたことは出来ない。蝋燭の火をつけるとか、一晩の明かりをつけるとか。
「カードにはバケツ1杯の水を出す刻印しかされていなかったんだもの。当然だわ」
「何を言ってるの?そんな指定のあるカードなんて聞いたことないよ」
魔法少年が怪訝な顔をしている。平民だが魔法に関してはずば抜けている。そうでなければこの学園には通えない。
「開発中のカードだもの。データを取らせていただきありがとうございました」
素直に礼を言えば男たちが口々にルドヴィカを責め立てた。
「そうやってルイズに恥をかかせたかったんだろう。浅ましいな」
「試験のときを狙うなんて」
「ルイズの真の実力を出させないようにしたんでしょ」
あれは試験中だったのか。まぁ、ルドヴィカも開発中のカードのテストをさせてもらったので試験中といえば試験中だ。魔力の少ない人でテストしたかったから丁度良かった。
「授業妨害についても認めるのですね。次です。ルイズの机に魔法陣を書いて、ルイズに怪我をさせましたね」
はて何のことやら。これに関してはまったく記憶に思い当たる節がない。
「忘れ物をしたルイズが机に触れたとたんに炎が上がったんだ。運よく僕がいて、水の魔法で火を消すことが出来たから髪の先が少し焦げただけですんだけど、少しでも遅れてたらルイズの綺麗な顔に大火傷を負うところだったんだ。義姉上、これは殺人未遂にもなりますよ」
義弟がにらみつける。ピンクの女をぎゅっと抱きしめ女は「怖かった」とその胸に顔を寄せている。
「机…魔法陣…」
一つ思い出した。
「新開発のカードに刻印する魔法陣を学校で書いた覚えがあるわ。間違えて机に書いてしまったのかしら?」
「それが何でルイズの机になるんだ!」
「わざとだろう」
「そんな見え透いた嘘を」
「書いたことは認めるのですね。もはや言い逃れは出来ませんよ。ルイズを階段から突き落としたのもあなたでしょう」
これも覚えがない。
「一週間前、昼休みに階段からルイズが落ちた。運よく俺が下にいて受け止めたから怪我はなかったが踊り場にはルドヴィカ、あなたがいた。そして逃げるように上階へ上がって行った」
今度は騎士がピンクの女を抱きしめている。
「ルドヴィカ。申し開きはあるか」
王子が告げた。騎士から奪うようにピンクの女を抱きしめている。ピンク色があっちにいったりこっちにいったり忙しいな。
「いい加減、ルイズを呪うのはやめろ。お前のような女と一時でも婚約関係にあったことが俺の人生の最大の汚点だ。どうあがいても何をしても、俺はお前を選ばない。必ずルイズを選ぶ」
「アンリ…」
うっとりと王子を見つめる。
「呪い?」
「そうだ。一週間前からルイズの魔力が感じられなくなった。こんなに急に魔力がなくなるなんてありえないだろ。階段から落とすことに失敗したお前が何かしたに決まってるじゃないか」
「触媒を使用せずに魔力を封じる方法があるならぜひ知りたいですわ」
興味が出た。敵国の魔法使いの魔力を封じることが出来れば戦争は一気に楽になる。逆に敵の術なら対抗措置を講じねば。
「お前がやったのだろう!もういい。リチャード、捕縛しろ!」
「はっ」
騎士が懐からカードを取り出し魔力をこめる。カードの光りはルドヴィカを包み込み、収縮し腕と胴をぴったりとくっつけて縄のようにまとわりつく。捕縛の魔法だ。ルドヴィカは少しも抵抗することなく捕まった。
「連れて行け」
王子が告げたそのとき、ルドヴィカの目がカッと見開く。光りの縄で捕縛されたまま王子に詰め寄った。
王子は驚いてのけぞった。
そしてルドヴィカは言う。
「紙!ペン!!何か書くものと書かれるものを!早く!」
…一瞬、全員が固まった。何を言っているのだ?
必死の形相のルドヴィカにいち早く反応したのは王子だった。
「なんだ?家族に嘆願書でも書くのか?だがこれは王族への殺人未遂だ。反逆罪だ。仮にスフィーア公爵でも覆すことは出来ないぞ」
もちろんルイズは王族ではないのだが、そんなことはアンリには関係ない。ルドヴィカにとっても関係ない。
「そんなことはどうでもいいのです。早く紙とペンを。せっかくの計算が…あぁ、今日の成果が…あー」
誰もがルドヴィカの言う意味がわからない。
「どうぞ」
誰もが戸惑うその中で一人の青年がルドヴィカに紙とペンを渡した。
「ありがとうございます!」
ルドヴィカは喜んで受け取る。その場に座り込み、紙に複雑な計算式を書き始めた。ちなみに、光りの縄は受け取る際に粉々になって砕け散っていた。
「なっ!あれはオーガも捕縛する魔法だぞ!」
騎士が驚きの声をあげるが、ルドヴィカの耳にはもはや聞こえない。目の前の式に夢中だ。
「ルゥ?あぁなるほど。そんな発想があったなんて。さすがルゥ。あーでも聞こえてないかぁ。終わるまで動きそうにないなぁ。うん。それじゃあルゥの代わりに私が話をしよう。いいよね」
第2王子より濃い、クセのある金髪。深い深い森の緑の瞳。程よく鍛えた身体に実践に耐えうる剣を腰に下げすらりと伸びた足を第2王子に向けてにっこりと笑った。
「兄上…」
優秀なる王太子、アレク・ナイン。それが彼の名。