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 目を開けると、そこは近所の公園のベンチだった。どうやら一晩中眠っていたらしい。朝日が辺りを暖色に染めていた。

 六月に入って昼間は真夏並みに暑い日が続いているが、さすがに早朝は冷える。俺はひんやりする身体を震わせながら身体を起こした。

 ──あれは夢だったのか?

 あ、そういや、黒羽マコのコスプレの女の子に首絞められたんだっけ……。


 「──目覚めたか」

 

 妙に抑揚のない声に振り返ると、ゆうべの少女がいた。昨晩のまま、黒羽マコのコスチュームだ。

 ビクッとして飛びのいた俺に、少女は制服の両袖口でちまっと挟んでいたミルクティーの缶を差し出した。

 昨晩俺の首を絞めた少女から渡されたミルクティー。トラップとしか思えないんですけど……。


 グ~キュルル……。

 タイミング悪く俺の腹が大音量で空腹を訴える。チッ、お腹いっぱいという言い訳が使えないじゃないか。


 「飲め。この季節でも、朝は寒い」

 俺が戸惑っていると、少女は無表情のままぐいぐい缶を押し付けてきた。

 ……とりあえずもらうだけもらっておくか。俺は警戒しつつ缶を受け取った。心地よい温かさがますます空腹を誘う。ゴクリ──。って、いかんいかん、まずはちゃんと調べなくては。

 渡されたのは、イギリス風の赤と緑のタータンチェックに「午前の紅茶」と製品名がデザインされている可愛らしい350mLの缶だった。穴は……どこにも空いていないようだ。プルタブも緩んでいない……と。少なくとも毒殺の危険はなさそうだ。特におかしな点は見当たらないな。たった一つ、見たことがないメーカー製であること以外は。

 「SATOEN?」

 怪しい。やっぱ飲むのはやめといた方が……。

 

 顔を上げると、少女は俺が飲むのを見届けようとじっとこちらを見ていた──。

 ……ま、別に俺がすべてのメーカーを把握している訳じゃないしな。──大丈夫だよね?

 恐る恐る開封してみる。ピシュッと心地よい音と同時にふわっとダージリンの香りが広がる。もう耐えられない! よし、一口──。


 「っ甘!!!」


 昨今の健康思考に真っ向からケンカを吹っ掛けるような甘ったるさ!……よく見ると、製品名の下に小さく書いてある……。

 「……お砂糖……5倍……」

 「旨かろう。そのミルクティーは我の好物なのだ。この魔王、すべてのミルクティーを試したが、砂糖園の午前の紅茶~お砂糖5倍!~にかなうものはない」

 相変わらず能面のような顔つきだが、どこか得意げだ。

 んー、もらっといて否定するのもなんだけどさ。これ、絶対売れてないよね? でもまあ、彼女の様子から察するに本当に有毒ではないっぽいな。死なないだけましだと思ってありがたくいただくとしよう。

 「神よ。至福の時を愉しむがよい」

 そういや、俺って神とか呼ばれてたんだっけ……。そして、このコは魔王……。

 「あの……ありがとう」

 俺が礼を言うと、少女は神妙な面持ちで深く頷いて、再び沈黙した。


 甘すぎるのには辟易したが、背に腹はかえられない。

 俺は腹を満たすべく砂糖5倍ミルクティーをすすりながら、自称魔王を観察する。


 朝日のなかで見る少女は、ひどく可愛らしい。

 黒目がちな大きな瞳、そしてそれを飾る長いまつげ。筋の通った小さな鼻。苺ジャムみたいな朱色の唇がとびきり愛らしい。

 腰まで届く艶やかな黒髪は、彼女の白い肌をさらに白く見せている。 

 背は140センチあるのかどうか。学校で一番低い女子よりももっと低いんじゃなかろうか。

 着用しているのは作中の舞台であるセイントエビル学院のセーラー服だ。白地に紺色のラインが入っているのが通常バージョン。彼女の制服は黒地に赤いラインの「魔王・黒羽マコ特別仕様」だ。

 何より目を引くのが背中の大きな黒い羽根だ。孔雀のような華やかな羽根が背中から伸びていて、時折、ピクリと動いている。ごく自然に。そう、まるで本当に背中から生えているように──。

 

 どこからどうみても、俺が描いてきたマコそのものだった。

 コスプレにしては真実味がありすぎる──。って、考えていても仕方ないな。いっそ本人に聞いてみるか。


 「あの──」

 少女は何か?というようにこちらを見た。引きこまれそうな大きな瞳にまじまじと見つめられ俺はたじろぐ。

 「あの、きみは、だっ、誰?」

 少女は今気付いたようにハッとした様子で答えた。

 「失礼した。創造主である汝が知らぬわけはなかろうが、名乗らないのは礼儀に反する。我が名は黒羽マコ、魔王だ」

 ──ええっとー。

 「いや、確かに黒羽マコは俺の作品のキャラだけど……、コスプレのキャラ名じゃなくて、本名を教えてくれるかな?」

 「こすぷれ? なにを言うておる。我が名は黒羽マコ、そして魔王。それ以外の何者でもない」

 ──すっかりなりきってるな、ハイ。もう、マコってことでいいです。

 「じゃあ……マコは、なんで俺を神なんて呼ぶの?」

 「汝はこの世界を創造した。創造主、すなわち神であろう」

 少女──マコは、何をいっているんだというようなあきれ顔で俺を見ている。

 そうか、これが糖質か……。

 やっと俺は理解した。このコは頭がおかしいんだ。で、たまたま見た俺のマンガのキャラクターになりきって、どうやって調べたかは知らないが作者である俺をストーキングし、首を絞めて気絶させ、公園に連れてきた、と。つまり、ストーカー行為並びに暴行、ついでに拉致──うん。犯罪だよね?


 俺はこの場を立ち去り、警察に駆け込むことにした。ミルクティーごときで犯罪行為を誤魔化せると思うなよ!

 よし、行くぞ……俺の全力疾走を見よ!!! っっって! 痛てぇぇぇ!!!

 

 「──どこにいくのだ」

 数歩も進まないうちに俺の左腕はマコに捕らわれていた。たしかに俺は足が速い方ではないが、そこらの女子に負けるほどではないはず……。

 「どっどっ…どこって、警察だよ!!! お前がやってること考えてみろよ、犯罪だぞ!」

 「警察は解体された」

 解体? ああ、そういえばマンガの中ではそんな設定だったな。政府行政機関はすべて解体され、実権はすべて魔王に集約された、みたいな。ああ、もう! こいつどこまでお話の中で生きてやがるんだよ、面倒くさい!

 マコは俺の腕にギュッと抱きついて、ぽそりと言った。

 「……昨晩、約束した」

 約束? そういや首締められたときに適当なこと言ったけな。つか、このコ力強すぎんぞ! 全然振りほどけないし!!!

 「神は我が願いをかなえると約束した」

 「くっ首締めながら恐喝しといて、約束もなにもあったもんじゃ……!」

 「約束……した……」

 必死で逃げようとする俺をじっと見つめていたマコは大きな瞳に、ウルウルと涙が湧き上がる。ああ、もう! 今度は女の武器ってやつですか!

 「……なんだよ、願いって」

 とりあえず、聞くだけ聞いてみることにした。神じゃないからどうせなんもできないだろうけどな。

 「……たえよ」

 「え?」

 「我に……魔王にふさわしい死を与えよ──」


  

 

 


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