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 「……うん、まあ、いいんじゃないかな。ハイ、では神原センセ、これで納稿ってことで」

 平日の昼下がり、編集部の近所にあるファミレスはガラガラに空いていた。食器がカチャカチャ鳴るのも気になるくらい静かな店内でアイスコーヒーをズルズルすすりながら原稿をチェックしていた岡崎は、原稿をテーブルに放り出すと待ち切れないと言わんばかりにパフェを頬張りだした。

 おうおう、無精ひげにクリームくっつけちゃって。女の子が口にクリームつけてるとなんかちょっとエロくていいなって思うんだけど、オッサンが同じことしてるの見ると真面目に吐き気するよね。

 つか、おいおい。俺の原稿テーブルに置きっぱなんですけどー。一応「プロの原稿」にシミでも作ったらどうするんですかー、なんて言えるわけもなく。

 ま、俺の原稿の価値なんて結局そんなもんなんだろう。小心者の俺はこっそりため息をついて窓の外を眺める。

 昼下がりのビジネス街。行き交う人はみな忙しそうにどこかに向かっている。その人々の間をすり抜けて、午後の穏やかな日差しが俺を暖かく包み込む。

 んー、気持ちいいなー。身体がふわふわする。そういや昨日も徹夜だったな。ゆっくりと呼吸が深くなり……身体がぼーっと熱くなって……、いかん、視界に靄がかかってきた。ああ、もういっそこのまま眠るように死ねたらなー……。

 

 「ッッッグェエエエフォオオオッッッ!!!」

 汚らしい雑音が俺を現実に引き戻す。見るとパフェが変なところに入ったらしく、岡崎が死にそうに咽返っている。

 そうだ、俺はオッサンがパフェを食すのを見ていたんだった。ああ、早く帰りたい……。

 しばらくゲフォゲフォしていた岡崎は紙ナプキンで押さえると、苦しそうに口を開いた。


 「そうだ、神原センセ。今日で最後でしたね」

 エヘンエヘンと痰を切りながら、あっけらかんと笑う岡崎を苦々しく思いつつも、俺は乾いた笑いを返す。


 おっす!俺は打ち切りマンガ家の神原創、17歳の男子高校生!

 ただいま絶賛絶望中!!!

 俺がずーっと温めてきた『せいんとえびる女学院』が読者に完全スルーされちまったんだ!

 みんな、応援してくれよな!!!


 はー……。


 「いやあ、神原センセ。淋しくなるよ」

 それらしいセリフと表情。岡崎は今まで何度となく繰り返してきたのだろう。出来過ぎていてまるで芝居のようだ。てか、芝居なんだろうね、実際。


 クソッ!なんで俺ばかりがこんな目に!!!

 クソクソクソォォォオオ!!!


 いっそ全力で暴れてやろうか。全部めちゃくちゃにしてやろうか──。


 そのときチラリと岡崎の視線が目に入った。わかってるよね、神崎君。とでも言っているような無言の圧力。


 「岡崎さんのおかげで今までやってこれました。本当にありがとうございました」

 

 ──俺、イイコ過ぎんだろ。小心者とも言う。

 岡崎は俺の返答に満足そうにうなずいて、俺の原稿を封筒にバックにしまいこんだ。

 あー。俺には来週号のあおりが見える──。

 「戦いはまだまだ終わらない! 神原先生の次回作にご期待ください!」

 戦いが終わらないのにマンガ終了ってどういうことだよって話だが、それが打ち切りというものだ。始めた話を終わらせてもらえない。非情だな。

 

 岡崎はパフェの残りをガツガツかきこむと、さっさと席を立ってしまった。

 あのオッサン、ただパフェ食いたかっただけなんじゃなかろうか。


 一人残された俺も、氷が溶けてすっかり薄くなったコーラを一気飲みしてファミレスを後にする。

 こんなところ、これ以上一秒たりとも居たくはない。


 そうだ、ゲームセンターにいこう。

 そうだ、漫画喫茶にいこう。

 そうだ、久しぶりにメイドさんにご挨拶に──と、これはだめだ。彼女にはもう会えないな。連載決まったんだぁとか自慢しなけりゃよかった。クソ。


 秋葉原をあてもなく放浪した帰り道、夜の住宅街を歩きながら思考する。


 明日からどうするかなあ。

 

 真っ当な選択は、普通に学校に行き、来年の受験に向けて勉強すること。

 俺ってば普段おとなしいくせに連載決まってから調子こいてたからなー。徹夜アピールとかしなけりゃよかった。最終回掲載号を読んだら、あいつら笑うんだろうな、俺のこと。ざまーみろって。──すでに笑ってるか。ここ数回は打ち切り感満載だったもんな。

 いっそのこと退学しちゃう? って、それじゃ負け犬じゃん。

 じゃあ……いっそのこと……死んじゃう? っっって!!! いかんいかん! 親より先に死んだら親不幸って誰かが言っていたから!!!


 はー。結局笑い物になるしかないのかー。

 鬱になりそう。

 助けて、誰か、俺をどこか遠くに連れてって……。


 「トマレェェェ!!!」

 

 若い女の声が鋭く背中に突き刺さり、俺の思考は停止した。

 ビクッとして振り返ると、二つ向こうの街灯の下に、漆黒の制服に漆黒の羽根、漆黒の長い髪をなびかせた、全身漆黒ずくめの少女が立っている。


 「──マ……コ……?」


 失業したショックで俺の頭はイカレてしまったのかもしれない。もしくは昨日の徹夜が効いたとか。


 マコ、黒羽マコは、俺の打ち切りマンガ『セイントエビル』に登場するキャラクターだ。一見ただの女子高生だが実は魔王、という意味不明な設定だ。魔王? 魔女じゃなくて? 知らんがな。人気低迷のまっただ中、岡崎が思いついた後付け設定なんだから。

 

 そんなことはどうでもいい。


 俺は目の前に現れたこの少女の正体について模索した。

 幻覚……ではなさそうだ。少女の動きにシンクロして、長く伸びた影が揺れている。

 あれか? コスプレか? マコのレイヤーさんなのか?

 アニメ化もされていない不人気作品の衣装をわざわざ手作りしてくれるような奇特なレイヤーさんなのか?

 あり得ないけど、それしかないよな……。


 少女は立っているのもやっとという様子で、街灯にもたれかかりうつむいていた。荒い息使いが十メートルも離れたここまで聞こえてくる。

 俺の思考は忙しく考えを巡らせていたけれど、身体はフリーズしたみたいにピクリとも動けない。


 数分もそうしていただろうか。少女はやがて決心したように顔を上げて俺を睨めつけ、かすれ声で絶叫した──。


 「神よ!!! この魔王を救い給えぇぇっっ!!!」

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