幻想の始まり 33
「…え?」
突然の発言に紫は戸惑った。式神?式神って自分が?
紫は自分が式神になるという状況そのものが理解できなかった。
一体式神になれば自分は何か変わってしまうのだろうか、変わってしまった時に苦痛はないのか、そもそも人が式神になることに対して問題はないのか。
様々な考えが浮かんでは消える。そして全ての根本でもあり、最終的な彼女からの質問は、「式神になることを拒否できるかどうか」ということだった。
結局式神になるということがよくわからない。ただ式神になった時の苦痛などがあるかどうかという恐怖だけは間違いなくある。生物が誕生し、感情を持った時に同時に生まれたといっても過言ではない「正体不明」に対する恐怖。その恐怖は生きている限り拭えない。
「自分はその依頼を断ることはできるのですか…?」
少し不安そうに質問する。龍神はただただ紫をの目を見つめる。
「何故そのような質問をするのか教えて欲しい」
「式神になると苦痛などはないのですか?」
「その点は変わらない。別に式神になったとは言え、なにか極端に変わるわけではない」
「それと人を式神にするのは大丈夫なのですか。私はできないと聞いていたのですが…」
「それはそうだ。人が人を使役するのは差別にもなる。ただの上司部下の関係ならまだしも、完全な奴隷になる可能性も否めない。さらに極端な話、人の世にも上下関係はあるがそれを自分たちの勝手な意思で増やせば、いずれ支配者が、それも自分勝手な支配者が生まれてしまうから、人間たちはそれを禁止しただけだ。物理的にできないというわけではない」
なるほど、と理解を示す。できないと聞いているだけで理由は聞いていなかった。
「それに神である私の式神になるのだ。まぁ本来なら巫女というべきだが、君の場合は式神という方が正しいから式神と呼ばせてもらうだけだ。巫女とは少し立場が違うからな」
「では、私が式神になっても特別何もなく今までどおり過ごせるということでいいのですか?」
「せいぜい変わると言ったら、君の能力が強化されるということくらいか。君の式も君の式神になった時に境界に関する能力が強化されているはずだが、それと同じだ。ただ私は君に与える能力を制限することができる。だから境界を操る能力に関する能力は私の式になることで強化してあげよう」
紫はそれを聞いて特別喜ぶことはなかった。もともと自分の能力に満足していたし、争いを好む性格ではなかったからだ。
ただ少なくともデメリットがないということはわかった。
「ただほかの能力まで強化されると何もかもが危険すぎる。君の知識と知能は常人より遥かに優れているが、それ故に危険な能力もあるかもしれない。逆に知識や知能の不足によって扱いが危険な能力もあるからそれは許して欲しい」
その点に関しては紫は望むことではなかった為何も文句はなかった。
逆に自分が無駄に力を手に入れて仮に誰かを危険な目に合わせたり、自分の能力に溺れてしまうなんてことは避けた買ったから、紫にとっても良い話だった。
「せめてそれによって何か変わることがあるかといえば。式神として働いてもらうことがあるかもしれない。ただそれはさっき言ったとおり、この世界を守ってもらうために動いてもらうことが殆どだ。それ以外はこの世界を好きに構築するのは君たちだ。君たちの理想郷を作っていくのが君たちの一番の仕事だ。この世界を望んだのは君たちなんだから。改めて聞くが式神になってもらっても大丈夫だろうか」
紫はその言葉を聞いて安心した。
そして一度深呼吸をする。ゆっくり時間をかけて。そしてもう一度。
二回目の深呼吸が終わり、紫は龍神を見つめる。
「私はあなたの式神でも大丈夫です。あなたが本当に龍神なら人道的にも問題はないでしょう。この世界のためにこちらこそお願いしたい。私を式神にして欲しい」




