幻想の始まり 19
最近、妖怪が出たという話をあまり聞かなくなった。
そういう話を聞かないということは良いことである、と断言はできないが恐らくいいことなんだろう。
紫は一年間修行し、境界をかなり操れるようになった。
境界の世界も彼女なりに把握しているし、複数個の境界を同時に操れるようになっていた。
移動も境界があれば何処にでも一瞬で移動できるし、何かを物がほしいという時も境界を使って取ってこれる。境界に関する知識もかなり増えた。
「最近暇ねぇ」
「そうね。妖怪なんて全然出なくなっちゃったし。平和なのはいいんだけど、何もやることがないのもね」
「そもそも何かマイナスなことを解決するために居る存在って、基本的に皆からは感謝されるけれど、マイナスなことが起きないと生きていけないから、マイナスの存在を他の誰よりも望んでいる存在なのかもしれないね。皮肉なもんだよほんとに」
「こっちも命かけてやっているから、そんなつもりでやってるわけじゃないですけどね。この世の中の妖怪が全滅しているわけじゃないから私達は必要とされるけれど、仮にこの世の中の妖怪が全滅したら妖怪を滅ぼしたのにも関わらず、妖怪の存在を望まないといけない立場なのかもしれないわね。本当に皮肉ね」
三人は何もすることがなかったため、雑談していた。師匠にはともかく麗夢に対しては敬語を使わないことにすっかり慣れ、気兼ねなく話している。
「そういえば、あなたの最初の妖怪退治ってなんだったっけ」
「なんだったっけな、うーん。なんか小さいやつで、結局実害も無いような妖怪だし結局見逃したんだっけ。だから退治というと…やっぱり覚えてないなぁ。寧ろ境界の勉強のついでに妖怪退治って感覚だったし」
紫はあまり妖怪退治を好んでいるわけではなかった。本当に実害がある妖怪だけは退治したけれど、彼女にとって妖怪はそこまで脅威の存在ではなかったし、他の生き物と変わらない存在だったからだ。
それほど境界を操る能力は強力なものだということを示していた。
彼女は陰陽師としては優秀すぎた。
仲間内では一番頼もしいと言っても過言ではない存在だが、優秀すぎるということは同時に疎まれもするということだった。それ故彼女を嫌う陰陽師達も多かった。
紫はそれを知らなかった。陰陽師の仕事そのものに興味があったわけではなく、境界に興味を持っていたからだった。
「麗夢、私そろそろお腹へったし時間もいい頃だからそろそろお昼にしない?」
その時だった。いきなり強大な爆音と衝撃が起きた。
その後に聞こえる様々な声。
「紫!異変よ!境界をお願い!」
「全くご飯なんて食べてる場合じゃなさそうね」
少し不満を垂れながら、目の前に少し大きな境界を開いた。
「行くわよ!」




