幻想の始まり 5
「私は…」
そこで彼女は黙ってしまう。助けてもらうまでに色々ありすぎて、彼女の頭も理解できていなかったのだ。理解ができないとかそれだけではなく、色々な記憶が曖昧になっている。
気づいたら岩の上で寝ていた。その前の記憶が何かあやふやなのだ。よくわからないけれど「夢」という単語だけは鮮明に覚えている。
「…言えない事情でもあるのかな」
「いやそういうわけじゃなくて…なんかはっきりと覚えてないんです…」
「そうか…じゃあ少しでもここに来る経緯を覚えているかい?」
彼女は少し考え込む。そしてこの人里に来るまでの経緯を説明した。
「…あの竹林からよく抜けられたね。それと本当に何にも襲われなくてよかった」
「周りで野生の動物の物音もしなかったので…大丈夫かなと思いまして」
「動物もそうだけれど、それ以上に妖怪に襲われたら最悪何も残らないよ。それどころか周りの人から記憶が消されてて存在そのものが否定してしまうような妖怪もいるらしい。実際そんな妖怪がいたところで、襲われた人が他人の記憶にないから何もわからないのだけれど」
妖怪というと、正直おどろおどろしいものでしか想像してないし、見たことなんてあるわけがない。というか本当にいるというこの人たちを未だに信じることができない。
彼女にとって妖怪とはそんな存在でしかなかった。
「私は今まで妖怪なんて見たことがないのですが、本当にいるのですか?未だに信じられないのですが…」
「あなたは今までそんな平和な環境にいたの?とても羨ましいわ…毎日襲われるわけではないけれど、妖怪に襲われた人間は攻撃手段も防御手段もほとんど持ち合わせていないし、そばに私達みたいなのがいないと何もできないままなの」
「…実際の妖怪を見たことがないから、何も言うことはできませんが…お二人の存在が妖怪の存在証明なんでしょうね…」
彼女はよくわからないまま、この世界を理解できないまま、半信半疑で話を聞いていた。少なくともこの人たちが嘘を言っているとは思えないけれど、妖怪とは一体どんな存在なのだろうか。
そういえば竹林で何か書いた気がする。メモに妖怪のことを書いたような…
「そういえば私メモを持っていたんですが見ていませんか?」
「めも?めもとは何かな」
「小さな紙に文章を書いたんですが…」
「手紙かなにかかしら」
「…そんな感じのものです」
「見てないね」
「そうですか…」
妖怪以外にもなにか大事な言葉を書いた気がする。なんだろう。思い出せない。誰かに対して書いた気がするのだけれど…
「それと私から質問したいことなのですが、ここはなんていうところなんですか?」
「ここは人間の里」
「あ、いやえっと、この世界といいますか…」
「その質問は難しいな…この世界はこの世界だよ」
「いや、ごめんなさい。気にしないでください」
「そういえば。あなたの名を聞いていなかったわね。名はなんて…」
その時、人里のどこかで大きな音がした。そこにいた全員がその音で驚き固まる。
そんなにその音源から、距離は離れていない。
そのあとに人々の悲鳴と動物の雄叫びのようなものが聞こえた。




