夢へ、幻想へ
メリーが境界に飛び込んでしまった先で一番最初に見たのは、自分の腕を引いた女性だった。
その女性は無言でメリーを見つめていた。
メリーは今さっき一瞬のうちに起こった出来事に対する恐怖と絶望と、この不気味な空間に対する恐怖と、この女性が何をしてくるかわからない恐怖で混乱していた。
数秒の沈黙の後、先に口を開いたのは目の前の女性だった。
「…ごめんね」
「えっ?」
不意に出た声。先ほど神社の前では一言も声を出すことがが出来なかったが、やっと話せるようになったようだ。それによって自分がある程度自由になったことと、目の前の女性が自分に敵意はないということメリーは少しだけ安堵した。そして、何かこの人に対して違和感のような、何か不思議な感覚を覚えた。
「貴方をこの世界に連れてしまったことが、とても申し訳ないの」
「…ここは何処なのですか?状況を説明して貰いたいのですが…」
今さっきまでの恐怖と絶望は未だにある。がそれ以上にこの空間は不思議だった。たくさんの目に見られる恐怖感はかなりある。何が起きるのかわからない。これだけ不気味な空間ではあるが、目の前の女性が自分に対して殺意を抱いているわけでは無さそうだ。
それと、この空間には地面というものが無いようだ。それでありながら普通に立って話をしている。落ちている感覚も無ければ浮かんでいる感覚もない。重力というものが存在しない空間であるにも関わらず、無重力状態でもない。物理法則が完全に無視された世界であることは間違いない。
物理的にも、見た目的にも非常に不気味だ。
「全てを説明する時間は私にはもう無いわ。時が来れば貴方も分かる。それがどんなに残酷なことだとしても」
「仰る意味がわからないのですが…」
「今はわからなくて当然よ。いずれ全てわかる。貴方のために、貴方の友人のために、こちら側の世界に来ないことをあんなに望んだはずだったのに…。なのに私はこの選択をしてしまった。貴方を呼ばざるを得なかった。貴方の幸せではなくて、私の幸せを願ってしまった。」
先ほどの恐らく不思議で不気味な境界を発生させていただろうという女性が、物理法則を無視することができるほど強大な力を持っているだろう女性が、言葉そのものは覇気があり、力強く話しているのに、とても弱々しく、俯いている。それも、特別何も大きな力を持っていない自分に対して。
「…本当に何を仰っているのですか?そして貴方は何者なんですか?」
「…それについては答えることは出来ない。答えてはいけない。少し前に私は自分が何者なのか気づいてしまった。だから今貴方と話しているの。」
女性はこれ以上無く感情を押し殺し、話しているようだった。
彼女は犯罪者なのだろうか。何か罪を犯してきたのだろうか。それも善意でやっていたことが、犯罪として扱われ逃げてきたのだろうか。
「そしてこれからのことは貴方に任せないといけない。無責任に聞こえるかもしれない。だけど私は貴方以外にこの適役を知るものはいない。いや、どの場所、どの時間を探しても貴方以外には任せられない。せめて私が何者かを説明するとしたら、貴方を誘った者よ」
「誘った…??」
―――――――――――――――そういえばこの声…!
「もう本当に私の時間がないわ。いきなり現れて、いきなり消えていくなんて自分勝手に見えるかもしれないけれど許してほしい」
「待って!貴方ってまさか!」
「もう待つことは出来ないわ。ごめんね。さようなら」
「待って!もしかして…きゃっ?!」
メリーは急に地面が無くなったかのように、そのまま上も下もない空間の中で落ちていった。




