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その日から約一週間、僕は四十度の熱を出して寝込んでしまった。医者には疲れが原因だということを言われた。最初の三日は、頭が割れるように痛くて何を食べても吐き出してしまうほどのひどかった。おかげで体重は三キロ落ちてしまった。
「夜の海は恐いのよ」と母は言った。「ひどく冷えるし、海風は冷たいし。ロマンチックでいいんだけど、気をつけないとだめよ」
僕は、ぼんやりとした頭で聞いていた。
ふと、目覚めると携帯にメールが届いていた。石橋愛からだ。
「啓介くんへ
体のほうは大丈夫ですか? すごく心配。こうやってメールを送ることしかできないことがもどかしい。私は今家族と旅行に出かけています。夏休みいっぱいはこっちにいるからまた会えるのは学校が始まってからになっちゃうかな。でも、学校が始まっても休みの日にいろいろなところにいけたらいいなって思ってる」
僕のそのあとの夏休みは、ひどく退屈なものとなってしまった。このメール以来、彼女の携帯は全くつながらなくなってしまった。電話をするとベルは鳴るのだけど、いつまで経っても出てくれなかった。自宅のほうに電話をすると、母親らしき女性が出てくれた。
「もしもし。すいません、石橋愛さんの同じクラスの青山というものなのですが、愛さんはいらっしゃいますか」
僕は、いないということをわかっていたけれどわざとそう尋ねた。
「はい……。石橋、ですか。私、岩崎というものなんですけど、番号まちがえていらっしゃるんじゃないですか」
電話は切れた。でも、教えてくれた電話番号にかけたはずだった。
そして、いったい何をすればいいのかがわからなくなった。図書館に行っても、本だけに熱中することができなくなった。文字を文字としてではなくて印刷された何かの記号のようなものに見える。どこか違う国の本を読んでいる気分だった。その集中できない状態は図書館のなかだけではなくて、散歩をしているときも風呂に入っているときもそうだった。もう夏休みも、もう終わりに近づいているというのに、宿題には何も手をつけていない。僕は中身を吸い取られてしまったような気がした。
僕と外の世界との境界線がぼんやりとしてきている。本当の僕はどこか別の場所に流れてしまっているのではないか。
けれど、そんなことを言ったとしても、本当の僕がどんな形を成しているのかをそれまでに考えたことすらなかったのでどうしようもない。そもそも形なんてあるはずはない。
何日も何日も石橋愛が夢に出てくる。展開は毎回違う。けれど、結末はいつもいっしょで、波が僕たち二人を飲み込んでいって僕は目が覚める。僕はある時、夢の中でその波にのまれても手足を動かそうとした。そして、僕はその波から逃れることができた。海面に上がると石橋愛がいない。次の日には、彼女を離さないように意識したのだが、それではもう僕は海から上がってくることができなかった。
どちらが幸せな夢なのか、僕には判断できない。
早く夏休みが終わることだけを祈った。そうすれば、石橋愛に会える。