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雨が海に落ちていき、波紋を残す。
雨が降るたびに、彼女のことを思い出す。
雨と彼女はほとんど接点がない。あるとしても一般的な人たちと同じくらいのものだ。
なぜ雨が降ると彼女のことを思い出すのだろうか。
……わからない。もっとも理由なんてないような気がする。あったとしても、それは本質的ではない理由だ。
彼女は、とても美しい女の子だった。そう簡単に言ってしまうと、うまく伝わらないかもしれない。モデルのようなに際立ってきれいだというわけではない。ただ、全体として見たときに、うまくまとまっていた。
そういえば、唇の右上に小さいほくろがあった。そのほくろにそっとキスをすると彼女はとても喜んでくれた。あのほくろがなかったら、僕は、彼女を好きにならなかったのではないかと思う。そのくらいの危ういバランスで美しさが成り立っていた。今振り返ると、ジグソーパズルのような美しさだったと思う。ひとつピースをなくしてしまえば、もう二度と完成することなんてなくなってしまうのだ。
彼女の名前は、石橋愛と言った。
僕が石橋愛と付き合ったのは、ほんの短い期間だった。けれど、付き合っていたのかどうか今考えるとわからなくなる。デートらしいデートもしていないし、あまり多くのことを話すことはなかった。でも、僕たちはお互いを十分すぎるほどに理解し合っていた。それだけは間違いない。それが正しいことなのかはわからないけれど。
三年経った今、僕は彼女といっしょに眺めていた海に一人で立っている。僕は大学生となり、彼女は高校生のままだ。この海は、おそらく何も変わっていない。変わったのは僕のほうだ。その現実は、不規則な波音によって告げられているような気がする。
雨で濡れたTシャツを冷たい潮風が膨らました。
高校二年生の夏の話だ。全てがうまくいくと僕たちは勘違いをしていた。全てが星のように煌めいていると思っていた。けれど、その星はあまりにも遠すぎた。僕たちが理想とする地図は、砂浜に書いた絵のようにあっけなく波に消されてしまった。