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圭介にプロポーズされた翌日に私は宮本とベッドを共にしていた。宮本に抱かれることに大して抵抗を感じなかった自分がさすがに空恐ろしい気がした。普通なら圭介に悪いと罪悪感を抱くところだろう。そもそも複数の男と関係を持っていること自体が世間的にタブーなのかもしれない。しかし宮本の千絵にした告白の顛末をまだ聞いていなかった私は宮本に夕食に誘われたときには二つ返事で了承していた。
食事をし、ワインを飲めば饒舌になって自分から話し出すだろうと私は高を括っていたが意外に宮本の口は重かった。仕方なく私は宮本とホテルに行きセックスをした。物足りなくてじれるぐらいの淡白なセックスの後、宮本は急に口を開きだした。結局私とセックスがしたかっただけなのだ。結婚したいと別の女を口説いておきながらその一方で他の女を抱かずにはいられない。男とはなんて身勝手な生き物なのだろう。
「見事に振られちゃったよ」
「あら。じゃあ指輪は?」
「そういう意味のプレゼントならもらえないって返されちゃった」
私はいつものうつ伏せの姿勢から枕の向こうに左手を伸ばした。中指に咲いているダイヤモンドが急に光を失ったように見えた。高価な品物だが千絵が受け取らなかったのでは意味がない。
「理由は?男として見てもらえなかったってこと?」
「郁子ちゃんは厳しいねぇ。千絵ちゃんはそんなにストレートに言う娘じゃないよ」
宮本は苦笑して言った。
言葉が直截的でなくてもつまりは同じことなのだろう。私はもう二度とこの男に身体を許すことはするまい。
「他に付き合っている人がいるんだってさ」
私の左胸で何かが大きく跳ね上がった。またか、と思った婚約者騒ぎである程度免疫ができていたとは言え千絵には苦しめられっぱなしだ。
「へー。知らなかった。千絵にも彼氏がいたんだ。でもまあ当然よね。あんなにかわいいんだもん。で、それが誰なのか訊かなかったの?」
「もちろん訊いたさ。俺だって一世一代のプロポーズをしてるんだからそれを訊かなきゃ諦めきれないってもんだよ」
直前に他の女を抱いておいて一世一代もあったものではない。何とも都合の良い話だ。しかし私には茶化す余裕はなかった。ここが重要だ。千絵が付き合っている男。それが誰なのか知らないままではこの男に抱かれた意味がない。私は胸のざわめきを顔に出すまいと必死に平静を装った。何かを口にしようとすると言葉が震えそうで怖かった。
「意外と郁子ちゃんの知ってる人かもよ」
「えっ?誰?誰?私も知ってるなら高校とかの同級生かな」
「さあ。それは分からないんだ」
「分からないってどういうことよ。訊いたんでしょ?まさか誰なのか知るのが怖くて訊かずに帰ってきたんじゃないでしょうね」
私は乳房がはだけるのも厭わずに宮本の白く滑らかでぶよぶよとした肩にすがりついていた。負け犬のいやらしい視線を胸に感じるまで私は我を失っていた。
「訊いたさ。でも教えてくれなかったんだよ」
私が毛布を引き寄せて胸を覆うのを宮本は物欲しそうに見つめていた。
「彼氏がいるだなんて俺と結婚したくないための嘘なんじゃないのか、って問い詰めたんだ。しつこく訊いたらようやくため息つきながら、郁子も知ってる人よ、って。それだけ言い残してさよならされちゃったんだよ」
最後の最後まで冴えない男だ。心の底からがっかりした。千絵に捨てられたときの様子はあまりに無残で想像するに堪えない。
「シャワー浴びるわ」
私は自分でも可愛げがないと思うほど慣れた手つきで枕もとのパネルを操作し部屋の灯りを消してベッドから滑り落ちた。浴室のドアを開けるときに胸の辺りで揺れているものに気付いて私はベッドに向かって声を掛けた。
「ねえ。千絵にネックレスをプレゼントしたことあった?」
「いや。ないよ」
私は完全に宮本に対して興味を失っていた。もう街ですれ違っても気付かないだろうと思うほど目の前の暗闇にその顔を思い浮かべることさえできなかった。私はシルバーのクロスを強く握りしめて浴室に足を踏み入れた。