序
私はきっと病気なのです。
心というか、精神というか、性格というか。
女という外見に包まれた私の内面的性向は自分でも思いもつかない方向に歪んでいるのです。
久しぶりに仰ぐ故郷の空は大きい。
これが空だ。
淡い青色がどこまでも深く優しく澄んでいて、眺めているだけで心が軽くなるようなふんわりとした浮揚感に全身が落ち着かない。砂浜に仰向けになって見つめ続けていると自分も青く同化してしまったような感覚になす術もなく引きずり込まれてしまう。抗いようもない怖いほどの無限の包容力。
ああ、これこそが本当の空なのだ。
つい先日まで私がそれと信じていた高層ビル群に支えられている角ばった都会のあれは今思えば映画のスクリーンのようにどこまでいっても作り物という味わいでしかない。
水平線の彼方から何のためかは知らないが性懲りもなくわざわざやってきては砕け散る幾千幾万の波の音を聞きながら私はゆっくりと目を閉じた。
かまびすしいほどの鳥の鳴き声。かぐわしいとは言えない鼻につく懐かしい磯の香り。ごつごつとした肌触りの粗野に吹きすぎる海風。
やっと帰ってきた。
とうとう帰ってきてしまった。
千絵のいるこの小さな港町に。軽快なリズムがない、寂しい自由がない、ドライな付き合いがない、どろどろとした快楽がない、だけど千絵がいるこの私の生まれ故郷に。
私は上体を起こし海に向かって小石を投げつけた。とぷん、と溺れる小石の最後の声が風に運ばれて微かに聞こえる。もう一度投げる。とぷん。もう一度。とぷん。手の届く範囲にある石という石を全部否応なしに海に与えつくしてようやく私は諦めたように立ち上がった。
いずれはこうなるんじゃないかと思っていた。そしてやはりこうなってしまった。結局逆らいようのない運命だったんだと思わずにはいられない。
それが良いのか悪いのか、私には分からないのだが。誰にも分からないのだが。