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かつて、大きな皇国があった。けれどそれは、いつの間にか一つの市街が一つの国となり、ゆるやかなまとまりにかわっていた。カムカンナトゥラはそんな市街の一つだ。皇国でも屈指の良港をもち、貿易がさかんだった港町は市街が国になってもかわらず貿易と、いくつかの手工業を中心とした港町だった。
花太朗は、そんな港町、カムカンナトゥラにすむネコだ。むろん、ニャアと鳴く猫ではない。ネズミという、おとなの目にはうつらない影のような生き物、ありていに云えば化け物、を狩る子ども達を、市街の人間はネコと呼ぶ。そしてネコの大多数は親兄弟や家をもたない浮浪児だ。だから花太朗も浮浪児だ。親の顔を知らなければ兄弟もない。ちゃんとした家もない。それを不幸だと云う人もいるだろう。けれど花太朗が不幸だったことは、ない。
だから花太朗は今日も元気に笑顔で。
ニャア、と鳴いてみる。
◇◇◇
カムカンナトゥラの市街を、おおきく蛇行しながら東西にわけるカムナト大河。そこに架かる一の大橋から川にそって二の大橋に向かう途中に、花太朗が塒にしている社がある。何でも水難から守ってくれる神さまを祀っているとかで、船方やら貿易商やらから篤く信仰されているらしい。寄進された灯籠には、ちいさな船の名前からカムカンナトゥラで一、二をあらそう貿易商の大店の名前まである。隅々まで手の行きとどいた、そこそこの広さをゆうするこの浹姫神社の一角で、花太朗はうたた寝をしていた。ぽかぽかと穏やかに春の陽がそそぐ、何とも陽気のよい日なのだ。無理もない。
「んがッ……」
かるく息をつまらせ、花太朗は目をさます。くりっとした、おおきな目がひらかれ、鳶色の眸があらわれる。ぼんやりと、いまだ焦点があわないのは半分夢の中にいるからか。そのまま一つ、二つ瞬く。そして。
「……うーん」
両手足をのばしてから花太朗はゆっくりと起きあがる。右に左に、辺りの様子をたかしかめるように頭をまわし。
「なんだ、まだ昼か」
ひどくつならなさそうに呟いた。
手も足も首も、体全体がほそく頼りなく、短身痩躯といって問題ないその体は同じ年の頃の子どもとくらべても、かなりやせ細っている。きれいに切りそろえられた黒髪の艶やかさが逆にそぐわないほどだ。
「ふわァ……」
あくび一つ。
そこで花太朗は、はた、と気づく。
「あれ? ユキがいない」
いつもだったらその辺にいる相棒の姿がみあたらず、花太朗は首をかしげた。てっきり一緒に昼寝をしてるとばかり思っていたのだが。
「んー? ドコ行ったんだ、アイツ」
四六時中、片時も離れず一緒にいるような仲ではないが、姿がないならないで、やはり気になる。探しに行くか行かまいか。胡座をかき、足首のところに両手をそえながら、ぐるぐると体をうごかしながら花太朗は思案する。
ぐぅうぅぅぅ。
何かを催促するように腹の虫がなる。
「……。昼飯がてら、うろつくか」
市街をうろついていれば、その内みつかるだろう、と花太朗は結論する。決めてしまえば後は早い。寝るときにとった帽子と手袋を再び身につけ、己が身の片割れである鉄扇二つを腰からさげる。
「よし、行くか」
云って花太朗は、御神木の陰がおちる社の屋根から、その、おおきな御神木の枝へとかるがる飛びうつり、そのまま周りの家々の屋根を足場にいずこかへと姿をけした。
リハビリがてら書いています。
少しでも楽しんでいただければ幸い。