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「ざまぁ」が描かれなかった物語

作者: xoo
掲載日:2026/09/05

 あだち充の「タッチ」はアニメ化された作品である。掲載誌は週刊少年サンデー、1981年から1986年の5年間、コミックスは36巻だった。アニメ化は1985年から101話のテレビ版と、数本の映画版、スペシャル版が公開された。

 漫画版のラスト1話前で明青学園が県大会で優勝し(東京都のようであるが東西は不明、明青学園は甲子園初出場)、最終話は夏の日の情景が描かれて終わる。夏の甲子園の試合の様子は一切描かれない(アニメでは描かれる、らしい)。ラストカットの優勝皿で、その年の甲子園の優勝校がわかる。


 ラストカットを見て、「ざまぁ」が描かれなかったことに気がついた。本誌を手にした地元の書店の、店頭での話だ。


 タッチには二組の兄弟の話が描かれる。1つは兄、上杉達也と双子の弟、上杉和也。もう一組は兄、柏葉英一郎(一切出ていなかったはず)と弟、柏葉英二郎。

 優秀な弟、和也といい加減で不真面目なキャラの兄、達也。野球で頭角を表した和也は一年の県大会決勝の日、事故死する。夢を引き継いだ形になった達也は三年の夏、甲子園切符を得る。

 将来を嘱望された英一郎は甲子園には出られず、途中で野球部をやめてやさぐれていた英二郎は甲子園大会初出場チームの監督になる。

 「ざまぁ」の素は2つあった。


 英二郎は高校の時、上級生にいじめられて退部に追い込まれる。その背後にいたのは弟を妬んだ兄、英一郎だった。しかし結果として(愚弟の)英二郎が、甲子園初出場を果たす。

 和也が亡くなった通夜で、飲み食いしていた商店街の親父たちが「(愚兄の)達也が死ねばよかったんだ」としゃべる。何も言い返せない達也、その時無口でいつもニコニコしている父親が「二人とも大事な息子だ」と商店街の親父たちを追い出す。

 漫画版では、甲子園のアルプススタンドは描かれない。だから、英一郎や商店街の親父たちが応援に来ていたかどうかは、描かれない。「これるわけがない」、そう思いつつ読んだ漫画、


 「ざまぁ」は、描かれなかった。



 なろうは「ざまぁ」が大流行りである。婚約破棄ものを読んで、感想欄を見ると「ざまぁが薄い」と書かれている。作者さんの作り出した世界観、登場人物の生き方に感銘を受けて感想欄に向かっても、なろう的には「婚約破棄ものにはざまぁ必須」らしい。

 ならば不満のある方は、「ぼくがかんがえるさいきょうのざまぁ」を書けばいいのに、と思う。



 タッチは、ハッピーエンドに見えるけど、能天気にハッピーとは言えない。本誌掲載時、重苦しさを抱えながら読んでいた。登場人物は皆、傷を抱え、傷つき、少しずつ狂っていった。天才型の兄を努力で越えようとした和也、弟と争わない場に居続けようとした達也、和也の夢を自分の夢として達也に委ねてしまった南、その夢を叶えたけど自分の夢だったかわからなくなっている達也。夢が他の人の枷になる連鎖を、少しずつ気づいていく人々。


 あだち充の実兄あだち勉は、あだち充の漫画家としての才能を信じていた。先に漫画家としてデビューし、赤塚不二夫のフジオプロダクションに参加、赤塚門下四天王と称される。後に弟のマネージャー兼アシスタントに専念する。

 あだち充が「バカあんちゃん」として慕っていた、あだち勉。2004年、胃がんで亡くなる。入院した順天堂大学医学部附属順天堂医院にはその時、師匠の赤塚不二夫が入院していた(2008年没)。

スカッとしない人生なんて、たくさんある。

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